13話 屋台の少女の描いた作品
――町。
以前訪れた寂れた町とは違い、広くて賑やかな町。陽は落ちて夜空には月明かりが灯っている時間帯にも関わらず、人の声が絶え間なく聞こえてくる町。
賑わう町中で一行を待ち受けていたのは、食べ物屋台の出店だった。
「縁日か……うっし、せっかくだし何か食ってくか」
「はんっ、好きになさい。アタシは宿を探してくるわ」
「おっ、おい!」
呼び止めようとした森崎の声を聞こうともせず、ナギが先を急ぐ。
クエッ。
「どおしたの、何か食べたいの?」
クックがバサバサと羽ばたき自己主張。
飛び立った方向からは、香ばしいソースの匂いが漂っている。
「たこ……焼き?」
八本足の赤いタコのイラストが特徴的なたこ焼き屋台。その食欲を誘う匂いに導かれるがまま、足は自然と屋台の前へ。
「いらはーい、何にしはります?」
「んっ?」
客の姿を捉えた屋台の店主が顔を出す。それは別段珍しい行為でも無く、自然な事。だが森崎は、その声に対して違和感を覚えざるを得なかった。
子供。
レイと同じかそれより僅かに上か、まだ幼さが顔に残る少女がそこには居た。誰か大人の手伝いをしているといった風には見えない。少女を除いて他には誰も居ない屋台。
「なんや見ない顔のお客さんやな、祭り目当てで観光に来たんか?」
「あー……ま、そんなトコだ」
「ほー、そーなんかー」
ニヤニヤとした笑みを浮かべて、少女はたこ焼きをひっくり返す尖った棒を取り出す。
ヒュヒュヒュンッ。
慣れた手つきでたこ焼きを捌く少女。どうやら子供ながらも、腕は申し分無いようだ。
「なんやなんや、ごっつカワエエ彼女連れて縁日デートかいな。ヒューヒュー」
「違っ、彼女なんかじゃねーよ!」
「ひひひっ、照れんでもええやんか。せやけど……」
少女はジッとレイを見つめる。
視線を送られている事に気が付いたのか、レイは首を傾げて質問した。
「なあに?」
「う~ん、どっかの大陸の民族衣装っちゅートコか。なぁ、他の服は持って無いんか?」
「あはは、これしか持ってないよ」
「おーっとそりゃあもったいない、せっかくの美人が台無しや」
ポンッ。
その言葉を聞いた少女は、オーバーリアクション気味に手を叩く。
そしておもむろに足元をガサゴソと漁るかと思えば、すぐさまいくつもの服やアクセサリーの類の物を取り出して見せた。
「どやっ、たこ焼きもエエけど他にも何か買うてってや」
取り出したのはレイの着ているヒラヒラとした民族衣装に近い、白のワンピース。カジュアルな紺のジーパン。どこかの学校の制服だろうセーラー服など、いくつもの服。銀色に輝くシルバーアクセサリーの他、キラキラとしたペンダント等をこれでもかと用意してみせた。
「へへっ、ウチ本業はこっちなんやで。どや、気に入ったの買うてってや?」
「うん、でも余計な服や装飾品は荷物になっちゃうから……」
「なんやつれへんな~……そや、なぁなぁ兄さん」
並べられた洋服にどれも今ひとつ魅力を感じなかったレイに対し、屋台の少女は森崎に近付き耳打ちする。
「年頃の女の子に着たきり雀させてたら可哀想やん、兄さんも何か言ったり」
「なっ、何で俺が……」
レイの服装。
いつもと変わらぬヒラヒラとした民族衣装。肩口や短い袖口から見え隠れする曼荼羅が自然に映える。そんな服。
もちろんその服装に不満があるわけでは無いのだが、レイくらいの年頃の女の子は他の服を着てみたいと思うのだろうか。ほんの少し、故郷の千枝の姿を思い出しながら森崎は考える。
「……レイ」
「なあに、サキモリ?」
スッ。
ポケットから金を取り出し、それをレイに手渡した。
「俺はファッションだのオサレだのからっきしだからな、向こうで一服してるから買い終わったら呼んでくれ」
「いいの?」
レイの問いかけに対し、森崎は振り向いて片手を挙げながら去って行く。その後姿を眺めていると、不思議とレイは顔が緩んだ。
「よっしゃ兄ちゃんの許可も下りたし、早速姉ちゃんの服選びといこかー」
「あはは、私は姉ちゃんじゃなくてレイだよ」
「姉ちゃんじゃなくてレイちゃんか、じゃあ好きなの選んでや」
屋台の少女が用意した服やアクセサリー。そのどれもが着た事は愚か、見た事さえ無い服。そんな未知の衣服を前に、レイは選びかねていた。
「せやな、レイちゃんスタイルええし……いやでも顔は子供っぽいっちゅーか幼い雰囲気やし、てか年いくつなん?」
「えっと、十四だったかな?」
「なぁっ! ウチより年下やん……なんやさっきの兄ちゃん、ロリコンかいな」
へぇあっくし!
どこかで誰かのクシャミが聞こえた気がする。そして屋台の少女は何かを思い出し、ポンと手を叩き新たな服を取り出した。
「ほんなら、この服着よったらきっと兄さんも大喜び間違い無しやで」
「そおなの? でも、これなら動きやすそうだね」
「よっしゃ交渉成立や。ホンマなら一着につきたこ焼き一パックおまけするトコなんやが、兄さんの分もいるやろ。特別に二つにしたるで」
手際よく服の包装と、たこ焼きの準備に取り掛かる少女。
しかしレイは、ふるふると首を横に振る。
「あと一人居るから、もう一つお願い」
「なんやちゃっかりしとるなー……まぁええで、そんかわし祭りがやっとる間にまたウチの店寄ってな」
「うんっ」
屋台の少女が作ったたこ焼き。綺麗に整った丸い形が並ぶたこ焼き。それには黒光りして濃厚さをアピールするソースや、湯気の存在を強調しながら揺れる鰹節。香りと彩りの豊かさを表現する青海苔。そんなたこ焼きは、屋台の少女が描いた一つの絵になっているかのようだ。
「あはは、すごいや」
たこ焼きの出来映えに感心しながら、焼きソバ。カタヌキ。お好み焼き。金魚すくい。チョコバナナ。りんご飴。それらの屋台に目移りしながら歩き回る。
クエッ!
「あっ、サキモリだ」
クックが飛び立った先には、腕組みして屋台の灯りをぼんやりと眺めている迷彩服の男。森崎が居た。
「よう、買い物は済んだのか?」
「あ……うん」
森崎の足元。
そこには何本かのタバコの吸殻。待たせてしまった時間の長さを物語るそれに気が付いたレイは、少し申し訳無さそうに苦笑いしてみせた。
「……たこ焼き、うまそうだな」
「あはは、そおだね。冷める前に食べちゃおうか」
買ってきた服にはあえて話題を振らないようにしているのだろうか、まだ湯気の立っているたこ焼きを食べる事にした。
あむっ。あむっ。
「はふっ、はふっ。はふいふぉサフィモリ!?」
「そそそっ、そうだな。たこ焼きは熱いからな。さっ、冷まして食えよ」
柔らかそうな舌の上で転がる丸い球。舌を出して熱さに悶えるレイは、普段より艶っぽい雰囲気。
クエッ。クエッ。
「イテッ、何だってんだよ。わーったわーった、俺のたこ焼き分けてやるから」
クックにたこ焼きを分け与えながら、縁日の雰囲気を堪能する。
賑やかな人の声。どこからか聞こえてくる太鼓の音色。そしてどこを見ても灯りの色が絶えない光景。
「ん、三つも買ってきたのか?」
「うん、ナギの分も」
香ばしいソースの香り。見た目も鮮やかな青海苔。湯気に揺られて踊る鰹節。柔らかい生地の中には、弾力の強いタコ。そんなたこ焼きをもぐもぐと頬張りながら、二人は先ほど別れたナギについて考える。
「泊まるトコ探すっつってたが……アイツに任せて大丈夫なのか?」
「あはは、どうだろうね……あっ――」
ひゅる~~~~~~~~~~~~……ドドン!
星と月。それ以外には何も無かった夏の夜空に、彩が施される。
花火。
たこ焼きで満たされつつあるお腹に響く、大きな音。
「……きれい」
ほうっと花火に見惚れるレイ。まばたきをするのさえもったいないと言わんばかりに、キラキラと瞳を輝かせながらレイは一心に花火を見ていた――。
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