10話 赤く染まった公園で

 ――公園。


 女がその場所に向かってから、少しだけ時間を置いてそこへ着いた。そうした方が良いと、そうするべきだとレイが言ったからだ。


「アイツは……アイツは一体何者なんだ?」


「何者でも無い、見たままだよ」


 公園は昼間見た時と比べ、すっかり変わり果てた姿になっていた。遊んでいる子供達の姿も無ければ、青いボールもそこには無い。代わりにいくつかの血まみれの肉片と、赤く染まったボールが転がっている残酷な光景。


 地獄。


 唯一その場に立っていた女は鬼の金棒代わりの薙刀を傍らに、悪魔のような妖しい笑みを浮かべていた。


「あら、早いのね」


「お前さんがやったのか……って、聞くまでもねぇか」


 死体の傍らでニヤニヤと笑みを浮かべる女。やけに長い竹刀袋に薙刀を納める金髪の女が、赤く彩られた公園に佇んでいた。


「ええそうよ。居場所を教えてくれた親切な奴が居たお陰でね」


「にしても、こんな町中で殺しなんて……正気か?」


「アーッハッハッハッハ!」


 ビクッ。


 女が笑い出したと同時に、レイは森崎に体を寄せた。


「問題なんて何も無いわよ、アタシは殺し屋だから。そう言うアンタも同業……いや、せいぜい山賊ってトコかしら?」


 殺し屋。


 森崎も山賊時代、殺し屋と呼ばれる者達と出合った事がある。だが女は森崎の知っているそれとは大きく違っていた。与えられた仕事の為に、ひっそりと息を潜めて冷酷にターゲットだけを消す。それを実行するには入念な計画と、緻密な計算が必要となる筈だった。


 しかしこの金髪女は、まるでコンビニへタバコを買いに行くような感覚。躊躇無く平然とそれを行っていたのだ。


「おいおい、山賊なんてよしてくれよ。俺は遠い村から獲物を追ってここまで来ちまった、しがないハンターだぜ」


 ヤバイ。


 今ならレイやクックが本能的に女を避けていたのが理解出来る。なるべく殺気を悟られぬようとするのが一般的な殺し屋だとするならば、この女は真逆。普段から常に殺気をばら撒いているような印象さえも見える。下手な事をしたらこちらにまで矛先が向いてくるのも、安易に予想が着いた。


 森崎は片手で大きな猟銃を持ち上げて見せると、女はまたしても笑い出す。


「アハハハハハ、嘘が下手糞すぎるわよ。作り話も、その右手もね」


「チィッ……流石に鋭いな」


 ポケットに隠れている右手。それは確かにナイフを握っていた。目の前に殺し屋が居るのだ、警戒するのは至極当然の事。しかし女はそれを意図もたやすく見破った。


「安心なさい。今はアンタ達を殺す気なんてない、それに……」


「それに?」


 ブロロロロロロロ。


 車の通りなんてほとんど無かったこの町に、エンジン音が聞こえてくる。

車だ。それも只の車ではない、白と黒の色使いが特徴的な警察の愛用車。俗に言うパトカーである。


 慌てて車を降りて駆けて来たのは、トレンチコートを着た年配の男。


「ちょっとちょっと困りますよ、こっちは別の仕事だってあるんですから急に呼ばないで下さいって」


「はんっ、そんなの知ったこっちゃ無いわ」


 男は眉をひそめて溜息を吐くと、首を傾げながら黒い手帳を取り出した。そして森崎とレイの姿と手帳を交互に見直した。


「仕事の依頼をこなすのは『ナギ』というエージェントが一人でと聞いていたのですが、三人になったなら事前に言っておいてくれても……」


「――ああ、この二人は組織の人間じゃ無いわ」


「ええっ、そんなぁ困りますよ部外者を連れ込んできちゃあ!」


「情報提供者。全くの無関係ではないから別にいいわ」


「し、しかしですねー……」


 ガスッ!


 困り果てた男の足を踏みつけ、ナギと呼ばれた女は赤い血の付いた薙刀を突きつける。


「ここにもう一つ死体を増やしても、アタシは全然構わないんだけど?」


「ひっ、ひぃいいいわかりましたよ只でさえ初めに聞いてた死体の数と違ってるだなんて思ってても言いませんからそれをしまって下さい!」


「はんっ、分かれば良いのよ」


 男の言葉、死体の数が違うとはどういう事なのだろう。レイと森崎は視線を殺人現場へと動かす。見れば血にまみれた肉の塊は小さいものが二つと、それより大きなものが一つ。


「ああそれね、依頼があったのは男のガキ一人の始末だけ。でもその場に居た女のガキも邪魔だったからついでに殺したわ、後は依頼人の変態ロリコン野郎の死体もあるわ」


「どうやら依頼人の男は、その少女と仲が良かった少年が気に食わなかったみたいですが、少年だけでなく少女まで手にかけてしまったばかりに逆上した男も殺した……と」


「まぁね、女のガキを殺すなとは言われてなかったし。アタシはちゃんと依頼をこなしたわけだしね。それで逆上するロリコン野郎が……ん?」


 年配の男がしきりにメモる横で、ナギは森崎を見てクククと笑い始めた。


 殺気に満ちた笑い方とはまた違う、ただバカにしたような笑いである。


「ククッ、悪いわね。そういえばあんたもロリコンよね」


「違うわっ!」


 先ほどレイに抱きつかれて戸惑う様を見られたからか、すっかりロリコン扱いされる森崎。


「ナギとか言ったな、俺は山賊でもロリコンでもねぇ。防人の森崎だ」


「あっそ、ところでロリサキ」


「森崎だ!」


「どっちでも良いわよ。それより、忘れない内に渡しておくわ」

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