第51話 おまえが聖女で、良かった

 結局急ぎつつも無理はせずに王都を目指すことになった。時折様子を見ながらゼストが魔法で加速させてみたり、ギルベルトに代わってマコトやリヒトが馬を走らせる。

 一行はどうにか四日で王都に辿り着いた。


「……それで、どうして王都の入り口で捕まってお風呂に入れられて磨き上げられているのかしら?」


 ルティアナは久々のドレスを着つけられながら呆れたように呟いた。

 王都の手前で城からの使いに捕まり、一行は用意されていた屋敷に放り込まれている。王城までの大通りをパレードのように見世物になってこいというお達しだ。

「聖女一行の皆様が無事に聖具を持ち帰られたとお祭り騒ぎなんですよ! 英雄の帰還ですもの! それはもうしっかり綺麗にかっこよく素敵に決めていただかないと!」

「言いたいことはわかるんだけど……」

 そんなことをしている場合ではないという気持ちもある。

 ルティアナは鮮やかな青のドレスを着せられる。散りばめられた真珠はまるで星屑のように見え、青みがかった黒髪によく映えてうつくしい。首元と髪には真珠の飾りをつけて、足元は白の靴。

 令嬢にしては少々地味かもしれないが、パレードの主役はルティアナではないのだからこのくらいがちょうどいい。

「アカリは?」

 ルティアナとは別の部屋に連行されたアカリの準備もそろそろできているはずだと問いかけると、侍女たちは一様に渋い顔をしていた。

 隣室にいるというのでルティアナが移動する。そこではアカリと侍女たちがドレスを巡って睨み合っていた。

「……何事?」

「ルティアナ様からも何かおっしゃってください。聖女さまがそのような格好で行かれると……!」

 そのような格好、というのはアカリがこの世界にやって来たときに着ていた制服だった。

「あたしの世界じゃ高校生の正装といえば制服なんです!」

 これは譲れないという顔でアカリは仁王立ちしている。用意されたたくさんのドレスには見向きもしない。

「……いいんじゃないかしら? ただそうね、何か羽織って、足は少しでも隠しましょうか」

 さすがにセーラー服の丈は短すぎる。貴族の女性ではありえない長さだし、多くの人前で生足を晒すというのも少々品に欠ける。

「ルティアナ様!?」

「アカリが異世界から着たことは誰もが知っているのだもの、変わった服装でもおかしくないでしょう?」

 鶴の一声とはこのことである。ルティアナの言葉に、侍女たちは「ルティアナ様がそうおっしゃるなら……」としぶしぶドレスを片付け始めた。

「ありがとうルティ!」

 大好き! とアカリは嬉しそうにルティアナに抱きついてくる。それを受け止めながらルティアナは微笑んだ。


 異世界からやって来た聖女。

 多くの国民はその顔も知らないままだ。

 きっと、城までの道を見世物になって進む中でたくさんの人がアカリの姿を目に焼き付けるだろう。


 ――聖女様はね、変わった服を着た、笑顔の素敵な女の子だったよ、と。


 アカリとルティアナが化粧も終えて一息ついたところで、コンコンとノックの音がした。

「どうぞ」

 ルティアナが答えると、正装に着替えた男性陣がぞろぞろとやってくる。

「――ルティ」

 甘く微笑みながらルティアナのそばへやってきたマコトをルティアナはじっ、と見る。

 アッシュグレイの衣装はいささか地味だ。しかし素材としては上等のもので、落ちついた雰囲気がマコトに似合っている。鮮やかなブルーのドレスのルティアナが隣に立つと、ドレスがより綺麗に見えた。

「……うん、合格」

「それはどうも。お手をどうぞ?」

 差し出された手を取り、ルティアナは満足げに微笑んだ。

「……おまえはその格好で行くのか」

 セーラー服に、肩から白い女性用の長いマントを着たアカリを見てフランツは呟いた。その反応にアカリはむすっと頬を膨らませた。

「そのやり取りはもう飽きたんだけど。あたしの世界じゃ制服が正装なの! だいたいあんな綺麗なドレスなんて着たことないんだから、ちょっと歩いただけで裾踏んづけるよ」

「なんのためのエスコートだと思って……まぁいい」

 ほら、と差し出されたフランツの手をアカリはきょとんとした顔で見た。そしてその手の意味に気づくと、ほんのりと頬を赤くする。

「いや、エスコート必要なカッコじゃないんだけど……」

 スカートの長さは膝上数センチといったところで、アカリにとっては慣れ親しんだ丈だ。歩きやすい。

「おまえはそのマントですら踏んづけるだろ」

「う。絶対にないとは言い切れない……」

 段差なんかがあったら踏んでしまいそうなくらいの長さである。見ている分には綺麗だし見栄えもいいと思うけれど、実用的じゃない。


 ――迷った末に、アカリはフランツの手をとった。




 わあああ、と歓声の湧くなかで、アカリの表情は凍りついた。ただの女子高生であって、アイドルでもなんでもないアカリはこんなに注目されたことは生まれてこの方一度もない。

「アカリ、笑って手を振ってあげて」

 ルティアナは鉄壁の微笑みを浮かべて淑女らしくしとやかに手を振っていた。アカリに注意しながらも崩れないその笑顔は見事だ。

「うへぇええ」

 アカリは固いながらもどうにか笑顔を作って手を振った。小さな子どもは「せいじょさま!」とキラキラとした顔でアカリを見ている。

 その顔を見ると、アカリにもじわじわと実感が湧いてくる。

「……そっか、あたしも少しは役に立てたんだね」

 あの小さな子どもが安心して暮らせるようになるのは、アカリが聖具を集めてきたからだ。『この国の人のため』の旅であることはわかっていたが、その誰かをはっきりと感じ取れたのは初めてだった。

 アカリの引き攣っていた笑顔が自然なものに変わる。


「アカリ」


 アカリの隣にいたフランツは小さく声をかけた。アカリはどうしたんだとフランツを見上げる。

「おまえが聖女で、良かった」

 フランツはアカリを見下ろしてやさしく誇らしげに微笑んだ。

 アカリはたったそれだけで、なんだか何もかもが報われる気がした。




 城に到着し、休憩のために用意された部屋でアカリは行儀悪くぐったりと机の上に伸びていた。

「……パンダになった気分……」

「襲撃がなくてよかったわねぇ」

 疲れも滲ませないルティアナが不穏なことを呟くと、ゼストがさらりと答える。

「暗殺者はいましたけどね」

「え」

 声を出したのはアカリで、ルティアナはやっぱりそうか、と納得の表情だった。

「ギルベルト様が教えてくださったので、魔法で」

 ――今頃はたぶん動けずにもがいていると思います、とゼストはさらっと告げる。ギルベルトが先ほど城の騎士に何か指示していたのはそれか、とルティアナは思う。二人とも頼もしい限りだ。

 あの場でパニックになるようなことにならなくて良かった、と一息つく。聖具に魔法をかける儀式まではまだ時間があった。

 ルティアナがくつろいだところで、衛兵が「アークライト公爵がいらっしゃいました」と声をかけてきた。あら、とルティアナが声を零すと、扉の向こうから父が姿を現した。

「――ルティアナ、来なさい。陛下がお呼びだ」

「はい」

 ルティアナが素早く立ち上がると、当然というようにマコトも立ち上がる。従者ではないのに、とルティアナは笑った。

「マコトは残って。――王子もですよ。呼ばれているのはわたしだけですから。ここで指示を出せる人間がいなくなるのは困ります」

 何かあったときに一行で指示を出していたのはフランツかルティアナだ。この場で襲撃に遭うようなことはないだろうが、万が一ということがある。

 立ち上がりかけたフランツはルティアナの指摘に頷いて腰を下ろす。マコトが不満げなので、あとでご機嫌とるのがめんどくさそうだとルティアナは苦笑し退室した。



 ルティアナが案内されたのは、国王の執務室だった。

「お久しぶりでございます、国王陛下。ただいま戻りました」

「――ああ、よく役目を果たした」

「それは、ご子息と聖女さまへおっしゃってください」

 わたしは力添えしたにすぎません、とルティアナは微笑む。うむ、と頷いた国王は、やわらかな眼差しから一転して、為政者の目になった。

「おまえからの文は見た。……ルティアナ、敵の目的はなんだと思う」

 ルティアナだけが呼ばれた段階でおおよそ予想はついたが、やはりこの話か、とルティアナは細く息を吐き出した。

「もともとは聖女を傀儡とし、この国の政治中枢への発言権影響力を得ること、でしょう。聖女さまとの婚姻により恩恵を得る、とも言っておりましたね」

 恩恵を受けるのは誰か?

 この一連の出来事を考えてみれば、教会しかありえないように思える。しかしルティアナの頭には最後の神殿で聞いた「この地」という言葉が引っかかっていた。

「……大神官クレメンスの出自は、もしかしてゼヴィウス公爵家に連なるものですか?」

 神官となったときに、家名は捨てることになっている。だから今のルティアナは神官たちが神官になるまでどのように生きてきたか知る術はない。

「繋がったか」

 国王は目を細め、肯定する。

「ゼヴィウス公爵家の再興……それが、大神官の目的ですね」

 思えば最後の神殿にいた神官の騎士のような雰囲気も納得できる。ゼヴィウス公爵家はもとは武勲を多くあげた一族だ。その家に仕える者の一人だったのかもしれない。

 聖女を妻として、国民の支持を得る。……確かに恩恵だ。

 しかしそれは、聖女が特別な存在だから使える方法でもある。

「陛下」

 ルティアナは意を決して口を開いた。

「聖女は……異世界の乙女は、これからも必要になると思われますか」

 聖具に触れることができる。聖女の必要性はただそれだけで、そのために異世界から人を呼び寄せる。

「聖女の役目は必要になるだろう」

「役目を担う人間がいれば、召喚は必要ないと?」

「――おまえは本当に賢いな」

 女であるのが惜しいくらいだ、と国王は苦笑した。褒め言葉として受け取って、ルティアナは微笑む。


「ならば陛下、わたしの無茶を受け入れてくださいますか?」


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