第3章~少年少女と赤い公園~
9話 青いボールと少年少女
山道を抜けた一行は、ようやく町と呼べる場所まで辿り着いた。
築云十年単位の古い民家や、すでにシャッターが閉じている店が目立つ商店街。子供の少ない公園や、車の通る気配が無いにも関わらず健気に働く信号機。どれもこれもが人口の少なさを物語っているものばかりの町だ。
「とりあえず、必要なモンだけでも買ってくか」
廃れた商店街で物を買い揃え、戦利品を公園のベンチで吟味する事にした。
ブランコ、鉄棒、砂場。そして何だかわからないラクダのような謎の乗り物。その他にはベンチと水飲み場があるだけの小さな公園。まだ陽が暮れる前だと言うのに、遊んでいる子供も幼稚園児くらいの男の子と女の子が一人ずつ。遊具も少なければ遊ぶ子供の数も少ない公園だ。
「……はぁ」
「どおしたの?」
クエッ?
レイが、そしてクックまでもが森崎のため息を気にかける。商店街で買い物をしている時は見せなかった表情が、やはり気になるようだ。
「金が……無ぇ」
「あはは、サキモリそれいつも言ってるよ」
「いや今回はマジで無いんだっつの!」
どうやら普段は無駄に使う金は無いという意味で言っていたらしく、今度ばかりは本当に残金が尽きてしまい落ち込んでいるようだ。
「……ふぅん、そうなんだ」
落ち込んでいる森崎とは違い、レイはあまり興味を示していない様子でスケッチブックに絵を描いている。
ポーン、ポンポン……。
「あっ」
レイの足元に転がってきた青色のボール。サッカーボールやバレーボール程度の大きさのそれがコロコロと転がってきた。
「ボールとってー」
「こっちこっちー」
少年少女が手を振り、ボールを求めている。森崎が「ほれ、投げてやんな」と子供達の方を指差すと、レイは青いボールを両手で掴む。
「えいっ」
ポーンポーンポーン……。
肩に乗っていた重たい荷物を両手で振り下ろすかのような、ボールを投げるにしてはえらく不恰好な投げ方。するとボールはあさっての方向に転がって行く。
「うわー、どこなげてんのさー」
「おねえちゃんへただねー」
そんな言葉を投げかけながら、少年少女は懸命にボールを追いかけていく。
思うようにボールが飛んでいかなかったからか、レイは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「あはは、難しいね」
「おいおい、下手な投げ方だな」
カチッ。
タバコに火を点け、レイにつられて笑う森崎。そして、ふと思い出したかのように質問を投げかけた。
「っと、そういやお前さん大陸の生まれだったよな。どんなトコに住んでたんだ?」
「私があの子達くらいの頃は、土と砂がたくさんの村に居たかな。戦争……ううん、一方的な侵略で村の人達はほとんど死んじゃったけど」
「そ……そうか」
不味い事を聞いてしまった。どことなく空気が重い。次の言葉が出てこない森崎に助け船を出すかの如く、クックが「クェーッ」と一鳴き。
「あはは、でも今は楽しいよ。クックもサキモリも一緒だからね」
あどけない表情で笑うレイを見ていると、金が無くて落ち込んでいた事も気まずい雰囲気になってしまった事も大した事ではない気がしてきた。
フゥーッ。
一服終えた森崎が、ふとレイの描いている絵を覗き込む。
「ん、おいおいそれって……?」
少年少女が狭い公園の中を駆け回る、今そこにある風景。だが、二人が遊ぶ青いボールは他の遊具なんかに比べてやけに大きく描かれていたのだ。
「いいんだよ。この二人にとって青いボールは地球みたいなものだから、だからこの公園は青いボールを中心に回ってるんだよ」
「なるほど、分からん」
そんな感じでレイが思う存分公園の絵を描き終わるのを待ってから、二人は小さな公園を後にした。
――夕刻。
結局金策について考える事を止めてしまった末、次なる町へと向かおうとしていた。
「――ねぇ、ちょっとアンタら」
「ん?」
廃れた民家が並ぶ通りで、声を掛けられた。
声の主は女性。レイよりもいくらか年上だろうが恐らくまだ十代だろう。やけに長い竹刀袋を背負った、長い金髪が目立つ女性。
「人を捜しているんだけど」
そう言って、金髪の女は一枚の写真を見せ付ける。
写真に写っているのは園児服を着た幼い少年、それと隣には少女の姿。
「あー、さっき向こうの公園に居た子供か」
「公園?」
「商店街の通りを抜けた所にある小さな公園だ」
「へぇ、公園なんてあったんだ」
森崎の言葉を聞いた女は、ニヤリとほくそ笑んだ。
クエッ。
バササササッ!
「わっ、いきなり何だよ!?」
レイの肩に乗っていたクックが羽ばたき、森崎の背に隠れる様にして女から遠ざかる。それを見た女はアハハと笑い出した。
「アタシは動物に避けられてるのよね、なかなかお利口な鳥じゃない」
「……っ!?」
ぎゅっ。
クックだけでなく、レイまでもが森崎の服を掴んでその背中に隠れるような位置に移動する。
「フフンッ、面白いわねアンタら」
「おっ、おいレイっ」
急に体を密着させられて、腰の上あたりにレイの柔らかい部分が当たる。
女にはそれが可笑しかったのだろうか、ニヤニヤ笑いながらレイに少しだけ顔を近づけた。
「っ!?」
むぎゅっ。
女が近づくと、それに反応するように森崎の体に抱きつくような体制になる。笑う女、抱きつくレイ、その状況に戸惑う森崎。
「アハハハハ、からかうのはこれくらいにしてアタシはそろそろ行くわ。その公園に居るのが嘘じゃなかったら礼くらいはするわよ」
まるで脅えているかのように森崎にしがみついていたレイから離れ、女は森崎が伝えた公園へと歩いて行く。
「…………」
女の姿が見えなくなってようやくクックは森崎から距離を置くも、レイは未だに離れる様子は無い。
「……ねぇサキモリ、さっきの人はどうして男の子を探してたと思う?」
「ガキはもう帰る時間だから迎えに……ってそんな雰囲気じゃなかったな」
子供が居そうな場所。公園なんて真っ先に思いつくような場所を知らなかった女。家族どころか町の人間とも考え難い。では何故あの男の子を捜していたのだろうか。
「さっきの人、怒って……ううん、ピリピリした殺気が出てたから怖かった」
「殺気……ねぇ?」
ぽりぽりと頭を掻きながら先ほどのやりとりを思い出すも、悪戯にからかわれたというだけだったのでそこまで悪い印象は無い。
「サキモリ、さっきの公園……行こう」
か細い声を出し、腕を組む。
もう金髪の女は居ないというのに、レイはとても不安そうな顔をしていた。
「怖いけど、行かなくちゃいけないから。きっと私たちはそうしなくちゃダメだから」
「あ、ああ良いけどよ……」
いつもの笑った顔に慣れているせいか、全く違う表情を見せるレイにどう対応して良いのか分からぬ森崎。
こんな寂れた町に長居するつもりも無かったが、レイに言われるがまま公園へと向かう。
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