ホーソン実験

水谷一志

第1話 ホーソン実験

「ホーソン実験」―。それは、シカゴ郊外にあるウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場において、1924年から1932年まで行われた一連の実験と調査のことである。

 この実験では延べ21126人の労働者に面接して聞き取り調査が行われ、その結果労働者の行為はその感情から切り離すことができないこと、職場での労働者の労働意欲は、その個人的な経歴や個人の職場での人間関係に大きく左右されるもので、客観的な職場環境による影響は比較的少ない、ということが明らかになった。

 ―うちの職場とまるで逆だ。


うちの職場は、とにかく人間関係が悪い。

まず、お互いにあいさつができない。普通の職場なら出勤と同時に、

「おはようございます!」

などあいさつするのが普通だろう。―しかしうちの職場はそういう風土がない。

 まああいさつするとしても、本当に仲のいい同僚に対してのみである。

 また、うちの職場、オフィスにははっきりした派閥が存在する。

お局さんを中心とした自称マダムの派閥、若い子たちのグループ、その中間―。とにかくうちは派閥に分かれており、その間の交流は「御法度」のような雰囲気だ。

 そしてお互いがお互いに仕事・責任を押しつけあっている。―こんなことでは良い業績を残せるはずがない。

 実際、うちの部署は業績の悪さで社内でも有名であった。


 三

 そんなある日、うちの部署にとある男の部長が赴任してくる。

その部長は見た目は爽やかなタイプなのだが―、その性格は「最悪」であった。

 部長はとにかく仕事を大量に振る。それは定時を超えてからも変わらず、「残業は当たり前」といった考えなのだろう。

 そして派閥が気にならない新しい部長は対立する派閥同士でチームを無理矢理組ませ、プロジェクトに当たらせる。もちろん各派閥から不平不満があがったが、部長はそんなことは気にしない。

 そして部長は必ず次の台詞を口にする。

 「お前ら、何でこんなこともできねえんだよ!」

―と。


 「ってかあの部長、感じ悪くない?」

「見た目がちょっとかっこいいからって、いい気になってるよね。」

その日、たまたま部長が退勤した後、私たちは井戸端会議をしていた。

 そして驚くべきことに、その会議は派閥を超え、気づけば部の部長以外の全員が会議に参加していた。

 「ああいうのって、パワハラだよね。」

「私もそう思う。」

 そして私たちは部長の悪口に花を咲かせる。

 「―ってかさ…、」

 その後ある同僚が、部長をギャフンと言わせたいと言い始めた。


 ―次の日。

「おいお前、前の資料の直しは―、」

「終わってます!」

「おい、プレゼンの資料は―、」

「できてます!」

「この前の会議であがった企画は―、」

「新しい案なら昨日みんなで考えました!」

「おいお前―、」

「仕事は全て予定通り進んでいます!

あと部長、お前呼ばわりするの止めてもらえません?」

―それは、部長に言われ、押しつけられたこと全てを前もってやり通す計画。また言われていないことも先回りしてやる計画。

 派閥の垣根を超えて、部長をギャフンと言わせる計画だ。

「―分かったよ!

 じゃあ外回り行ってくる!」

そう言った部長は悔しそうで悔しそうで、私たちは派閥を忘れ、1つのチームとしてその結果を喜び合った。


「今回もご苦労だったな、○○人事部長。」

「はい、でも今回は正直、こんなにうまくいくとは思いませんでした。

何せ女性の職場の派閥は根深いですからね。

 でもうまくいって良かったです。【私が嫌われ役を買って出て、部を1つにまとめる計画】が。」   (終)

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ホーソン実験 水谷一志 @baker_km

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