8話 雨上がりの講堂は今日も白色
――翌日。
一時も雨が止まぬまま、丸一日が経過していた。
窓の外にはザァザァと降る雨ばかり。一服しに表へ出ただけの森崎も、すでに服や髪が少し濡れている。
「……止まねぇなぁ」
少し冷たい雨の中。タバコの煙を吐き出した森崎は、蛇口が開けっぱなしの空を見上げてそう言った。
「オットット、サシモリサーン。コンナトコニイタンスカー?」
講堂の入り口。外に繋がる階段付近でタバコを吸っている所にナムがやって来た。
昨日のように掃除でも手伝わされるのかと思って聞いてみるが、どうやら今度は違うらしい。大きく手をバツにして首を振った。
「ノー。キョウハカイゴウノヒデスガ、ヒトデガタリナインデオナシャス!」
タバコを吸い終わった森崎が講堂の中へ入ると、下駄箱の向かい辺りに見慣れない机や椅子が設置されていた。
「あ、サキモリ」
「ササ、オナシャス」
その椅子にちょこんと座っているレイが、手招きして呼んでいる。
どうやら今日は掃除ではなく、講堂で行われる会合の受付を手伝う事になったらしい。
「……ソレデ、チケットハコッチノハコデース」
「チケットだと? 金を払って集まってくるのか?」
ナムから受付の説明を受けている際、森崎が疑いの眼差しでナムを見る。
映画や舞台のチケットならばいざ知らず、宗教の集まりにわざわざチケットを売買して参加するなど考えられなかったからだ。
「ノーノー、パーキングモヒロクナイカラ、ニンズウチョウセイスルタメニチケットヲクバッテルダケデスワー」
どうやら森崎が思っていたよりも、この辺りではイム教を信仰している者が多いらしい。もし彼らが一度に来場したとしても講堂には入りきらない為、地域ごとにチケットを配って来場数に制限をかけているそうだ。
「ふぅん、こっちは何を入れる箱?」
「ソッチハ、キフキンデース」
森崎の前にあるチケットを入れる箱とは別に、レイの前にも箱が用意されていた。
寄付金。
森崎にとってあまり聞こえの良くないようなワードだが、寄付金と言っているくらいなのだから強制的に払うものではないだろうと、その場は黙ってナムの指示に従いチケットを捌く手順を教わった。
「……ット、ソロソロジカンデス。アトハタノンマスワー」
レイと森崎が受付の説明を受けている間にも、何人かの関係者らしき人物がそれぞれの持ち場に着いていた。ナムも同様に準備があるのだろう、慌しく上の階。大きな仏壇がある畳の部屋へと上がって行った。
それを見送っている内に、来場者がポツポツと入場してきた。
「あらあら昨日の子じゃないの」
「まぁまぁ若いのに感心ね~。酢昆布どうぞ」
「奥さん、今は若い子の方が熱心に信仰しているものなのよ~」
ペチャクチャペチャクチャと話しながらも、チケットと寄付金。そして酢昆布までもを納めるおばさん達。
『…………』
レイと森崎が口を開く間もなく、おばさん達は嵐の様に奥へと進んでいく。
その後も、お年寄りや中高年を中心に来場してくるが、昨日の青年達のように若い人々。中には小さな子供を連れての来客も居た。
「あむっ、結構おいしいね」
「あ、ああ……そうだな」
レイと並んで酢昆布をクチャクチャと食べながら、歯切れの悪い返事を返す森崎。その視線の先はレイの前にある箱、つまり寄付金だ。
これまで訪れた者、誰一人例外無くチケットだけでなく寄付金をも納めているのだ。金額の差に大小はあれ、それは寄付と言うには異様な光景だった。
「どうも、こんにちは」
「あ、昨日の人だ」
人の波が多少穏やかになった所で、講堂の掃除を中心になって行っていた青年がやって来た。皆と同様にチケットを箱に入れ、例外に漏れる事無く寄付金を納めていた。
「おいアンタ、皆払っちゃいるがこいつぁ寄付金じゃねぇのか?」
「えっ、そうですけど……?」
キョトンとした表情で森崎を見る青年。とても嘘を言っているようには見えない。どころか、ごく当たり前の事を聞かれて戸惑っているようにも見える。
「なら何故、全員が払う必要があるんだ?」
「それは……皆が寄付金を納めたいと思ったからじゃないですか?」
青年自身も首を傾げながら、森崎の質問に答えていた。様子からして強制的に払う物では無いようだが、それでも義務的に支払われていた金。一人ひとりの金額はそれほど大金とは言い難いが、数が数だけに相当な額が集められている寄付金。
「あっ、そろそろ始まるみたいなので僕はこれで」
「お……おぅ」
礼儀正しくペコリとお辞儀をしてから立ち去る青年。
結局スッキリしない回答しか得られなかった為、モヤモヤとした気持ちのまま受付業務を続ける二人。
「……ふぅ、やっと落ち着いたぜ」
会合とやらが始まったのだろうか、来客の波が途切れ上の階では今日は政治家の誰が来ているだの今度の選挙があーだこーだと森崎にはまるで興味の無い話題が聞こえてきた。
「オフタリサーン、オツカレッスワ。ツイデニカタヅケモオナシャス!」
上の階から降りて来たナムが二人に駆け寄り、頭を下げる。
どうやら帰りは人が一斉に退場するので今の内に受付の机やイス等を片付けないといけないらしく、二人はそれを手伝った。
「よっしこんなもんか……っと」
片づけを終えた三人の前に、チケットの箱と寄付金の箱だけが残される。
先ほどから引っかかっている寄付金についてナムならば使い道を知っているだろうと、森崎は問いかけてみる。
「そういやこの金、一体何に使ってるんだ?」
「ソレハ、コウドウノビヒンダイナドニツカッテルンスワー」
「なんでぇ、そうなんか」
何か裏があるのかと勘繰っていたが、意外とあっさり返答されたので拍子抜けだ。
――数時間後。
会合とやらが終わり、人々が講堂を後にする。
帰り際に人々と握手を交わす政治家の男。その周りには会合の進行役を務めていた役員と呼ばれている人間達。政治家も役員も来場者も、にこやかな表情で会場を後にする。
「ふぃ~、疲れたなぁ」
「あはは、そうだね」
慣れない作業を終えた二人は、外の空気を吸いに表へ出た。
カチッ。
即座にタバコを吸い始める森崎に対し、レイは空を指差し微笑んだ。
「雨、上がってるね」
フゥー。
釣られて上を見上げる森崎は、空に向かって新たに雲を作り出す。
「ああ、そろそろ出発するか」
旅支度を整え、講堂の前で政治家の男や役員達と話しているナムに別れの挨拶を告げようとしていた二人だが、レイは不意に足を止めた。
「どうした?」
「あ……ううん」
丁度ナムも車を発進させた役員達を見送った所だ。すぐにレイ達の姿に気付き、驚いていた。
「オオットオフタリサーン、ニモツマトメテドウシタンスカ!?」
「うん、私達はそろそろ行くよ」
クエーッ。
クックも準備万端と言わんばかりに元気良く羽ばたいて見せると、ナムはしょんぼりとうつむいた。
「ソウッスカ……ザンネンデスケド、コレモイチゴイチエッス」
「じゃあ達者でな」
レイとクック、そして森崎は講堂を後にした。
――雨上がりの白く濃い霧が残る山道を歩いていると、レイがふと思い出したように口を開いた。
「そう言えば、結局あのお金って何に使うんだろうね?」
「ああん、言ってただろうよ備品代だって?」
「備品代『など』にだよね」
「ん?」
森崎はレイの言わんとしている事が良くわからなかった。いつもこうだ、たまにはもう少しわかり易く言って欲しいものだ。
「スーツを着た人達の車、とっても綺麗な色してたね」
「ああ、政治家っつってたしな。多分高級車ってやつだろうよ」
「寄付金の箱もあの人達が持って行ったけど、あの人達が備品を買ってくるのかな?」
「そっ、そうだった……のか?」
政治家や役員達。もちろん彼らが備品を購入、もしくは集めた寄付金を管理しているという可能性も無くはないが、いくら入っているかは正確には誰も判らないような金を安易に渡してしまって良いのだろうか。
「あんだけの金じゃあ恐らく、悪用されちまってんのかなぁ?」
「あはは、そこまでは白い部分で隠れて見えないからちょっと判らないね」
寄付金を出していた人達、酢昆布を渡す賑やかなおばちゃん連中や掃除を熱心に行っていた誠実そうな若者などはどうして疑いもせずに寄付をしていたのだろうか。
「あそこの奴らは、何で皆が皆寄付してんだろうなぁ?」
「う~ん……少しの黒い部分は白で埋めてしまえるから、だから私たちには見えても白い中の人達には判らないのかもね」
「ふ~む……俺にゃお前さんの言ってる事がさっぱりだ」
結局レイの言いたい事が良く分からないまま、二人と一羽は霧深い白の旅路を歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます