第50話 あたしはあんたたちのお人形じゃない!
「大神官は何を考えているの。聖女を利用して何をするつもり?」
今まで教会の意向と、大神官の狙いは同じだと思っていた。しかしそれだとどうにもおかしい。辻褄が合わないところが出てくる。
これまでの神殿での反応が、まさにそれだ。
一つ目の神殿では、無反応だった。
二つ目の神殿では、羨望の眼差しを向けられた。
三つ目の神殿では、警戒心と敵意を剥き出しにされた。
そして最後の神殿では、敵意をあらわに攻撃される。
すべて大神官が指示していたとすると不可解な点がいくつもある。
「……聖女さまには、しかるべき方の妻となっていただく」
「はぁ!?」
神官の返答に、真っ先に声を上げたのはアカリだった。フランツは顔を顰め、ルティアナはやはり、と思った。この国で女性を利用するとしたら、手っ取り早いのが婚姻である。
「だから帰還を阻むと?」
「聖女さまを娶ることで得られる恩恵は、あなたが一番良く知っているでしょう」
ぴくり、とルティアナの眉が動く。
それでまるで、聖女の末裔だからアークライト公爵領が豊かな土地になったのだと言っているようなものだ。
「冗談じゃない!」
アカリは声を荒らげた。
「勝手に呼んで、勝手に役目を押しつけて、そのうえ妻!? 結婚!?」
手に持っていた短刀を鞘から引き抜く。何十年と手入れされていなかったはずの刀身は、錆ひとつない。
聖女が刃物を見せたことで、周囲の神官たちは動揺していた。ただ怪我をすることを案じているのか、それともこのまま自害でもされたらと心配しているのか。
しかしアカリは短刀を自分に向けるなんてしなかった。当たり前だ。死ぬ気はない。死にそうなほど怒っているけれど。
「あたしはあんたたちのお人形じゃない!」
神官たちはいつだってアカリを『聖女』としか見ていない。彼らにとっての聖女はなんと都合のいい道具なのだろう。
「アカリ」
短刀を握りしめるアカリの手に、ルティアナがそっと触れる。アカリの手は怒りで震えていた。
「……行きましょう。もうここに用はありません」
さらに詳しく口を割らせようとするならば、それこそ拷問でもしなければならないだろう。不毛な話を続けてもアカリのストレスになるだけだ。
「……おまえたちにはわかるまい。こうでもしなければ、この地は救われないのだ」
――この地? とルティアナが眉を顰める。
目を伏せ、それ以降はぱったりと沈黙する男は、ルティアナの目には神官というより、まるで忠義の騎士のように見えた。
馬車のそばにはゼストの魔法によって気絶させられたり、リヒトの手によって縛り上げられた神官が数人倒れていた。
「ルティアナさん、大丈夫でしたか!?」
ルティアナの姿を見つけるとゼストは心配そうに問いかけてくる。やだかわいい、とぎゅっと抱きしめたいところだがそんな場合ではないことくらいルティアナもわかっている。
「ゼスト、リヒト様、ご苦労様でした。こちらも全員無事よ」
それで、とルティアナは休む暇なく口を開いた。
「急いで王都に戻らないと。大神官は謹慎処分を受けたままでしたよね?」
「そうだな。だが、聖具にかける守護の魔法は大神官が担当することになったままじゃないのか」
変更になったとは聞いていない。聖女召喚の魔法と同様に、大がかりな魔法ともなればできる人間は限られるはずだ。
「ギルベルト! 急いでどのくらいで着く!?」
フランツは御者台のギルベルトに声をかけた。
「休み無しでも三日はかかる!」
「え、おっさん不眠不休でやる気なの?」
がんばれーとアカリは笑いながらエールを送る。もちろん送るだけだ。
「あほか! 交代制だ交代制!!」
しかし交代制だとしても走り続けるには無理がある。食料は保存食ばかりで調理無しで食べられるようなものはないし、馬にも限界がくる。
「思ったんだけどさ、魔法でぱっと移動できたりしないの?」
「移動魔法はまだ確立していないのよ」
それこそ魔導師たちにとっては実現させたい魔法の一つだろう。魔法は便利と言えば便利なのだが、生活に活用できるものはそれほど多くない。
「そうだよねぇ……あったら最初から旅なんてしないよねぇ」
こんな面倒なことをしなくて済むし、時間も節約できる。
「加速はできるんじゃないですか? 風を使って、追い風のように」
ゼストが目をきらきらと輝かせて言い出した。魔法の話となるとゼストは表情豊かになる。出会った頃を知っているルティアナからすれば良い傾向だとは思う。
「できるでしょうけど……そうね、馬に疲労回復の効果をかけて……ちょっとかわいそうね」
「どのみち無茶させているじゃないですか」
マコトの言い分ももっともだ。今もかなりの速度で走らせている。生き物に対して無理を強いるというのもちょっと、とルティアナが言葉を濁らせた。
揺れる馬車の中で体勢を崩すと、すぐさまマコトが支えてきた。条件反射のようにやってのけるから本当にマコトはすごい。
「――車があればなぁ」
ぽつり、とアカリが呟いた。燃料が必要になるが、馬のように体力の心配がいらない。つくづくあの世界は便利なもので溢れているのだと実感させられる。
「運転できる人いないでしょ」
車だけあっても、とマコトが笑う。
「え? マコトさんは……」
「小学生が免許とってると思う?」
ついつい年上なんだからマコトが運転できる気分でいたが、彼はもう十年この世界にいるのだ。きっとスマホだって知らない。
「忘れてた……」
「こちとらランドセル背負ってこっち来てるんだよ」
茶化すように言うマコトに、アカリはまた忘れてた、と笑い返した。
「クルマ?」
マコトとアカリの会話に、フランツが首を傾げた。聞いたことのない単語だったからだろう。
「馬車より速く動く機械の乗り物……ですかね」
「電車とかねぇ、あったらね」
「デンシャ……?」
なんだそれは、とフランツはますます首を傾げていた。
そんなやりとりを見て微笑ましげに目を細め、ルティアナは揺れる馬車の中、ゼストに近寄る。
「ゼスト。前に王都でやったみたいに、うちの父か陛下に知らせは送れるかしら」
「できますよ」
「知らせ?」
「大神官が主犯なのはほぼ確定しているようなものですから、身柄は確保していただかないと。……明確な証言も証拠もないのが痛いところですね」
ただ怪しいというだけで疑いをかけるには相手が悪い。なぜ大神官がそれほどまでに聖女に固執し力を得ようとしているのか、動機だけでもわかるといいのだが。
「手紙を書きますから、それを送ってくださる?」
手紙? とフランツは首を傾げる。
「伝言ではだめなのか」
「それではわたし達を騙った偽物の可能性を考えてあちらの行動が遅れてしまいます。わたしの筆跡を知っているのは陛下と父くらいですから真似られることはありませんもの」
ルティアナは一応は社交界での交流もあるが、そういったときの手紙のやり取りはほとんど代筆を頼んでいる。公務などで日頃から多くの人間の目にその筆致を見られているフランツではダメだ。
時間が惜しいと馬車を出発させ、揺れる馬車の中で器用にルティアナは事の次第を知らせる手紙を仕上げた。
「念のため王子もサインしてくださいます?」
「ああ」
フランツがサインしたのを確認して、ルティアナは手紙を折りたたんだ。すぐにゼストに渡すと、ゼストは手紙を手のひらに乗せて目を閉じる。
ただの紙切れだったはずのそれは、意思を持つように動き出しそして鳥の形に変貌した。仕上げというようにゼストがふぅ、と息を吹きかけると、二羽の鳥は飛んでいく。
「陛下とアークライト公爵以外には読めないように細工もかけておきました。よかったですか?」
「完璧だわ!」
文句のつけようがない。ルティアナは上機嫌でよしよしとゼストの頭を撫でる。
「……ねぇゼスト、ちょっと気になることがあるんだけど」
「気になることですか?」
ルティアナは少し言い淀んだあとに、ゼストの耳元で小さく問うた。ゼストの琥珀色の瞳が見開かれる。
「できるかしら?」
ルティアナが苦笑いで首を傾げた。
「……理論的には可能です、けど」
ゼストが困惑した表情を隠さないまま、ルティアナを見つめた。
「ゼストがそう言うなら安心ね」
ふふ、とルティアナはなんてことないように笑っているが、とんでもない。ゼストはじわじわとルティアナの言葉を飲み込んで口をぱくぱくさせた。
「……ルティ?」
ゼストの様子に気づいたマコトが訝しげにルティアナを呼ぶ。ルティアナはなんでもないわ、と微笑んで口を閉ざしたが、何かを企んでいる時の顔だとマコトは気づいていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。