第4章~夕凪色の花火~
12話 祭りの町へ
草原。
辺り一面に背の低い緑が並んでいる。
すでに陽が傾き始めている黄昏時にも関わらず、急いで野宿の準備をしなくても良い理由が二つあった。
「……まさか虫の一匹すら見ねぇで山道を抜けるたぁな」
「あはは、ナギが側に居るからね」
薙刀を持った金髪で長髪の殺し屋。ナギ。その殺気から、道を歩けば動物が縄張りを捨てて遠ざかり虫たちもその小さな息を完全に殺して姿を現さない。
「はんっ、鈍い誰かさんと違って野生動物はそれだけ警戒心が強いってわけ」
「ああ? 誰の事言ってやがんだ?」
動物に警戒する必要も無く、町はもう目前。別段休憩するほど体力を消耗しているわけではない。即ち立ち止まる必要性など無いのだが、レイはその場に立ち止まる。
「……ねぇ、ちょっと休憩しよ」
すでにスケッチブックを取り出し、絵を描く気満々のレイ。森崎は頷いてタバコを取り出し、ナギは呆れながらもドサッとその場に腰を下ろした。
「この休憩何度目よ? 大体山道なんてどこも大して変わらないでしょ?」
「うん……見た目はあまり変わらないけど、時間帯や日によって変わる表情がたくさんだから。だから人間みたいで、描いてて楽しいんだ」
静かに腰を下ろしたレイは、クックを肩に乗せて白い紙に彩りを授ける。
夕焼け色。
今はその色よりもほんの少し薄暗い。絶妙なコントラストで、この瞬間の夕焼け色を描いていく。
「何だかね、全然さっぱりだわ」
「まぁ、レイの言う事は俺らにゃわかんねーな」
滑らかに、艶やかに。その姿を見ているだけで、美しい絵が描けているのが分かるような、そんなレイをぼんやりと眺めている二人。
「へぇ、近くの町じゃ今は祭りをやってるみたいね」
「そうなんか……ってオイそれ!?」
バッ!
森崎の視線がナギの手。正確には手に収まった四角い機械に向けられた。
「はぁ?」
驚く森崎に怪訝な目を向けるナギ。
森崎はそんな視線などお構い無しに、大慌てでレイにそれを知らせた。
「おいレイ! お前さんの持ってるのと同じ機械があったぞ!」
「えっ?」
振り返ったレイはナギの持つ四角い機械に目をやると、自分も同様にその機械を取り出して見せた。
「おんなじ……っぽいね」
「そりゃそうよ、携帯電話なんてどこのやつでも大して変わらないわ」
パシッ。
レイが両手で持っていたそれを、ナギは素早く奪い取った。
「ふぅん、結構良いやつ持ってるじゃない」
「あはは、迅にもらったんだ」
「……へぇ」
「っ!?」
ビクッ!
ニヤリと笑ったその瞬間、レイはナギから思わず一歩飛びのいた。
殺気。
それを普段から撒き散らすように生活しているナギだが、この時ばかりはいつもより強くそれが出ていた。
「アッハッハ、敏感ねぇ」
「おいおい……急に怖がらせるんじゃねぇよ」
森崎にしがみ付きながら脅えるレイは、ジッとナギの手にある携帯電話を睨むようにして見つめている。
「ああこれ、ちゃんと返すわよ」
そう言ってナギが手渡そうとするも、両手で森崎の服を掴んで震えるレイには渡せない。仕方なく森崎へと携帯が渡る。
「むぅ……しっかし携帯電話ってのはもっとこう細長くて、そんでもってカチャカチャ折りたためるような機械じゃないのか?」
「アンタどこの田舎モンよ……こっちのタイプは古いやつよ」
折りたたみ式の携帯電話を見せ付けると、森崎は目を見開いて驚いた。二つの携帯電話を持ち歩くナギが珍しかったのだろう。
「こっちは仕事用。組織からの支給品だから最低限の機能しか無いけど……アンタらに言っても分かんないか」
レイと森崎は交互に形の違う二つの携帯電話を見比べるが、とても同じ機械とは思えないと言った表情で首を傾げていた。
「ねぇナギ、だったらこれ壊れてないの?」
「当たり前でしょ、次の町に着いたら使い方くらい教えてやっても良いわよ」
「うんっ」
大きく頷いたレイの顔からは、無邪気な微笑み。
クエッ、クエッ。
「あはは、うん。そうだね、クックも早く迅とお話ししたいよね」
「迅……ね」
ナギはポツリと呟いて、手渡した携帯電話をもう一度だけ目で追った
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