15話 眠れぬ夜

 ――ホテルのロビー。


 豪華な内装。高級感溢れる置物が並べられた空間。広く開放感のあるその場所で、そこに溶け込めていない客人の姿があった。


 クエッ、クエッ。


「あはは、花火とっても綺麗だったね」


 青い鳥。褐色肌の少女。


 そんな少女が手にしたスケッチブックには、カラフルな彩色がギッシリと詰め込まれた夜空に花が咲いた風景。


「よぉレイちゃん、まだ部屋に行かないのか。そろそろ良い子は寝る時間だぜ?」

 少女に声を掛けたのは、サングラスをしたサラリーマン風な男。


 咥えていたタバコに火を点けながら、ロビーのソファに腰を下ろす。


「あはは、サキモリと同じだ」


「サキモリ……ああ、さっきの迷彩服の。じゃあ呼び方はサッキーだな」


 ハハハと笑いながら、器用に白い煙の輪っかを天井に向かって吐き出した。


 ホーケンが上を向くのと同じくして、レイも天井に向かって舞う煙を眺める。


「ホーケン。保険屋さんって言ってたけど、それってどんなお仕事なの?」


「ハハハ、つまんねー仕事だぜ。そうだなぁ……ヘイそこいくボーイさん。すまないがコーヒーと、こちらのお嬢様にはオレンジジュースを一つ頼むぜ」


 ロビーを巡回していたボーイに、飲み物を要求するホーケン。


 注文してから間もなく、それぞれの飲み物がテーブルに置かれるとまずはコーヒーを一口。そして運んできたボーイに対してチップを手渡すホーケン。


「あはは、ありがとう」


 ストローの付いたオレンジジュースを、ちゅうちゅうと喉に流し込む。


 ホーケンも、そんなレイを眺めつつコーヒーカップに再び口をつける。


「それで保険屋さんって……あっ、サキモリ達だ」


 レイが問おうとした時、ホテルの入り口には森崎とナギの姿。


 向こうもこちらに気付いたのだろう。ゆっくりとこちらに歩いて来る。


「こんな所で何してるのよ保険屋」


「ハハハ、ちょっとレイちゃんを口説こうとしていただけさ」


「……呆れた、ロリコンが二人も居るとはね。ちょっとそこの暇そうなボーイ、突っ立ってないでさっさと水を持ってきなさいよ」


 ナギは通りすがりのボーイに水を要求。高圧的な態度で水を要求していた。


 しばらくして、運んできた水を奪い取るようにして飲み干すナギ。オドオドと困ったように立ち尽くすボーイに「チップはこいつが払うわ」と言って森崎を指差した。


 もう一つのグラスに入った水を受け取った森崎は、ナギの態度に怯えているボーイにチップを渡してやると、グラスの水に口をつけた。


「それで、保険屋さんの仕事って?」


「さっきの俺みたいなチップの払い方をする、ひねくれた野郎のする仕事さ」


「あはは、そうなんだ」


 レイとホーケンはハハハと笑いあっているが、何を言っているのかまるで分からない森崎とナギ。


 その理由を聞くのも考えるのも面倒だと言わんばかりに、ナギは部屋に行くと言ってその場を去った。


 時計を確認すると、もう大分夜も更けた頃になっていた。


「さて、俺もそろそろ部屋に行くとすっかな……ってそういや部屋どこだ?」


「サッキーとレイちゃんは上の階の一番奥だ。ほい、キーはこいつだ」


「あっ、ああ」


 受け取ったキーは一つ。


 それは当然同じ部屋である事を示す。


「どおしたの?」


「なっ、何でもねぇよ」


 同じ場所で寝る事に対して抵抗があるわけでは無いが、やはりホテルのような場所でのこれは少し気を遣う。





 ――ホテルの部屋。


 外観からの想像以上に、そこは広々としたゴージャスな造り。


 森崎が大の字で寝転んでも半分以上お釣りがくるような大きなベッド。ちょっとしたシアタールームのような、縦にも横にも幅のあるテレビ。ボーリングが出来そうな広い廊下の先には、清潔感のある大きなバスルーム。


「確かに……こんだけデカイと一人で使うのはもったいねぇな」


 カチッ。


 部屋に備え付けてある、サスペンスドラマで凶器に使われそうな大きい灰皿。それを発見すると、体は自然とタバコの火を点けていた。


「せっかく高そうなホテルなんだ、お前さんは先に風呂入っちまえよ」


「ううん、私はいいからサキモリが入りなよ」


 レイは洗面所で濡らしたタオルを使い、身体を拭う。


 山の中で寝泊りするような状況ならいざ知らず、設備が充実した町中でする行為ではない。


「何だよもったいねぇな……じゃあ先入るぞ」


 ジュッ。


 タバコの火を消し、風呂場へと向かう。


 浴室内の中はとても広く、備え付けてあるシャンプーだかリンスだかも高級そうな雰囲気の容器に入っている。


 旅路でもらった疲れ。山道で溜まった汚れ。それらを洗い流すのには、案外時間はかからなかった。


「……ふぅ」


 風呂上り。


 サッパリとした森崎は、やはりレイにも風呂に入るよう言っておこうと考えていた。


「おーい、やっぱりお前さんも風呂に……うおっ!?」


「ん、どおしたの?」


 頭を拭っていた森崎のタオルが、思わず手元から離れた。


 レイの服。


 それはいつもの民族衣装のような服ではない。もっとピッチリと肌にフィットしている服。白く清潔感の溢れる半袖の上着に、自然とフトモモが強調されるようなデザインの短い紺色のパンツ。そんなスタイル。


「なっ、何だよその格好は!?」


「ああ、この服。体操服にブルマーって言うんだよ、さっき買ってきたんだ」


「そりゃあ知ってるけど……いやいやそうじゃなくてだなぁ」


 新しい服装を結構気に入っているのだろうか。あははと笑いながら、ベッドにゴロンと寝転がっている。


「……う~む」

 露出度の高い体操服は、いつにも増して褐色肌の柔肌を艶かしく魅せていた。


 思わずゴクリと生唾を呑んでしまった森崎だが、くるりと後ろを向いて口を開いた。


「そそそっ、そういや風呂があるんだ。タオルで拭くだけじゃなくて、やっぱりちゃんとキレイさっぱり入ってこいよ」


「うーん、私ってそんなに臭うかなぁ?」


 白い体操服をたくし上げるようにして、クンクンと匂いを嗅ぐレイ。


 その姿は、へそやお腹に描かれた曼荼羅が見え隠れする無防備さである。


「もっ、もういい俺は寝る!」


「うん、そうだね。じゃあ私たちも寝ようか」


 クエッ。


 ホテルのベッド。


 森崎もレイも、今までに見たことも無いような大きさのベッド。しかし、その面積は十二分にあるベッドも、数は一つだけである。


「おやすみ、サキモリ」


 ホテル。ダブルベッド。体操服。ブルマー。


 それらが揃った状況でも、レイはいつもと変わらぬ様子で横になる。しかし森崎は、とてもじゃないが眠れる状況ではなかった。


「クッ……」


 レイの姿を一瞬だけ横目で確認し、すぐさま振り返る。


 そんな動作を、もう何度繰り返しただろうか。そのまま眠ることも、レイの姿をマジマジと見ることもままならない。もどかしい状況。


「んっ、むにゃむにゃ」


 レイが寝返りを打ってこちらに近付けば、手の届く位置にはぴっちりとした体操服に包まれた豊満な胸。


「あふぅ……う~ん」


 逆にゴロンと後ろに寝返りを打てば、ムッチムチのお尻が目に飛び込んでくる。これらを前にして、森崎は眠れぬ夜を過ごしていたのだ。

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