第11話 針千本飲ませますよ!?

 戦いの中で「わたしのことは気にしないで」というのは強い人間にのみ許された言葉であり、それをルティアナが口にするのは――まぁ、フラグを立てていると言われても仕方ない。


 魔物の数はどんどん膨れ上がったが、始終こちらが優勢だった。

 魔物といえど、知能は普通の動物とさほど変わらない。ただ普通より頑丈で、炎を吐き出してきたりするというだけだ。

 それが一般人にとっては厄介なのだが、少なくとも戦い慣れているマコトやギルベルトには問題にもならない。ゼストにいたっては魔法の威力が桁違いで接近さえされなければ落ち着いて対処できている。フランツやリヒトもそれほど苦戦はしていないようだ。

 ルティアナは約束どおり、離れた場所で大人しく戦いを見守っている。魔物を刺激しないように、物音を立てずに息を潜めていた。

 一か所に集まった魔物はゼストの魔法によって一掃され、そこから逃げのびた魔物を他の四人が倒す。それを二度ほど繰り返した。


「……そろそろケリをつけたいところだな」

「そうですね」


 フランツが周囲の魔物の数を確認して呟く。彼らにとって魔物はたいして敵でなくとも、一匹や二匹を相手にするのとはわけが違う。さすがに連戦となると息が上がってきた。

 多く動き回っているのはギルベルトとマコトだが、フランツやリヒトも援護したり剣を持たないゼストを守ったりと忙しい。

 魔物の数も半分以下まで削った――そんなときだった。ふ、とルティアナの頭上がかげる。ルティアナが見上げると、蝙蝠のような翼の生えた魔物が迫ってきていた。


「お嬢様!」

「ルティアナさん!」


 いち早く気づいたマコトやゼストが声をあげる。マコトがルティアナのもとまで駆けつけるには距離があるし、ゼストは次の大きな魔法をうとうと構えていたところだった。ギルベルトやフランツも遠い。リヒトが慌てた様子で弓をつがえようとしていた。

 ルティアナは顔色ひとつ変えずに、迫り来る魔物に白い手をかざす。極めて冷静に、まるで歌うようにそれを唱えた。


「『其は凍てつく氷の刃、貫け氷槍』」


 ルティアナの手から現れた氷の槍は、まっすぐに魔物の胸を貫いた。

 しかしそれでも仕留めるまではいかない。地に落ちた魔物は血を流しながら、なおもルティアナを標的としている。だがそれだけ動きが鈍れば、マコトが駆けつけて背後から斬りかかるには十分だった。

 マコトの振りかざした剣が魔物の首を落として、それは崩れた。

 そしてゼストが広範囲の魔法で魔物を焼き払い、あたりは沈黙する。この周辺の魔物はこれでひととおり倒すことができたのだろう。


「おーじょーおーさーまぁー」


 剣を握り締めたまま、マコトが笑顔でルティアナに歩み寄る。

 怒っている。どこからどう見てもかなり怒っている。

「なぁに、マコト?」

 マコトが怒っている理由には当然見当がついていたが、ルティアナはにっこりと微笑み返して誤魔化した。

「危ないことはしないって約束しましたよねぇ!? 針千本飲ませますよ!?」

 ルティアナの誤魔化しなんて、マコトに通用するはずがない。マコトはルティアナに詰め寄りながら怒鳴った。

「やだ、危ないことはしてないじゃない。ほら、ちゃんと無傷よ?」

 ルティアナは擦り傷ひとつない。むしろ戦っていたマコトのほうが小さな傷をあちこちに作っている。

「魔法を使うならはじめから防御の魔法を使えばいいじゃないですか! 心臓が止まるかと思いましたよ!」

「魔法を使えば魔物に気づかれてかえって危険じゃないの。わたしはゼストほど強い防御の魔法は使えないし」

 多少魔法の心得があったところで、国で一、二を争う天才魔術師に敵うわけもない。ルティアナはルティアナの力量をわきまえている。

 下手に魔力の気配を魔物に察せられて、たくさんの魔物から標的にされたらひとたまりもない。

「ルティアナさん、怪我は……」

 ぱたぱたとゼストが駆け寄ってきたので、安心させるためにもルティアナは微笑んだ。

「大丈夫よ。ゼストも怪我はない? 疲れたでしょう?」

 続けざまに大きな魔法を使えば体力も削られる。ゼストは大丈夫です、と答えているけれど、呼吸が荒くなっている。

「……姫さん、魔法が使えたのかい」

「言えよそういうことは」

 驚くギルベルトと、呆れたようなフランツもやってくる。リヒトも無言で集まってきた。三人も小さな怪我はあるものの、大怪我をした人はいなかった。

「言うタイミングもなければわたしの出番もなかったので」

 このメンバーのなかで、少し魔法が使える程度のルティアナの出る幕はない。

「ま、そりゃそうか」

 ギルベルトがあっさりと頷いた。フランツもリヒトも追求はないので納得したのだろう。

 ルティアナが魔法を使わなければならないような場面は今までなかったし、これからもそうそうないだろう。


 ――それに、能のある鷹は爪を隠すものだ。


「じゃあ、さっさと早く行くぞ。こんなところに長居は無用だ」

「ああ、少し待っていてくださいます? すぐ済みますから」

 出立しようとするフランツに、ルティアナは声をかける。そしてごそごそと荷物から袋を取り出すと、その中身を周囲に蒔き始めた。風に乗って、小さな種のようなものがふわふわと舞っていく。

「おい、何してる?」

 ルティアナの突然の奇行に、フランツが眉を顰めて問いかけた。

「種です。うちの領地で咲いている野草の」

 香り袋にも入っている、魔除けになるというあの野草だ。

「他にも何種類か確認してますけど、この花が一番繁殖力が強いので。うまくここに根付いてくれれば、今後魔物による被害も多少は減るかと」

 ある程度周囲に巻き終えると、ルティアナはまた詠唱する。

「『其は春を告げるもの、大地に根付くもの、天を仰ぐもの、さぁ謳え春の訪れを、さぁ今こそ咲き誇れ』」

 すると先ほど蒔いた種が芽吹き、花開く。黄色いふんわりとした花があちこちに咲いた。


 ――そう、それは。マコトが元の世界で慣れ親しんだ、タンポポの花だった。


 アスファルトの隙間や線路の隅で、あちこちで咲く花だ。咲き綻んだそれらの中には白い綿毛になったものもある。

 アークライト家の庭にも、近くの林にも、なぜかタンポポは咲いていた。その花を見ていると、ここが異世界なんて一瞬忘れてしまいそうな光景だった。

「『謳え春の使者、咲き誇れこの大地に』」

 ルティアナの魔法に重ねるようにゼストが唱えると、足元のタンポポは先を急ぐように綿毛になって、種子を飛ばした。瞬く間に、蒔いた種の三倍近くのタンポポが咲き誇っている。

「効果を期待するなら、たくさん咲いているほうがいい、ですよね?」

 ゼストが確認するようにルティアナを見上げた。ルエルの森の入り口であるこの野原は、今は黄色に染まっている。

「もちろんよ! ありがとうゼスト!」

「……って、こういうことは国にしっかり申請しろ! そうすればわざわざおまえたちがやらなくても」

「そんなことしたら効果を証明できるものを出せだの論文を書けだの面倒でしょう? 実行に移すまでに時間がかかりすぎます」

 フランツがルティアナに噛み付いたが、正論に正論を返されて口ごもる。

「これは、わたしが持っていた種が、魔法で急成長して根付いてしまっただけですよ?」

 ――ねぇ? と念を押すようにルティアナは首を傾げた。

「……まぁいい、勝手にしろ」

 フランツが降参したように答えたので、ルティアナも満足げに微笑む。


 ぼんやりとタンポポの絨毯を見つめるマコトに歩み寄り、ルティアナはそっとその手をとった。

「行きましょ? マコト」

 ああそうだ、いつもこうしてルティアナはマコトを迎えに来た。

 最初に、マコトが屋敷の庭で咲くタンポポを見つけたとき、泣きたいような叫び出したいような、そんな気持ちになって。タンポポを見つめたまま動けずにいるマコトを見つけて、ルティアナは手を差し伸べてきた。


「はい、お嬢様」


 マコトは少し泣きそうな顔で笑いながらルティアナの手を握り返した。


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