第38話 お呼ばれ②

 圭介は奈々の家のリビングに通されてソファに座る。奈々の家はごくごく普通の一軒家。リビングもそれなりの広さで、圭介はやや緊張した面持ちで周囲を見る。奈々はキッチンに向かいそこで、母親らしい人物と何やら会話をしながら、お茶を用意しており、圭介は再び周囲に視線を彷徨わせる。


「(ここが奈々の家か……)」


 リビングというのは、彼女の部屋とは違った意味で緊張感がある。彼女の部屋なら女子特有の雰囲気というか、甘い香りというか、少し男子には刺激の強いものである。リビングはというと生活感というか、その家族の性格というか、実家とは違うアウェー感があるのだ。するとキッチンからお茶とお茶請けを持って、奈々親子が現れる。ん?親子だよな?奈々の母親は若々しく、奈々と姉妹といってもおかしくない雰囲気で、でも奈々よりも柔らかくそして少し貫禄もある。


「初めまして、奈々の母で明美といいます。今日はわざわざ来ていただいて、ありがとうね」


 奈々の母親に思わず見惚れていた俺は、脊髄反射で立ち上がる腰を曲げて挨拶を始める。


「はっ、初めましてっ、奈々さんとお付き合いさせて頂いている春日圭介といいます。この度はお招きいただきありがとうございます」


 俺はまるで一兵卒が上官に挨拶をするが如く、緊張した面持ちで挨拶をする。するといつの間にか俺の隣に座っていた奈々が、呆れた声を出す。


「圭介、あんた緊張しすぎよ。別にお母さんもあんたを糾弾するために呼んだ訳じゃ無いんだから」


 確かに言っていることはわかるのだが、脊髄反射だから仕方がない。とは言えそうも言えずに返事に窮していると、正面の奈々の母親である明美さんがコロコロと笑い出す。


「奈々、貴方、今度圭介くん家にお呼ばれしてるんでしょ?きっと今の圭介君みたいに緊張するんだから、そんな風に言わないの。圭介君ももっとリラックスしてくれて良いわよ」


「あ、はい、ありがとうございます」


 俺は少しだけ肩の力を抜いて着席する。うん、やはり奈々より柔らかい印象。それが俺の緊張をほぐしてくれる。


「ふふっ、でも圭介でもこう言うのって緊張するのね。ちょっと意外だったわ」


「いや、普通緊張しないか?今回は挨拶の為に来た訳だし」


「フフフッ、本当に圭介君。来てくれて嬉しいわ。ほら、うちの奈々って、今まで男の子とお付き合いした事がないでしょう?他のママ友が嬉しそうに娘の彼氏とか、息子の彼女とかの話をするから、私羨ましかったのよね。ママ友からも奈々ちゃん可愛いから、彼氏なんてよりどりみどりでしょって言われちゃって」


「もう、お母さん、私の昔の事なんて如何でも良いの。うちのお母さん、すぐ彼氏出来たかって聞くんだもん」


 あー確かに俺も彼女が出来たかとか、母親からニヤニヤされながら聞かれたな。まあその辺はどこの親も同じなんだろう。


「うん、でもこれでやっとママ友達にも自慢出来るわ。圭介君カッコいいし、わざわざこうして挨拶に来てくれるのって、ポイント高いのよ」


「あ、ありがとうございます。でも挨拶云々は普通だと思うので、特別な事では無いですよ」


 俺は本音でそう思っているので、なんかそこまで言われると恐縮してしまう。因みにカッコいい云々はお世辞だとしても、素直に嬉しい。男子はおだてに弱いのだ。しかし明美さんはそんな俺の態度が物足りないのか、更に熱く語ってくる。


「そんな事ないわよ。ほら奈々も知ってる近所に住んでる小春ちゃんのお母さんなんか、小春ちゃんの彼氏は家に来てもちっとも挨拶にこないし、小春ちゃんの部屋にすぐ行って、乳繰りあってるって文句言ってたもの」


 うん、乳繰り合ってる情報はさすがママ友だな。娘の立場だと知らない男子にそんな事が広められているとは思って無いだろうと軽く小春ちゃんに同情する。


「まあそれくらい付き合っているなら、しょうがないんじゃ無いの?小春ちゃんって確か高校生だったでしょ。恋愛が楽しい時期だもん」


「あら、別に高校生だからってわけでも無いでしょ?恋愛が楽しいのわ。ねえ、圭介君」


 おっふ、流れ弾が飛んできました。ただそれ程豪速球というわけでも無いので、俺は平然と答える。


「まあそうですね。彼女といるのは楽しいですから、高校生ってのはあんまり関係ないかもですね。まあその小春ちゃんって娘が初めて彼氏が出来たとかなら、その方が大きいかもですね」


「フフーン、だって、奈々ちゃん。まあ、確かに奈々ちゃんも初めての彼氏って事で、浮かれきってるものね」


「ちょっ、お母さんっ、って、圭介もニヤニヤするなっ、別に浮かれきってなんか無いんだからねっ」


 母親の口撃に思わずツンデレを発生させる奈々。うんうん、耳を真っ赤にさせてそっぽ向いてもテレ捲ってるのバレバレだからね。俺はそんな奈々に悪戯心が湧いてくる。


「あー、そうかー。俺は奈々と付き合えて、正直浮かれてたんだが、奈々はそんな事無いのか。なんか、そう言われるとちょっと寂しいなぁ」


「くっ、圭介、私の本心わかっててそんな事言って」


 そこは流石奈々。此方の悪戯心をキチンと汲み取ってくれる。此処で更に惚けると奈々は本格的にヘソを曲げかねないので、俺はフォローを入れようとしたところで、明美さんが娘に追い討ちをかける。


「もう奈々ちゃん、時には素直にならないと、圭介君に愛想を尽かされちゃうわよ。ただでさえ、奈々ちゃん、素直じゃ無いんだから」


「くっ」


 流石の奈々も母親である明美さんに突っ込まれると呻き声をあげるので精一杯だ。うん、羞恥なのか、悔しさなのか分からんが、少し涙目でもある。なので俺は奈々の頭をポンポンと撫でて、優しく話しかける。


「ちょっと悪ノリし過ぎたな。でもそんな奈々の性格はわかってるから安心しろ。呆れるどころか好物だ。ご馳走様でした」


「圭介、それもおちょくりの延長線でしょ、殺すわよ、大学生活的に」


 こわっ、あらやだこの娘、なんて恐ろしい目をしてるのかしら。って何?大学生活的に殺すって何っ!?俺、奈々と付き合ってるだけで、既に半殺しの目にあってんだけど?と戦々恐々の俺。


「はい、すいません、調子に乗りました。何するのかは分かりませんが、大学生活を殺すのだけは勘弁してくださいっ」


「二人は本当に仲が良いのね。お母さん、ちょっと羨ましくなっちゃうわ」


 いや、母上様?どう考えても脅され尻に敷かれる彼氏ですよ?助け舟なりフォローなりを期待したいんですが!?


「はいはい、お母さんもいつまでも茶化さないでよね。まあ少なくても圭介は私にベタ惚れで、私も悪い気はしてない位で思っておいて。ね、圭介もそれで良いでしょ?」


「いやそこは五分五分って話にはならんのか?まあ良いや。こんな感じで奈々とは仲良くさせて頂いております。ですので、これからも宜しくお願いします」


「はい、こちらこそ至らない娘ではありますが、仲良くしてあげて下さい。宜しくね、圭介君」


 俺が再び折り目を正して挨拶をすると、奈々のお母さんも居住まいを正して、ニコリとお辞儀をしてくれる。奈々は奈々で、何処となくその姿が嬉しいのか、こそばゆいのか、少しだけテレを含ませながら、歯に噛むのだった。


 ◇


 その後、夕食前に俺は帰路に着く。正直明美さんからは夕食もと言われたが、今日は挨拶目的だったので、長居はせずにお断りをした。ただ夏休みの期間中に今度は夕食を共にする約束をしたので、それ程強くは引き止められなかった格好だ。次回その夕食には奈々の親父さんも同席させるとの事だったので、再び緊張の一瞬がやってくるのは致し方無いだろう。


「圭介、今日はわざわざありがとうね。お母さんも本当に喜んでたわ」


「んーまあ、大事な娘さんとお付き合いさせて貰ってるんだ。挨拶くらいは当たり前だろ。むしろ奈々の入り浸りっぷりなら遅過ぎた位だからな」


 こうして奈々と正式に付き合う前から、週に何度も泊まっていたのだ。流石に正式に彼女じゃ無いのに挨拶する気にはなれなかったが、正式に彼女になった以上、それなりの責任感はあるのだ。あっ、勿論、以前は手を出して無かったが、今は大人の関係なので、尚更である。


「はは、確かに結構圭介の家に行ってたもんね。勿論これからも行きまくるけど。圭介と圭介の家にいるのって、居心地良いし」


「確かに、奈々が家にいても最近違和感無くなってきたしな。はっ、何気に俺飼い慣らされていないかっ?」


「しっしっしー、ようやく気づいたかね圭介君。最早君は私抜きでは生きていけない体になったのだよ。我が下僕よ」


「誰が下僕だっ、誰がっ」


 悪ノリする奈々に俺は全力で突っ込みを入れる。まあこういう気安さが、俺と奈々の程よい距離感なのだろう。


「まあ、下僕云々は兎も角、次はいよいよ圭介のお家だね。圭介は先に帰っていて、私は後で合流ね」


 俺の実家に帰るのは、奈々より少し前。一週間位は実家にいる予定だ。そのあと奈々が合流して、一緒にこっちへ戻ってくる予定だ。流石に奈々も一週間、俺の実家にいきなり滞在は、ハードルが高い。なので奈々は一泊だけ俺の実家にくる予定だ。


「まあ、取り立てて何かあるわけじゃ無いけど、楽しんで貰えるよう考えるよ。実家の車も使える様に話はしてあるしな」


「圭介の家って海近いんでしょ?私、海みたいなぁ」


 奈々はそう言って柔らかい笑みを浮かべる。俺はそんな奈々を同じように優しく見ながら、その手をぎゅっと握る。


「ははっ、海だけじゃなくて、山も川もある。自然だけは一杯あるから、まあその辺ひっくるめて案内するよ。夜には祭りもあるから、一緒に行こうぜ」


「うん、宜しく頼むね、彼氏君」


「へいへい、任されました。お嬢様」


 俺たちはそう他愛もない会話を交わしながら、駅までの道のりをのんびりと歩くのであった。


ーーーーーーーーーーーー

大分間が空いてすいません。

中々文章を書き溜める時間なくで、間が空いてしまいました。次は圭介の実家が舞台ですが、なんとか1月中には出したいなぁと思ってます。

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振られた俺は、彼女もいないのになぜか彼氏役 あぐにゅん @agunyun

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