第8話 これで納得いただけたでしょう?
ルティアナの浮かべる微笑に、マコトは――ああ、お嬢様が怒った――と苦笑する。
激怒というほどではないが、これまでのフランツとのささいな口論の比ではないくらいに、静かに怒っている。
「そう……足手まとい。では、皆様の話ですと、足手まといにならないというのなら、マコトの同行を認めるということになりますわね?」
小首を傾げる仕草は、その微笑みが本当に心の底からの笑みであるのなら、かわいらしいと表現できるのかもしれない。
「マコト」
「はい、お嬢様」
もともと旅支度していたマコトの荷物には、剣が入っている。それを取り出してマコトはルティアナの一歩後ろに控えた。
「こうしましょう、どなたでもかまいませんわ。王子でもギルベルト様でもリヒト様でも――ああ、ゼストは魔術師ですので除外しましょうか。マコトと手合せしてくださいな。マコトが勝てば、足手まといではない、ということになりますでしょう?」
ねぇ? とルティアナは笑う。拒否権があるとは思えない雰囲気だ。
「へぇ、あんた剣が使えるのか」
ギルベルトが面白げに笑う。リヒトは眉を顰めて様子を見ているだけだ。
「お嬢様をお守りするために必要でしたので、ある程度は」
にっこり、とマコトは答えたが、それは謙遜だとルティアナは思う。
護身術も剣術も、マコトにつけた師は「これだけの腕ならもう十分だ」と評価しているくらいだ。そこらへんの騎士よりもずっと強い。魔法が使えないのだから、とマコトは身体を鍛えたからだ。
「なら俺とやるか。王子とやるわけにはいかないだろ」
万が一王子に怪我でもさせたら問題になる。リヒトは先ほどから動く気はさらさらないようだったので、まぁ妥当か、とルティアナは思った。たとえ相手が将軍家の人間だからといって、マコトが負けるとは思えない。
「あー……まぁ、そうだな。腕を確かめるなら手っ取り早いか」
フランツが許可を出し、ギルベルトとマコトは剣を抜いた。危ないので他の三人は距離を置いた。
はじめ、というフランツの合図で、二人は動いた。
体格で有利なのはどう考えてもギルベルトだし、おそらくルティアナ以外の誰もがマコトは負けると思っている。最初にその判断を覆したのは、他ならぬ手合せの相手であるギルベルトだった。
――マコトの動きには無駄がない。
油断していたというのもある、たかが従者だ、将軍家の人間として日頃から騎士団で鍛えているギルベルトの相手ではない。そう思ったのが間違いだった。
先に動いたのはマコトで、素早く距離を詰めるとギルベルトの喉を狙って斬りかかった。それをギルベルトは受け流すが、すぐにマコトは別の急所を狙う。
ギルベルトが剣を振るえば軽やかに距離をとり、時には剣で受けるが力比べになるような展開には持ち込ませなかった。おそらく、単純に力ではギルベルトに敵わないと判断したのだろう。
「マコト」
さほど大きくないルティアナの声が、剣と剣がぶつかり合う音の中で唯一発せられた声だった。
「いつまでやっているの。勝ちなさい」
凛とした声で命じられて、マコトは笑う。笑う余裕があった。
黒い目が獲物を狙うようにギルベルトを見た。ギルベルトが見られた、と思ったときには、キンッという高い音のあとで手から剣が離れていた。
くるくると弧を描いて、ギルベルトの剣がわずかに離れたところで地面に刺さる。
誰もが唖然とするなかで、ルティアナだけが満足げに微笑んでいた。
「――まて、何者だおまえの従者は」
旅の一行は、地位も考慮にいれられているが、精鋭揃いだ。
ギルベルトはまさしくその剣の腕を買われたので、フランツやリヒトも敵わない。
「わたしの従者ですけど?」
「ただの従者がギルベルトに勝つわけがないだろう!」
「まぁ、ただの従者なんて言っておりませんわ。マコトは剣の腕も確かで料理も乗馬も狩りもできる大変優秀なわたしの従者です」
ついでに言えば以前にルティアナにキャンプなんて言葉を教えてしまったおかげで、興味津々のルティアナのために野営の手際も完璧にして実際何度か『キャンプ』したし、ルティアナの髪の手入れだけでなく綺麗に編むこともできる。掃除も洗濯もできる。
「これで納得いただけたでしょう? マコトは足手まといになんてなりません」
ルティアナの言葉を誰も否定できなかった。
――お嬢様が胸を張ることじゃありませんけどね、とマコトは笑いつつも藪蛇なので口には出さない。
マコトが強くなったのもルティアナが与えてくれた環境によるものなので、まぁ二割くらいはルティアナの功績なのだろうか。
「……わかった、同行を認める。おまえよりは役に立つだろう」
「聞き捨てならない言葉もあったようですけど、聞かなかったことにしますわ。マコトは誰よりも役に立ちます」
ふん、とルティアナはフランツの言葉を訂正する。
ごたごたしているうちに出立の時間は遅れてしまった。早く移動しなければ早速野宿になるのではないだろうか。ルティアナは別にそれでもかまわないが。
「そこらへんの姫さんより融通ききそうで助かるなぁ」
はは、と笑いながらギルベルトが言う。マコトに負けたというのに、いっそ清々しい様子だった。
公爵令嬢という立場からして、馬車での移動でないとダメだ野宿なんて嫌だ、いつでも綺麗に着飾っていたい、とでも言うと思われていたのだろうか。
リヒトやフランツが馬に乗ったところで、そういえば、とルティアナはゼストを見た。やって来たときにギルベルトの後ろに乗っていたということは、一人で馬に乗ることができないのだろう。
「ゼスト、わたしの馬に乗ります?」
「え」
見たところギルベルトに慣れているというわけでもないようだし(おそらくフランツやリヒトに比べればマシというだけだ)それならばルティアナの馬に乗ったほうがいいと思ったのだが、ゼストは固まった。
「……重さ的にもそのほうが馬に負担がかからないと思うのだけど……嫌かしら?」
さすがに女性の後ろに乗せてもらう、というのは男子としては恥ずかしい――が、ルティアナには分からないのだろう。きょとん、と首を傾げている。
「……ゼスト様、よければ俺の後ろに乗ってください。お嬢様、いくらゼスト様が可愛くても一応は男性ですから」
後ろに乗せるとかそんな密着した体制はどうかと思います、とまでは口に出せなかった。
ほっとしたようにゼストはマコトの後ろに乗ってしまったので、ルティアナとしてはなんだか可愛い弟を横取りされた気分である。
「予定が既に大きく狂ってますから、早く出立しましょう」
少し苛立った様子のリヒトに急かされ、ようやく一行はアークライト家をあとにした。
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