第19話 あなた、貴族が嫌いなんでしょう?
「……なんで俺だとわかった」
刺客になる可能性のある人間は他にもいたはずだった。ギルベルトはルティアナにもマコトにも攻撃的ではなかった。最初から、比較的友好的だったはずだとギルベルトは苦い表情を浮かべている。
「まず、フランツ王子は除外されるわね。いくら不仲でも殺そうと思われるほどじゃないはずだし、そもそも王子自らやらないでしょう」
そしてフランツ自身、暗殺だのという手法を好むような性格はしていない。そんなことを命じられても真っ向から拒絶する人だ。
「王家ではないというなら、どこかの貴族か教会よね。そうなると他の二人でもありえそうだけど、ゼストはわたしに懐いてくれていた。殺す相手にそれはありえないわ」
油断を誘うために懐いている素振りを見せる、ということはありえるが、ゼストのあの性格では難しいと思えた。もとから暗殺などのために育てられたなら別だが、彼の経歴を調べる限りそんな様子はない。
「残るはリヒト様、ということになるけれど、彼やカーライル公爵家はわたしを殺したところで何も得しないわ」
それに、リヒトがこの旅に参加したのは婚約を認めてもらうためだと言っていた。彼は冗談でそんな話をするタイプではないから、嘘ではないのだろう。だとすればルティアナを手にかけて万が一その犯行がバレた場合、婚約どころの話ではなくなる。
「消去法で、あなたしかいなくなる。それに、もとからあなたが一番怪しいと思っていたわよ」
「へぇ、なんでまた?」
ギルベルトが笑う。余裕すら感じるその声に、マコトは拘束する力を強めた。
「将軍家が教会とつるんでるなんて話は聞いたことがない。つまり、将軍家ではなくあなた個人が雇われたんでしょう?」
アークライト家を妬んでいるのはより高い地位を目指している野心ある伯爵家や没落した公爵家あたりだ。
ギルベルトは答えなかった。大人しく白状する気はないらしい。強情な男だとルティアナはため息を吐いた。
「あなた、養子なんだそうね。もとは孤児院で育ったんだとか?」
「……それがどうした」
ギルベルトの声に動揺が混じる。
その変化をルティアナは見逃さなかった。
ルティアナは共に旅する者が誰かわかった段階で、それぞれの経歴は事細かに調べている。その上で、一番こうなる可能性があるのはギルベルトだと思っていた。
「おおかた、教会から脅されたってところかしら?」
おそらく孤児院に危害を加えるなどと脅されて協力させられた。ルティアナはそう予想している。
なぜなら、そうでもなければ、ギルベルトにもルティアナを殺す理由なんてないのだ。
「……素直に話すと思うか?」
「話してくださると嬉しいけど……無理かしら。あなた、貴族が嫌いなんでしょう?」
「ああ、大嫌いだ」
侮蔑を含んだ声で、きっぱりとギルベルトが答える。
「さて、ではどうしましょうか?」
ルティアナは窓から入る月明かりに照らされながら、艶然と微笑む。
「ギルベルト様が諦めてくださる、というのなら今夜は何もなかったことにしてもかまいません。どうせわたしはそろそろお役御免ですから」
「それで終わると思うのか」
は、とギルベルトが自嘲気味に笑う。わずかに身を動かすと、マコトが今にも息の根を止めようかというくらいの力で押さえつけてきた。
「思えませんわ。でも、穏便にいきません? と提案しているんです」
ちらりとルティアナはマコトを見る。マコトは殺気を少しも隠していなかった。ルティアナを害そうとした人間を、マコトが許すはずがない。
「……わたしも、わたしの大切な従者の手は汚したくありませんもの」
マコトにそんなことをさせるために、従者にしたのではない。
「ですから、諦めてくださいません?」
「姫さん。あんた自分がどれだけ危うい立場を引き受けたのかわかってんのか?」
ギルベルトの返答に、ルティアナはため息を零す。
危うい立場だと理解していたからこそ、今回のギルベルトの暗殺を回避できたのだがそこは評価してくれないらしい。
「どうしても?」
「くどい」
ルティアナの重ねた問いに、ギルベルトは苦笑した。
ギルベルトが諦めたところで、ルティアナの命がこれからも狙われることには変わりない。聖女の代わり、なんて言葉とおりの単純な話でないことくらい、はじめから知っていた。
「……そうですか、ではしかたありませんわね」
ルティアナはとても残念そうに呟いた。
ギルベルトを押さえつけるマコトの手に力がこもる。灯りのない部屋でも、マコトはきっと急所を外したりはしないだろう。それだけの腕前があることを、そう長くない旅の間でも共に過ごしたギルベルトにはわかる。
しかし、痛みは一向に訪れない。
ギルベルトがまだか、と思うなか、ルティアナは指先をそっと自分の胸元へ導いて、そして迷いなく自分の夜着を引き裂いた。白い首元から下の、ふくよかな胸元まで露わになる。
「はぁ!?」
死ぬだろうと覚悟していたギルベルトが、間抜けた声を上げる。わずかに身じろぐと、やはり殺気立ったマコトがすごい力で押さえつけてきた。
「きゃあああああああ」
ルティアナは高い悲鳴を上げて、そのまま引き裂いた胸元を押さえるようにうずくまる。
静かな夜の闇に、ルティアナの声はよく響いた。
すぐにばたばたと慌てたような足音が近づいてきて、乱暴に扉が開かれる。
「おいどうした!?」
「ルティアナさん!?」
フランツとゼストの大きな声とともに、ランプのまばゆい灯りが部屋を照らす。
そこには、ベッドの上でマコトに押さえつけられるギルベルトと、乱れた夜着のまま泣き崩れているルティアナの姿があった。
――これは、誰がどう見ても。
「……ギルベルト、おまえ」
フランツがわずかな驚きと、軽蔑を含んだ声で呟いた。
「な、ちが」
「黙っていてくれますか」
ギルベルトが弁明しようと顔をあげれば、マコトが今までにないくらいの怒りをもってギルベルトの頭をシーツの上に叩きつける。
「ギル、ベルトさま、が」
ルティアナはぽろぽろと涙をこぼしながらどうにか言葉を紡ごうとするが、うまく声にならない。
その様子から、駆けつけた三人はすぐに『ルティアナがギルベルトに襲われ、そこをマコトが取り押さえた』という結論を出した。
「う、がっ」
突然マコトが押さえつけていたギルベルトが低く唸る。
「……マコトさん、ギルベルト様は動けないようにしたので」
もう押さえつけなくても大丈夫ですよ、とゼストが心なしか低く声で告げた。魔法によって拘束されているらしいギルベルトは、さきほどより苦しげに表情を歪めている。
「……お嬢様」
泣き崩れるルティアナに歩み寄り、マコトは自分の上着をルティアナの肩にかける。
心細げにマコトを見上げてくるルティアナの涙は、数分前のやりとりのすべてを知るマコトでさえ騙されそうなくらいだった。
「何があった、と聞くまでもないか……」
「ち、が……うぐっ」
「ギルベルト様は少し黙っていましょうか」
反論しようとするギルベルトが、何かに圧迫されるように口を閉じた。ゼストがさらに重ねて魔法をかけて、言葉らしい言葉も紡げなくなる。
「俺がお嬢様の様子を見にきたら、中の様子がおかしかったので……」
マコトがルティアナの肩を抱き寄せてなだめながら簡単に説明する。
ギルベルトが唸りながら何やら反論しているが、その度にゼストがさらに圧力をかけているようだった。……さすがに誰か止めないとギルベルトが圧死するんじゃないだろうか。
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