第29話 どこの乙女ゲーだ!!

「…………覚悟?」


 ルティアナは目を丸くしてマコトを見下ろした。握られた手はあたたかく、じんわりとマコトの体温を伝えてくる。

 覚悟なら、決めていた。

 マコトと別れるかもしれない、その未来を受け入れる覚悟を。

 けれどマコトの言う『覚悟』はなんとなく違う気がする。

「……まぁ、そういう反応だろうとは思いましたけど」

 マコトは苦笑しながら立ち上がる。

「俺はただのマコトとして、あなたの傍にいますよってことです」

 そうか、まだ傍にいてくれるのか。

 従者じゃなくても、主従じゃなくても、ただのマコトはルティアナの傍にいてくれるのか。

 マコトを見つめながらルティアナはどこかぼんやりと思う。頭がうまく働かない。


「慣れてきたとはいえ、もう少し周囲を見ろと言いたいな」

 はぁ、とため息を零しながらフランツは紅茶を一口飲む。渋く感じるのはこの場の空気がやたらと甘すぎるせいか。

「なるほどー。旅に出たら早くルティとマコトさんのいちゃいちゃに慣れないといけないねぇ」

 フランツがこんな顔をしているくらいだから、今日が特別というわけではないのだろう。アカリはそう思って口に出しただけなのだがアカリの言葉に返ってくる言葉はない。

 しん、と静まったことに気づいたアカリは首を傾げる。

「……あれ? 何この空気」

 アカリが首を傾げると、フランツが言いにくそうに口を開く。

「あー……その、ルティアナとマコトは旅には同行しない。二人はおまえが召喚されるのまで間だけ、という条件で協力していたからな」

 フランツの発言に、アカリは「へ?」と声をあげる。

ルティアナとマコトは、旅には参加しない。

「え!? なんで!? めちゃくちゃメンバーの一員ですって感じだったけど!?」

「まぁ、なんだ……今まで一緒だったから流れで?」

フランツがアカリから目を逸らしながら答える。ギルベルトやゼストも気まずそうにしていた。

「タンマ! ちょっとタンマ!」

「たんま?」

「ちょっと待って、みたいな意味です」

 首を傾げるルティアナに、相変わらずマコトが通訳のように説明してくれる。アカリも焦っていて言葉を選ぶ余裕などないのだ。

「それじゃあ、あたしは男四人に囲まれて旅をするの!? どこの乙女ゲーだ!!」

「おとめげー?」

「ゲームかな……? 俺も知らないですね……」

 さらにわからない言葉をルティアナはオウム返しにするが、どうやらマコトも知らないらしい。

「ヒロインがイケメンたちに囲まれて恋愛したり冒険したりするゲームのことですよ! 正統派の王子からクールイケメン、さらには健気なショタ! 確かにいい感じに揃ってる! でも一人はおっさんじゃん!」

「おいこら」

 俺の何が不満だとギルベルトが低い声でアカリを睨む。

 ルティアナはアカリの説明を聞いてもピンとこないが、マコトはなんとなくわかったらしい。あとで詳しく聞いてみよう、とルティアナは決めた。

「確かに、旅に慣れていない女性が男所帯に一人というのは問題があるかもしれませんね」

 予想外にアカリに助け舟を出したのはリヒトだった。

「そう思いますよね!?」

 ルティアナは女一人でも気にしなかったが、それはマコトが傍にいるという絶対的な安心感があったからこそで、この国の文化も風習も知らないアカリが嫌がるのも分からなくはない。

「ね、ルティ。一緒に来てくれない……?」

「それは……」

 これ以上ルティアナが、アークライト家が関わるべきではないと、頭では判断する。だが縋り付いてくるアカリを振り払えるほどルティアナは非情にはなれやい。

 こんな捨てられた子犬みたいな目で見られて、きっぱりと拒絶できる人間がいるだろうか。

「……ルティ」

 マコトが窘めるように名前を呼ぶ。

 ああやっぱりさっき愛称で呼ばれた気がしたのは空耳ではなかったのか、とルティアナはこっそりと笑みを零した。

 ルティ、という愛称を最初に使い始めたのはマコトなのだ。従者として立場をわきまえるようになってからは、もうずっと『お嬢様』だったけど。

「……ここでアカリを見放すようなわたしだったら、十年前にあなたに手を差し述べてはいなかったでしょうね?」

 マコトを見上げ、ルティアナは苦笑した。

「……それをここで言い出すのは、ずるいでしょう……」

 はぁ、とマコトはため息を吐いて呟いた。はなからマコトはルティアナを説得できるなんて思っていなかっけれど、改めてマコトは窘めることを諦めた。

「じゃあ」

 ぱっ、とアカリの顔が明るくなった。

 ああ、これは放っておけないなぁ、とルティアナは苦笑する。もしかしたら、これがアカリ自身の魅力で力なのかもしれない。

「わたしでよければ、ご同行いたします。何と言っても、聖女さまの頼みですもの」

「ありがとうルティ!」

 がばりと抱き着いてくるアカリを抱き返しながら、ルティアナはちらりとフランツたちを見た。

「……もちろん皆様のご同意が得られるなら、ですけれど」

「今更だろう」

 というフランツの一言にすべて凝縮されていた。ゼストは嬉しそうに笑っているし、リヒトは普段通りの無表情だし、ギルベルトはしかめっ面だ。

「では……改めて、よろしくお願いいたします」




 そしてひとまず出立は急いで明日、まずは一番穏便に進めるであろうアークライト公爵領の近くの神殿から始めて、ぐるりと一周することに決まった。

「アカリのその服もどうにかしないとね」

「旅には向いてないよねぇ」

 セーラー服は防御力なんてないし、ひらひらのスカートのせいで男性陣が目のやり場に困っている。

「聖女の荷物はある程度揃えてあるはずだぞ」

フランツが思い出したようにそう言うので、とりあえずその用意されていたものを運んできてもらったのだが。


「却下」

「いやーそれはないなー……」


 聖女のために用意されていた衣装は、あまりにも煌びやかで動きにくそうだった。

 真っ白なワンピースタイプのドレスに、同じく真っ白なローブ、しかもあちこちに真珠が縫い付けられている。

「旅だよ? 汚す前提でいてもらわないとさ、困るよね」

「その通りね。着替えしやすいように心配りはされているようだけど、こんなに飾りは必要なのかしら?」

 綺麗だが旅にはまったく向かない衣装だ。それにアカリの趣味じゃない。

 女性たちの文句に、マコト以外の男性陣は何も言えなかった。自分たちが用意したわけでもないのに、ただ素直に『ああ聖女っぽいなぁ』などと思ったことに申し訳なくなる。

「ルティが着ていたみたいな服が一番でしょうね」

 ルティアナが旅の間着ていたのは乗馬服を改造したものだ。

「そうね……いっそ足りないものは買いに行きましょうか。靴は用意していたもので……は、ダメみたいね」

 靴はヒールこそないものの、美しい刺繍の施されビーズが縫い付けられている固い靴だ。これではすぐに足が疲れてしまう。

 誰が用意したんだと問い詰めたくなる。

「靴も買うならあたしも一緒に行ったほうがよくない?」

「んー……そうね、それなら誰かに護衛についてもらわないと……マコトは来てくれるの?」

 従者ではないというのだから本人に確認したのだが、マコトは何をいまさら、という顔をした。

「行きますよ、ルティの傍を離れるつもりはありませんし」

「……それは、従者のときとどう違うのかしら?」

 ルティアナが首を傾げてみせても、マコトはにっこりと笑って「全然違います」と言い切った。

「俺も暇だしついていくか」

「警護対象を増やさないでください、王子」

 暇だからついていくなんて気軽に出かけられる身分ではないはずだ。しかしルティアナがじろりと睨みつけてもフランツは「まぁいいだろ」と笑っている。

「俺も行っても……」

「ゼストは大歓迎よ!」

 おず、と声を出したゼストにルティアナは遠慮なく食いついた。癒し要員はいつだって大歓迎である。

「態度違うな姫さん」

「定員オーバーなのでおっさんは必要ありません」

 アークライト家の馬車は六人乗りだ。公爵も入れるとギリギリである。

「誰が女の買い物に付き合うか。めんどくせぇ」

 じゃあ行きましょうか、とルティアナが当然のようにマコトのエスコートで立ち上がった。おっさんことギルベルトは無視である。


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