14話 こぢんまりとしたバーにて
――トントン。
「……あん?」
楽しそうに花火を見つめているレイに気を取られ、肩を叩かれてからようやく呼ばれていた事に気が付く森崎。
「せっかくの花火中に悪いね、ちょっと良いかい?」
やって来たのはワイシャツにネクタイ姿の、サラリーマン風の若い男。ただ一点、夜だというのにサングラスをかけている点が妙に怪しげな男。
「ナギがホテルで君らの事を待ってるぜ」
男はクイッと屋台の先。花火が打ちあがっていた方面に指を向ける。
ホテル・ニューパーク。
蛍光色でライトアップされた文字は、他の建物よりも頭ひとつ抜きん出て背が高かった。
「人ごみの上に似たような屋台ばかりの道だからな。道案内させてもらうぜ」
「ああ、所でアンタは?」
「俺かい?」
サングラスの男はニヤリと笑うと、ポケットからピンポン玉程度の大きさのゴムボールを一つ取り出した。
「俺はホーケン。しがない保険屋さ」
ススッ。
そう言ってほんの少し手首を動かすと、ホーケンの指の間には四つのボールが握られていた。
手品。
流れるようなマジックを目の当たりにしたレイの顔からは、思わず笑みがこぼれた。
「あはは、すごいすごい」
「へへっ、お嬢ちゃんがレイちゃんだな。ナギから話は聞いてるぜ」
「えっ?」
「小麦肌のスタイル抜群だが、実は幼い外人さんってね」
ハハハと笑いながらホーケンは歩く。道すがら頭にハトを出現させたり、ボールを出したり消したりしながら歩いて行く。
そんなホーケンが繰り広げるマジックショーを堪能している内に、いつの間にか目的地へと到着した。
「よし、着いたぜ」
案内されたホテルは、祭りの華やかさと同様に目立つ外観。内装もどこか高級そうな雰囲気が感じられる。
「チェックインは済ませてある。どうする、部屋に行くかい?」
「ああそうだな、少し早いが休ませて――」
ビクッ!
森崎の言葉を遮るようにして、レイがその身体にしがみ付く。
「遅いわよ保険屋、何してたのよ」
「ありゃりゃ、レイちゃん達を楽しく案内したってのに酷い言われようで」
ホテルのロビーにやって来たのは、金髪の女。ナギだ。
少し気が立っているのだろうか、ナギが姿を見せた途端。その殺気を感じ取ったレイは脅えた様子。
「はんっ、まぁいいわ。それよりロリサキ、ちょっと付き合いなさいよ」
「ああん? 何で俺が?」
「いいから、さっさと着いて来なさい」
それだけ言って、ナギはロビーを出て行ってしまう。
どうしたものかと森崎は悩んでいたが、レイがそっと微笑みかける。
「私はもう少し花火みたいから、だからサキモリは行ってきなよ」
「おおそうか、しかしあの女……どこ連れてく気なんだか」
レイと別れを告げ、森崎はナギに続いてロビーを出る。
外は暗いはずなのに、街灯や屋台の灯りで昼間のような明るさがある。そんな風に照らされた夜の道を、ナギに案内されるがまま歩いて行く。
「――ここね」
やって来たのはレンガ造りの小さな店。周りの明るさとは裏腹に、電灯すら点いていない暗い闇。
ガチャ。
先陣を切ってナギがそこへ入ると、中も外観同様に薄暗い空間。その前方には五、六席程のカウンター。奥にはテーブル席が一つだけの、こぢんまりしたバーだった。
ガランとした店内には、静かにグラスを拭くマスターの姿以外に人は居ない。
「アタシは甘いのなら何でもいいわ」
「んじゃ、俺はビールとジャーキーな」
席に着いて間もなく、マスターがそれぞれの前にグラスを置く。
グィッ。
各々グラスを傾け、喉に潤いを与えた所で森崎はナギに質問する。
「そういや何だ、よくあんな立派なホテル取れたな」
「はんっ、屋台を壊して回ってたら向こうから用意してくれたわ」
「……酷ぇやり方だ」
カチッ。
タバコに火を点けてからフゥッと息を吐くと、薄暗い店内には白い煙がゆらゆらと流れ出す。
「ま、そのおかげで組織と関わりのある保険屋にも会えたし、とりあえずこの町で不自由する事は無くなったけど」
「ああ? 何だって殺し屋のお前さんが保険屋と関わりがあるんだ?」
グィッ。
グラスを傾けていく内に、いつの間にか中身が空になっていた。
すると待ってましたと言わんばかりに、すぐさまマスターが目の前に新しい酒を用意した。
「おお、サンキュ……あっ、そうか保険金目的で殺しの依頼があるか」
「バカね、保険金なんてのはあくまで一部。金目当ての依頼人は相続目当ての依頼で、保険金だけで依頼料を賄えるケースなんてほとんど無いわ」
「……そうなんふぁ」
手元に置いてあるジャーキーをクチャクチャと噛み締めながら、相槌を打つ。
その様子を横目で見ていたナギに対し、マスターは無言でサラミの入った皿を置く。
「そうそう、聞きたい事があったのよ。ねぇ、あの子……一体何者?」
「レイの事か?」
聞き返すまでも無いだろうと言わんばかりに、ナギは頷きもせずにグラスを傾ける。
何者と言って答えられるような間柄でも、そんな言葉で表す事のできる人物でも無い。森崎もレイが何者かなんて良く分かっていないのだから。
「野生動物並みに殺気に対して敏感な上、連れている鳥も日本国じゃ見かけないような珍しい鳥。それがどうしてアンタみたいな山賊崩れと一緒に居るのかって聞いてんの」
タンッ!
空になったグラスをテーブルに叩きつけると、マスターが無言でおかわりと、ちょっとしたつまみを差し出す。
「山賊崩れって……まぁ確かにお前さんの言う通り、俺は山賊だったけどよ」
「はんっ、そうでしょうね。アタシを殺し屋と知ってもその態度。ハンターや防人にしては人間に対する警戒心が妙に強い」
「レイと言いお前さんと言い……良く分かるよなぁ」
鋭い洞察力に感心しながら、ナギの前に置かれたサラミに手を伸ばす。が、その手は獲物を捕らえる前に撃沈する。
パシッ。
「アイテッ!」
「それだけじゃないわ、あの子の持ってた携帯電話。あれ、恐ろしく性能が良いわよ」
「何だよ叩くなよ一切れくらいくれよ……」
「アタシもそこまで機械に詳しい方じゃないけど、通常じゃ出回ってない携帯電話……いや、きっとアタシが組織から支給されている物と同様に改造が施されてるのかも」
ぱくっ。
サラミを口に含み、静かにグラスを傾けるナギ。
「ほぉ、そりゃあ凄ぇモン持ってたんだな」
「そうよ。つまりそんな通常じゃ手に入らないような代物を、使えもしないのに持っているあの子は何者なのかって聞いてんだけど?」
「そう言われてもなぁ……」
口ごもる森崎。それを細目で見下すような視線を送るナギ。追加のサラミを二人の中央辺りに置くマスター。
「それにあの子は元山賊のアンタなんかよりも勘が良いと言うか、何か野生的な力を秘めていると言うか……何か使えそうね」
「確かにレイは視力も良いし鼻も利くし耳も……って何企んでやがんだ!」
新たにサラミの置かれた皿を、ズズイッと自分の方に寄せるナギ。
それを取ろうとする森崎の手は、同様にパシッと撃沈される。
「くそったれ、守りが堅いぜ……っと、そうだ。お前さんにこれを渡さにゃ」
「何よ?」
森崎はたこ焼きを取り出し、ナギの前にそれを置いてやる。
少し冷めてしまっただろうが、それでも香ばしいソースの匂いは健在だ。
「レイがお前さんの分も買ってきたんだ、まぁ食えよ」
「はんっ、食うなって言われたって食べるわよ」
コトン。
ナギが爪楊枝を手にした直後、マスターはまた別の酒を用意する。
「ま、何者かはわかんねぇが何が目的で旅をしてるのかは聞いた事あるぜ」
「へぇ、何よ?」
カチッ。
二本目のタバコに火を点け、大きく息を吐いてから森崎は答えた。
「そう確か、目に映る光以外の輝きを見るため……その為に旅をしてるって言ってたな」
「はぁ? 何それ意味分かんない?」
「ふっ、安心しろ。俺にもさっぱり分からん」
フゥーッ。
結局レイの事は、この風まかせにゆらゆらと揺れるタバコの煙のような存在。それ以上の事は、今は何も知らないままだ。
白い姿はハッキリと見えるのに、いつの間にか消えてしまう。そんな煙をぼんやりと眺めながら、夜は更けていった。
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