第12話 おまえには吉報かもな

 次の目的地に向かうまでの道すがら、ルティアナはたびたびタンポポの種を蒔いていた。村や街のそばであったり、魔物が出やすいところであったり。

 とにかくルティアナは必要だと思ったところに種を蒔いた。それなりに大きな袋いっぱいに集めておいた種は瞬く間に半分以下になった。

 種を蒔いた先で魔除けの効果がしっかりあったかどうかはまだ報告されていないが、聖女一行の通ったところにタンポポの花はしっかりと根付いていく。


 ――そうしているうちに、ふわふわと花咲くタンポポは『聖女の足跡』などと呼ばれるようになっていた。




 昼食もかねて、休憩をとる。

 最初はあまり会話を楽しむようなこともなかったが、今ではそこそこ雑談で盛り上がることも多くなった。

「皆さんは旅の褒美は決めていらっしゃいますの?」

「褒美?」

 ルティアナの問いに、マコトは「なんだそれは」という顔をした。

「聖女の旅に参加した者には、国王陛下から褒美としてひとつ願いを叶えていただけるんです。大それたものでなければ、たいていの願いは叶えてもらえるそうですね」

 ちょうどマコトの隣に座っていたゼストが説明してくれる。

「ゼストは決めてあるの?」

「はい。魔術の研究設備を新調していただきたいなと。ちょっと古くなってきてますから」

 魔術に関する話だとゼストの目はキラキラと輝いていて、ルティアナにはそれが微笑ましい。

「俺は金だな! 世の中金さえありゃたいていのことは上手くいくし」

「あなたにはまだ聞いてませんけど……」

 ギルベルトが割って入ってきたことにルティアナは呆れつつ、おそらくギルベルトのように大金を求める者は多いだろう。

 もとよりメンバーは大半が貴族。たいていのものは持っているし、自分でも手に入れられる。もらえるなら金でもらっておこう、ということだ。

「リヒト様は?」

「……そうですね。婚約の許しをいただこうと思ってます」

「婚約!?」

 思いもよらない人からの予想外の言葉に全員が声をあげた。

「お、おまえそんなロマンチストだったのか……!?」

「カーライル公爵家の力でも婚約まで結び付けないような方ですの?」

 リヒトの家はアークライト家同様に由緒ある公爵家だ。その家からの申し出となれば断る家はほとんどいない。

「いろいろありまして」

 リヒトは無表情のままでそう答えた。

 ギルベルトは面白いネタを見つけたと言わんばかりにリヒトに絡み始めたが、ルティアナは「ふむ」と黙り込む。

 ……何となく、相手の予想がついてしまった。

 リヒト相手に茶化していてはあとが怖いので触れないでおこう、とルティアナは心に決める。


 賑わう一行の中で、フランツは通り過ぎた街の騎士団から受け取った城からの文を見て一人だけ渋い顔をしていた。

 いつもうるさい人間が静かだと、嫌でも目につく。そして、ルティアナには文の内容がおおよそ予想できていた。

「……聖女のふりだけをしていればそれでいい、余計なことをするなとでも言われました?」

 苦笑しながらルティアナがフランツに問う。他のメンバーからは距離をとって、木にもたれながら考え込んでいる様子のフランツは――なんだからしくない。

「おまえには関係ないだろう」

 フランツはそう言ってルティアナとの会話を拒んだが、ルティアナはそれを許さなかった。

「あるでしょう。おおかた、あの花をあちこちに蒔いているのが気に食わないのかしら。本物の聖女ではないわたしが、名声を得ようとしている……とでも書いてあります?」

 あくまで聖女の偽物であるルティアナが成したことが評価されるのは、これからやってくる本物の聖女のためにならない、とルティアナが、ひいてはアークライト家が気に食わない連中は騒ぎ立てているのだろう。

 ルティアナのしたことでフランツが非難されているのなら、さすがに黙っているわけにはいかない。

 その非難はフランツではなくルティアナが受けるべきものだ。

 ルティアナの的を射たセリフに、フランツは一度だけちらりとルティアナを見た。

「おまえが名声目当てにやっているわけじゃないことくらい、わかっている」

 意外なフランツの評価に、ルティアナは目を丸くした。

 そこまでフランツに、ルティアナという人間が理解されているなんて露ほども思っていなかったのだ。

「……それは、ありがとうございます?」

「国のためになることをこんなくだらない理由でやめろという人間のほうが、頭がおかしいとしか思えんな」

 自嘲気味にフランツは笑い、手紙を握りつぶした。

「とにかくおまえが気にすることじゃない。どうせ騒ぐだけ騒いで何もしない外野だ。放っておけばいい。どうせおまえもやめる気はないだろう?」

「そうですわね」

 既に巷で『聖女の足跡』と騒がれているのなら、今更やめたところで意味はない。ならば誰に文句を言われようと続けていくだけだ。それが、いずれは国のためになる可能性を秘めているのだから。

「――……ああ、それとおまえには吉報かもな」

 くしゃくしゃになった手紙を見下ろしてフランツが呟いた。ルティアナは何も言わずに首を傾げた。

「聖女召喚の準備が整ったそうだ。近々、召喚の儀が行われる」

 ――やっとか、というべきか。もう、というべきか。

 ルティアナが討伐の旅に出てから一カ月以上が経った。そうですか、とルティアナは小さく答えた。

「エヤン峡谷の討伐が終わったら、一度王都へ戻る」

「では、わたしもそこでお役御免ということになりますね」

 次の目的地というのが、エヤン峡谷だ。ルエルの森よりも西にある。今はそこへ向かっている途中だった。

 国で魔物の巣窟と呼ばれているのルエルの森とエヤン峡谷の二カ所で、ここの掃討が終わったらあとは国内をまわりながら街や村を襲いかねないはぐれた魔物を退治しながら旅をする予定だった。

「……去年の暮れにも、辺境の村が魔物に襲われた」

 フランツが足元を見つめて小さく呟く。ルティアナも知っている。

 魔物の中には群れをなすものもいる。増えすぎた魔物は、本来の住処だけでは餌が足りなくなり町村を襲うこともあるのだ。

 そして人の血肉の味を覚えた魔物は、餌としてまた人を襲うようになる。

「これからはそんな被害も、減っていくでしょう」

 ルティアナたちがこうして魔物を討伐して、聖女が召喚されたあとは聖具を集めて国の守護を強める。すべてが終わるのはそう遠い未来ではない。

「……おまえはそれでいいのか?」

「なんの話です?」

「おまえがこうして危険な討伐をしていたことも、あの花のことも、すべて聖女の成したことになる。正直俺にはおまえの博愛主義は理解できないな」

 フランツがその青い目でルティアナを見つめた。

 旅の終わりに褒美がもらえるのは、正式なメンバーだけだ。ルティアナはその中に含まれていない。

 こんなに真剣な顔をされると、ルティアナもからかって誤魔化せない。

「そんなものありませんよ。わたしは貴族として、多くをもつ者として、自分に成せることをしているだけです。国民の義務ですわ」

 ――博愛主義なんて。ルティアナはただ、やれることをやっているだけだ。

 そして、フランツが言ったとおり、名誉とか名声とか、興味なんてない。

「それに、無欲というわけでもありません」

 褒美はない。

 けれどルティアナにも願いはある。

 それを叶えるために、ルティアナはこの旅に参加しているのだから。




「……王子となんの話を?」

 さてそろそろ出発しようかと一同が休憩を終えるなかで、マコトがルティアナのそばに寄ってきて問う。

「なんてことない、世間話よ」

 マコトに聞かせるほどの話ではない。ルティアナは完璧な笑顔でそう答えたのだが、もちろんマコトもただの世間話などでないことくらいわかっていた。

「言いたくないなら聞きませんけど、お嬢様の身に危険が及ぶようなことでは」

「ないわよ、心配性ね、マコトは」

 ルティアナは少し背伸びをして、マコトの頭をよしよしと撫でた。

「……なんで頭を撫でるんですか」

「マコトはいつもいい子だから?」

 俺のほうが年上なんですよ、とマコトは小さく零した。ルティアナはそうね、とその小さな呟きも聞き逃さずに笑う。

「おーいそこのお二人さん、いちゃいちゃしてねぇで行くぞ?」

「どう見たらいちゃいちゃしてるように見えるんですか」

 はぁ、とマコトがため息を吐き出して馬に乗る。ルティアナも愛馬に跨った。

 フランツはあの通り、ルティアナのことが苦手であっても多少理解してくれている。ゼストにいたってはルティアナに懐いてくれているし、ギルベルトやリヒトは一定距離を保ちつつ旅の一員としてルティアナを邪険にするようなことはない。


 思っていたよりも、悪くない旅だったのかもしれない。


 ルティアナはそんなことを考えながら馬を走らせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る