第37話 お呼ばれ①

 えー、私こと清水圭介はこの度晴れて奈々と付き合うことになりました。正直奈々が泊まるようになってから、こうなる事は時間の問題のような気がしてた。既に奈々からではあるが、キスもしてたのだ。そういう意味では、俺自身の踏ん切り的なもの次第という所でもあったので、自分の気持ちをよく考えて、その上で素直に好きだという気持ちになれたのが大きい。まあ、偽彼女を了承するくらいなので、最初から友人として好感を持っていたというのもあるのだが。

 そして今何処へ向かっているのかというと、正式に奈々の家にご挨拶に向かっている電車の中だった。元々、奈々から奈々のお母さんが会いたいと言っているのを聞いていたので、ようやく実現した格好だ。因みに今日はお母さんのみ。いきなり彼女の男親に会うのは流石にハードルが高い。

 まあ奈々がしょっ中家に泊まりに来ているので、流石にお父さんもその事は知っているみたいだが、二十歳を超えた娘のする事にめくじらをたてるタイプではないようで、猟銃を構えて脅しにかかる事は無さそうだ。ただステップは踏みたいので、まずはお母さんからとなっている。

 そして奈々の家のある最寄りの駅で降りて、改札口に向かうと奈々が既に待っていた。んっ、何だか女子に囲まれている?まあ男子にナンパとかじゃ無さそうなので、気にせず奈々に声をかける。


「おーい奈々、お取り込み中か?」


「「「キャーッ」」」


 何故か奈々の返事の前に、周囲の女子から黄色い悲鳴が沸き起こる。いや、まて、俺はアイドルか?ジャ◯ーズなのか?思わずアイドルと勘違いしそうな気分になるが、表面上は訝しむ表情を見せて奈々に目線を送る。


「あー、もうほら、もういいでしょ?これが彼氏、彼氏見たんだから、さっさと遊びに行きなさいっ」


 奈々はそう言って声を荒げて、女子たちを追い払おうとする。どうやら偶々友人達に見つかったみたいだ。すると三人の女子たちがニヤニヤと圭介を見て、感想を言い出す。


「へーっ、奈々を落としたって聞いたからどんなイケメンかって思ったけど、思ったより普通だねー」


 ぐふっ、マイナスダメージ10ポイント


「そう?普通に爽やかでいいじゃん!あっ、でも私の好みではないけど」


 ぐふっ、更にマイナスダメージ10ポイント


「そうね、私も普通にカッコいいと思うわ、あっ、でも私の彼氏の方がイケメンだけど」


 ぐさっ、……かはっ、ドドメのマイナスダメージ10ポイント」


 ああ、俺のライフゲージが残りわずかになっている。クッ、確かにイケメンでは無いのは認める。でも、それ以上に普通の連呼が圭介の心を抉る。まあ確かに取り立ててセールスポイントがないのは自負しているが、他人に言われるのは堪えるのだ。


「はいはい、周りの人にしてみれば、普通で良いの。私にとって特別であればね。それにあんた達、そういう割にはさっきから圭介見て、顔赤くなってるわよ」


 最早、膝から崩れ落ちそうな俺に対して、彼女である奈々がヒールをかけてくれる。おおうっ、ライフが回復していく。そして俺は奈々の友達らしい女子三人組の顔を見ると確かに少し赤らんでいるような……、あっ、目があった。すると目の合った女子は高速でグルリと顔を逸らし、動揺した素振りを見せる。


「べ、別に顔赤くなってないし、っていうか、人の彼氏に興味ないし、むしろ奈々いいなぁ、なんて思ってないし」


 うん、欲望ダダ漏れな気がするな。耳まで真っ赤だし。すると奈々が俺の隣にやってきて、俺の腕にしがみつく。


「別に興味持って貰わなくて良いわよ。圭介は私の何だから、もっと良いイケメンでも探しなさい。私は圭介が良いから、他には興味無いしね」


「クッ、これが勝者の余裕」


「この裏切り者めっ」


「奈々、今度ダブルデートしようよ!」


 どうやら彼氏のいない二人は、羨ましそうにし、彼氏のいる子は奈々を仲間と認めたようだ。一人は彼氏がいるのか、ニコニコしているが、更にそれが彼女のいない子達の苛立ちを募らせている。


「今日はなおの奢りね」


「うん、それがいい。奈々が居れば奈々も餌食だけど、居ないからなお一択」


「なんでっ、そんな事いうともう合コンセッティングしないからねっ」


「「ごめんなさい、宜しくお願いします」」


うん雌雄は決したようだ。彼氏持ちつええ。

その後、この四人のの会話は暫く続き、奈々の家に行く前に、俺はすっかりスタミナを削られるのであった。


 ◇


「いやー、それにしてもすっかり話し込んだな」


 俺はげんなりとした表情を見せながら、奈々にそう言う。今は奈々の家に向かう途中の道で、奈々と手を繋ぎながら歩いている。


「正直、駅の改札で会うとは思わなかったから、私もびっくりしたのよ。しかもあそこまで食いつくとは思わなかったし」


「確かに。因みにあれって高校の時の友達か?」


「うん、一人は中学から一緒の子で、残りの二人は高校から。今でもたまに会う友人でまあ親友って言っても良いくらいには仲良い子達ね。私が高校の時から男子振りまくってたのを知ってても、気にせず付き合ってくれる良い子たちよ」


 奈々はそういって少しはにかみながらも、ハッキリと自慢してくる。まあそれは先程までの気安いやり取りからもわかるが、その気安さを初めて会った奈々の彼氏である俺にも向けてくるのには驚いた。まあ奈々が全面的に俺に対する惚気を撒き散らしたので、俺自身へのダメージは大分軽減されたが、あれが合コン会場とかだったら、確実に心が折れていただろう。あ、いや、別に合コンなんて行ってないよ!?そういう話を昔聞いただけだからね。


「仲が良いのはわかったよ。それに奈々の難攻不落っぷりも聞けたしな。奈々が自分の彼女でなければ、その冷酷っぷりは鬼畜と言わざるをえない非道っぷりだったしな」


「ちょっと待ってよ、あれは私がというより相手が悪いのよっ!ろくに会話すらした事ないのに、やたら下の名前で呼んでくるし、気がつけば彼女扱いしてくるしで、あれでも相当我慢したのよっ」


 友達三人組との会話の一コマ。どうやら奈々には自称彼氏モドキという先輩がいたらしい。ただこの彼氏モドキがうざく、イラついた奈々が公衆の面前でガッツリ振ったらしい。その彼氏モドキさんが意外にイケメンで人気もあったらしく、奈々に対するやっかみもあったらしいが、あの三人組は奈々のフォローに周り事なきを得たらしい。俺は公衆の面前でガッツリ振られたその彼氏モドキにわずかな同情と圧倒的なざまあ感を抱くが、奈々のトラウマになりかねない事を平気でいじり倒してくる友人達に、より一層仲の良さを感じた。


「まあその彼氏モドキはどうでも良いが、俺も同じ目に合わないように気をつけないとな。うん、奈々恐ろしい子」


「人を極悪非道みたいに言わないでよっ、まあ圭介は大丈夫よ。圭介は……その、私のちゃんとした彼氏だし……」


 奈々は正面を向いて恥じらいながらもそう宣言してくる。顔も真っ赤、耳も真っ赤である。やだ、何この子、可愛い過ぎるんじゃないか!?こんな姿、世間の人が見たら、またファンが増えるんじゃないの?俺は奈々の破壊力に戦々恐々としつつ、いたずらな笑みを見せる。


「成る程、成る程、奈々さんはわたくしめが大好きだと仰るのですな。ふむふむ、彼氏冥利に尽きますなー」


「なっ、いや今のなし。そもそも圭介が私に告ったんだし、圭介が私にベタ惚れで泣きついてきたんだしっ」


「何だその無駄な負けん気は?そもそも泣きついてねーよ。まあなら両想いって事で良くね?今はちゃんとした彼氏彼女何だからな」


 奈々の意地っ張りなところは可愛い所だ。ただ拗らせると大変なので、俺はすんなり白旗をあげる。そんな俺の返事に奈々は嬉しそうに笑顔を見せると、それが正解とばかりにいってくる。


「そうね、両想い。片想いじゃなくて両想い、だって彼氏、彼女だもんね。うん、もう偽は卒業だもんね」


「まあそうだな。偽なんて期間もあったな。今思うと、あんま変わってない気もするけど、そうだな。あー、そうそう、奈々の家ってそろそろか?」


 俺はそんなやり取りが少しばかりこそばゆく、思わず話を変えてしまう。奈々はニヤリとはするが、それ以上は追求せずに、道の角を曲がった所で態とらしく大きく手を広げる。


「ここが私の家。いらっしゃい、圭介」


「はいはい、お邪魔します」


 閑静な住宅街にあるごくごく普通の一軒家。俺は彼女の誘いに合わせてその門をくぐるのだった。


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