赤と青
「人の不幸が私にとって幸せや」
「うっわ、夏川サイテー」「それはないわー」茶化すような口ぶりで夏川に言う。
英語の時間、担任の住友先生が例文を黒板に書いた。『I am happy that you are happy.』
「……」
「どうしたん?」
隣の前田が話しかけてきた。
「何もない」
授業が終わり、この前の中間テストの総合結果が配られた。数学の結果に不満があるらしく一部の生徒――授業に積極的なインテリパリピ共――が騒いでいた。まぁ、確かに今回のは不満がある。
僕達二組と隣の一組は普通科でも、数学の担当教員は違う。今回のテストでは範囲はこちらの方が広く、平均点も低かった。対して、あちらのクラスは小テストをし、出題範囲の狭いテストをした。平均点は自分達より高かった。そして、小テストの点数は期末と一緒に学期の成績に含まれるらしい。僕達のクラスにはそんなのない。加えて、平均点が「低かった」からとむこうの先生は一組全員に十点ずつ点数を上げた。
このことに、二組の生徒は怒った。不公平だ、なんで私達だけ。僕も口には出してないが、内心荒れまくりだ。
僕達の学校は、一年生全学科共通の音楽のテストは、平均点が三十代になる。だから全員の成績を出すときプラス二十される。このことは生徒も教務も知っている。(ちなみに、難しい問題を出す理由は、今後悪い点数をとっても、これ以上落ち込まないようにするためだそう)
だから一つのクラスに、しかも平均点が「高い」く範囲も狭いクラスにプラス十点は怒る。
だが僕は少し喜んだ。
「はい、じゃぁこの件は先生の方から話しておきますんで、三班さん掃除してください」
言われたので行こう。確か、三五A(←教室の番号)だったな。そして教室についたが、掃除をするのは僕一人。木町も豊畑も教室に来たって掃除しない。豊畑なんてカバン背負って帰る気満々。小田と正垣はテキトーな言い訳をして教室に来ない。大山はずっと点数について話してる。ここまで声が聞こえる。
「掃除ありがとう」
「ありがとうな〜」
心の籠もってないお礼ありがとう。何も言わずニコッと首を傾げ笑った。
――あぁ、メンドくさ。
教室に戻り机の横に掛けたカバンを持つ。教科書は持って帰らない。家で勉強なんてどうせしないから。
ぐだぐだと学校を出ると「小森さん」と話しかけられた。大山だ。
「掃除ありがとう」
「いえ、そんな」
たいして感謝してないくせに。いつも木町と豊畑と一緒にスマホいじってサボタージュしてるくせに。
間。
「あぁ、数学、成績酷いよな。あんなつけかた」
「そうですね。私もあれは不満です」
終わり。そもそも話し辛いんだよ。大山とは。だって敏いから。彼女は敏い故に面白いが。
「正直、掃除のこと怒ってる?」ほら。
「怒ってはいませんよ」
前を見て言った。横にいた大山さんは少し驚いたように僕の顔を見た。
いい機会だ。話し自体を反らすのもいいがそれは勿体ない。
「わ……僕はあなた達がサボることで先生に怒られるところの方が見たいですね」
「えぇえ!?」
ちょうど、小川に架かった橋のど真ん中で大山は止まった。さっきと比べ物にならないくらい驚いている。そりゃあそうだろう。いつも大人しい僕がこんな発言をしたからな。
いつか思ったことをインテリパリピに素のままで話してみたかったんだ。今日ようやくそれが叶った。コミュ障にはキツイ。
「英語の時間夏川さんが『人の不幸が私にとって幸せや』と言っていたのを覚えていますか?」
「うん」
「僕もです。あなたが、あなたたちが幸せそうにしているだけで、暗い感情がこみ上げてくる。何かに失敗したりすると嬉しくなる」
「小森さんって、結構独特やな」
――まだ気づかないか。
「あなたの友人が僕とカルタ大会の決勝で戦い僕が負けた時、あなた達は喜んでいましたよね。わかりやすいので言えば、ソレです」
ハッと彼女は気づいた。少し申し訳ない顔をしたが、眉間に皺を寄せた。そう、要するに、ただ悔しかったと言っているだけなのだ。だが眩しいほどに喜び合う姿が恨めしく思えたのだ。
僕はまた歩きはじめた。大山もそれに続く。
「あ、バス来ますよ。座れますかね?」
僕達はバス停にできた行列の最後尾まで行き、ちょびちょびと前へ進んだ。前後で一人席に座った。
それからは何も話すこともなく、ただ僕は車窓からの景色を見ていた。代わり映えのしないつまらない景色だなんて思っていたが、今はとても輝かしく思える。暗く濃い青空が僕に少しだけある勇気のようだった。
諏訪橋駅前。諏訪橋駅前。運転手さんのアナウンスでハッとしバスから降りる準備をする。どうやら大山もこの駅で降りるようだ。
「ありがとうございました」
次々と降りる。それに続き僕も降りる。
「ありがとうございました」
駅前のベンチあたり、大山は止まったけど気にせずに歩く。
「小森さん」
「なんですか」
呼び止められたから無視するのは良くないだろう。後からシカトだなんだと言われるのは面倒くさい。まぁ、さっきの発言もあまり良いものとは言えないのだろうけど。
黄昏時、赤と青が混じり白い空。果たして今の大山はどちら側だろう。
「いつもそんな感じで喋ったらいいのに。面白いよ」
✻ ✻ ✻
翌日、彼女の僕に対する接し方が変わったわけでもなく、ただ用があるなら話す程度の関係に戻った。そして、今の僕――いや、私――は面白くないんだなと思った。
東雲高校スクールバス 小森 @0929-komori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。東雲高校スクールバスの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます