第110話

「よく来てくれた、グレイス。

 わずか二年であの砂漠を見違えるように開拓してくれた。

 毎年の献納もうれしく思っているぞ」


「わずかな額で申し訳ありません。

 何分食糧生産に難がある土地でございまして、周辺領や王家直轄領から食糧を輸入しなければなりません。

 どうかご容赦ください」


 嘘です。

 王家や周辺貴族を懐柔するために、わざと不利な条件で食糧を購入しています。

 食糧の生産量も、肉を主食にすれば十分自給自足が可能です。

 トイレを奇麗にするために飼育しているスライムを直接食べるのは、さすがに躊躇しますが、殺したスライムを餌にして養殖している、鶏や砂鼠を食べるようにすれば、少量の食料や雑草を加えることで自給自足が可能になっています。


 ですがこのような自給自足体制は、砂漠領の奥深くでだけでおこなわれています。

 砂鼠が媒介する疫病が怖いのもありますし、ゴードン王家にこのような知識を与えたら、大陸制覇の戦争を始めてしまうかもしれないからです。


 欺瞞用に輸入している食糧ですが、食べたい人には自由に食べてもらっています。

 穀物が大好きな人に、食べるなと命じるほど強権的な政治はしていません。

 ただ飢饉や天災に備えて、非常食の備蓄は家ごと村ごとに義務としています。

 二十年は保存が可能な干飯を全人口の一年分。

 種として使うための籾の状態で保存するなら、専用の貯蔵庫であれば十年は保存可能ですから、半砂漠地帯の地下に貯蔵を設け、三年分の保存を義務付けました。


「いや、いや、逆に助かっている。

 砂漠領で食糧を輸入してくれるから、農作物の価格が安定したことで、農民の暮らしが安定するようになった。

 商人に買い叩かれることもなくなった。

 砂漠領が輸出してくれる素材の御陰で、職人が素材不足で困ることがなくなった。

 王家王国も、魔獣素材や魔獣素材で作られた魔道具を輸出できるようになり、勝手向きが改善した。

 本当によくやってくれている。

 そこで褒美をとらすことにした。

 人口的には少々不足しておるが、数年すれば確実に人口条件も達成してくれるであろう。

 シーモア子爵家を辺境伯家に陞爵させ、シーモア辺境伯家とする」


「ありがたき幸せでございます」


 目論見通りになりましたね。

 王都に呼び出して暗殺する可能性も考慮していましたが、中級精霊達に調べてもらった範囲でそのような陰謀はありません。

 王家王国も貴族達も、シーモア子爵家に順調に発展して欲しいのでしょう。

 まあ、聖女伝説が広まった私を殺そうとして失敗すれば、民による暴動で王家が滅ぼされる危険があることくらい、ヘンリー様も理解されているでしょう。

 魔犬が少なかったあの頃でさえ、刺客を放った貴族家が無残な滅び方をしているのは、社交界の常識ですからね。

 できれば争うことなく手を携えて反映したいものですね。

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逆行悪役令嬢は改心して聖女になる。 克全 @dokatu

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