2話 桃色の少女

 ――田舎の村。


 多くの山々に囲まれた、いかにも田舎臭い村。


 見渡す限りの田畑の中に、ぽつぽつと民家が存在する小さな村。


 発展した日本国にも、まだまだ探せばこういった場所はあるものだ。ここを訪れた者は口を揃えてこう言うそうな。


「……広いね」


「へっ、素直に何もねぇ場所だって言えよ。東京と比べりゃちっぽけな所さ」


 広い空間。東京の街並みとは対極にある。


 通りがかりに見かけた数人の村人は、森崎とレイを見るなりすぐに目を逸らして遠くからヒソヒソと話をしていた。


「あはは、嫌われてるね」


「そりゃそうだ。只でさえ村の連中から煙たがられてる俺と、見たことない大陸の人間が並んで歩いてんだ。村の奴らも関わりたくないだろうよ」


 ブツブツと文句を言いつつ、森崎はそこらの畑に生っているきゅうりをもぎ取り、その一つをレイに渡した。


「勝手にいいの?」


「構いやしねぇよ、こんな電車も通ってねぇど田舎じゃ街の方に出荷する量に限りがあるからな。腐らせて捨てちまうよかマシだ」


 クエッ、クエッ。


「何だよお前さんも食うのか? ちょっと待ってな」


 また一つ、無断でもぎ取ったきゅうりをクックが食べられるように小さく折ってやる。


 ぽりぽり。


「あはは、サキモリってやっぱり山賊みたいだ」


「っ!?」


 ザッ。


 それまで等速で直進していた森崎が立ち止まる。


 まだ日は昇りきっていない。それなのに顔は汗をかいていた。


「俺が山賊みたいだって……どうしてそう思う?」


 山賊。


 登山者からは恐れられ、山に登らない一般の人間からも嫌われた存在。山岳保安官と称する山での警察組織が設立されても尚、その存在自体が無くなる事は無かった。


「村の人達の反応もそうだけど、人に対する警戒心が防人にしては強かった。私に近づいてくる時だって、そうだったでしょ?」


 笑いながら、一歩前を進むレイ。


 森崎が山賊だと知って尚、笑顔を絶やさなかった。


「俺が山賊だったのは昔の話だ……しかしお前さん、山賊が怖くないのか?」


「あはは、怖い人が山賊だったら怖いかもね」


 タタッ。


 田舎道を駆け足で走り回るレイを見て、森崎の表情が再び緩んだ。




 ――民家。


 東京のような集合住宅は皆無。家と家との間隔が広く、ぽつぽつと立ち並ぶ中でも一際大きな民家に足を踏み入れる。


「おーい、入るぞ」


「――えっ?」


 ガッ、ガララッ。


 立て付けの悪い戸を開けて、森崎が中へと入る。


「ん?」


「きっ……」


 ピンク。


 いわゆる桃色の肌着を、視覚が認識した。


 それだけをかろうじて身に着けている。逆に言えばピンク色のパンツ一枚だけの格好をしている少女は、レイよりも幼い。そんな幼い少女が森崎の姿を見るなり、耳まで真っ赤になって声をあげた。


「きゃああああっ!」


「千枝か、丁度良かった。お前に用事が――」


「ちょっ、千枝がこんな格好してるのに普通に話し始めないでよねっ! いいから一旦表に出てなさいよ!」


 ガララ、ガッ。


 追い出される。が、すぐにその戸は開かれた。


「全く、いくら千枝が愛しいからって着替えを覗きに来るなんて非常識だわ」


「んなわけあるか、俺はお前が寝小便していた頃から知ってるんだぞ。今更お前のパンツなんざ見ても何とも思わんな」


「むかっ、千枝はもう十歳になったんだから子ども扱いしないでよねっ!」


 ぷんすかぷんと怒るのは、まだまだ幼い少女。


 しかし、もう一人の少女に気付き驚いた。


「なっ、森崎! その娘は誰よ黒いわ異国人よ! しかも鳥まで居るわよちょっと一体どこからさらって来たのよ!?」


「落ち着け落ち着け、それと人聞きの悪い事を言うんじゃねぇ」


 ぽりぽり。


 何やら揉めているようだが、レイとクックは気にせずきゅうりをかじる。


「ほら、お前もこれ食って落ち着けよ」


「そもそもこれ千枝の家のきゅうりじゃない! 勝手に取ってきてまたおじいちゃんに怒られるわよ!」


 ぽりぽりぽりぽり。


 そう言いつつもきゅうりにかじりつく千枝。


 ようやく五月蝿い口が塞がった所で、森崎は千枝に事情を説明した。


「――携帯電話ぁ、それがぁ~?」


 プッ。


 レイの持っている携帯電話を見下すように笑いながら、千枝はガサガサとタンスの中から自身の持っている物を持ち出した。


「これが本当のケータイ……あら失礼、携帯電話の事を都会ではこう略すらしいわ。それはともかく、そんなアンテナもない平べったいだけの機械はケータイじゃないからね」


 どうやらレイの持っているそれは携帯電話では無いらしい。


 折りたたみ式の携帯電話をカチャカチャと動かしながら、千枝は告げた。


「どっちにしろここじゃ電波も通ってないし、もっと街に近い所に行かないと使えないから千枝はあんまり使ってないんだけどね」


 電源の入っていない携帯電話を再びタンスにしまい、くるりと一回りして森崎の正面に立つ千枝。


「それより森崎、本っ当にこの娘とは何でも無いのね? 森崎は千枝と結婚するんだから浮気は絶対ダメなんだからね!」


 桃色のワンピース姿の千枝が、両腕を組んでレイを睨みつける。


 森崎を取られまいと必死に顔を強張らせている千枝を見て、来る途中で見かけた村の人達とはまるで違う反応を見て、レイは自然と微笑んだ。


「あはは、千枝はサキモリと仲良しなんだね」


「ふふんそうよ両想いよ婚約者と言っても過言じゃないわ!」


 ぎゅっ。


 べったりと森崎に抱きつくと、千枝はドヤ顔で胸を張る。


「おいおい、俺はガキっぽいパンツを履いてる子供を婚約者にした覚えは無いんだがな」


「ぱぱぱ、パンツの事はもう忘れなさいよっ、森崎のエッチ!」


 ババッ。


 咄嗟に下半身を両手で隠す。


「あはははは」


 村の人全員が山賊を嫌っているのかも知れない。千枝だってひょっとしたら森崎が山賊だったと村の人から聞かされていないだけかも知れないが、それでも森崎が好かれている事がなんだか嬉しかったのだ。

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