第36話 奈々の誕生日③

「はぁ〜、花火凄かったねー」


 私と圭介は今花火会場を後にして、近くにある海の見える公園に来ていた。周囲には私達と同じような花火会場から流れてきただろう人が結構いる。しかもカップル成分多め。まあ、私達もそうなのだから、人の事は言えないのだが。


「ん、まあな。うちの実家の花火大会よりスケールでかいし、人も多いしで、少し疲れたけどな。奈々は平気か?」


「はは、私は驚き疲れちゃった感じかな。あんなに大きな花火見た事無かったし。最後のナイアガラもすっごく綺麗で、本当感動した。圭介、ありがとうね」


「喜んで貰えたなら良かったよ。折角の誕生日だし、なんか記憶に残りそうなものがいいなって思ってたからな。やっぱ花火大会にして正解だったよ」


 圭介はそう言って嬉しそうな表情を見せる。私も釣られるように嬉しくなって、圭介の手を握る。確かに凄く楽しい誕生日だった。でもそれは花火大会のせいだけではない。同じように楽しんでくれる大好きな人がいるからこそ、楽しめたのだ。まあ友達と来てもそこそこ楽しめたと思うが、やはり好きな人といれるのが一番なのだろう。


「本当に初めて尽くしの記憶に残る誕生日だったわ。これで男子と一緒に過ごす誕生日がトラウマにならずに済みそうだもの」


「お嬢様のご機嫌を損ねずに済んだこと嬉しく思っておりますよ。って、まだ奈々の誕生日だけどな」


 圭介はニヤリとして、私の正面に立つと、その両手で私を包み込む。周りにはあまり人気が無いのでそこまで焦る必要も無かったのだが、圭介からこういう行動をとってくれる事が余り無いので、慌ててしまう。


「えっ、何、ど、どうしたの急に……」


「あー、奈々には今日、言っておきたい事があってな。だから逃げられないようにちょっと捕まえてみた。悪いけど少し付き合ってくれ」


「い、いいけど……」


 圭介の顔が近くにある。圭介の体の熱が伝わる。正直私にはそれだけで一杯いっぱいだ。多分顔も真っ赤になっているだろう。まあここはそれほど明るくないから、そこまで目立ってないと思うけど。そんな私の内面を気に止めることなく、自然な表情で、さも普通のことのように言ってくる。


「奈々、お前と偽の恋人関係でいたけど、解消しよう」


 あれ?圭介は何を言ってるのだろう?私は理解が追いつかない。今日は一日楽しい誕生日の筈で、一杯幸せな気分でいられて、そして一番記念に残る誕生日だった筈だ。あれ、圭介は今何を言ったの?


「おーい、奈々?大丈夫か?おーい、奈々さんや?」


 完全に思考を停止し、固まってしまった私を圭介が心配する様に覗き込む。


「やだ」


 ようやく溢れでた言葉。何とか絞り出した言葉。私はそこから言葉が、気持ちが溢れ出す。


「やだ、絶対やだ、なんで今そんな事を言うの?折角の誕生日で折角楽しくて、嬉しくて、素敵な誕生日だったのに、やだよ、なんでそんな事「だー、ちょっと待てっ」」


 私の溢れた言葉が圭介の言葉に遮られる。私が不意に顔を上げるとそこには少し焦った圭介の顔。圭介は私の目を真っ直ぐ見据えて優しく諭すように言ってくる。


「まだ話は終わってねーっ、慌てるな、もう。偽の恋人関係は解消、此処まではいいな?慌てなくても話はこれで終わらないから」


 私は圭介が何を言いたいのかわからない。でも圭介の表情も圭介の声も別に突き放した冷たいものじゃない事だけはわかる。だから私はこんがらがった気持ちを懸命に抑え、一つ頷き圭介の目を見返す。その目には涙が溜まっている。でもまだ涙は溢していない。そして圭介は変わらず優しい表情で、私にそっと言う。


「奈々、お前の事が好きだ。だから偽ではなく俺の本当の彼女になってくれないか?」


 私の頭はまたフリーズする。ん、圭介は何を言ったの?えっ?どう言う事?今何が起きたの?混乱に混乱を極める私は、中々意味を咀嚼できない。すると圭介が苦笑いをして私の頬に手を当てる。


「おーい、奈々?大丈夫かー?ちゃんと俺の言ったこと理解できてるか?」


「わからない、もう一回」


 私は再びなんとか言葉を絞り出す。分からない、えっ、何、どういう事?何が起こったの?


「しょうがないな、もう一度言うからちゃんと理解しろよ?奈々、お前の事が好きだ。だからちゃんと俺の彼女になって欲しい。駄目か?」


 くっ、ずるい。やっぱ圭介はずるい。最初から答えはわかってる癖に、でも今までの中途半端な関係をきちんとフラットにして、その上で真っ直ぐな告白。本当なら偽の関係でなし崩しも出来るのに、そうしないでちゃんと告白をしてくれる。ずるいとしか言いようがない。


「答え、わかってる癖に。さっき偽の恋人関係を辞めようとって言われたとき、本当にびっくりして、悲しくて、辛かった。意味がわからなかった。でもそれはおかしい事だったんだって、今わかった。圭介の告白を聞けて前の関係になんて戻りたいなんて思わなくなった」


「ん、まあ、それがあったから、今こういう気持ちになれたっていうのもあるんだけどな。で、お答えは如何ですか?奈々さん?」


 圭介の楽しそうな声に私は思わず拗ねてしまう。


「圭介がそこまでいうなら付き合ってあげる。感謝してよね、私、結構モテるんだから」


「ん、これから宜しくな。彼女の奈々さん」


 彼女と言われて嬉しさがこみ上げて、思わずニヤけてしまう。そしてついに私の目から涙がこぼれ落ちる。さっきまで悲しい涙だったのに、今ではすっかり嬉し涙だ。そしてそんな私の涙を圭介が優しく拭いながら、圭介は優しく私にキスをする。圭介からしてくれた初めてのキス。この瞬間、私の誕生日は人生で最良の日となった。


 ◇


「おっ、そうだ。奈々、ほら、誕生日プレゼント」


 圭介と私は彼氏彼女になった後、大学と圭介のアパートのある最寄りの駅のファミレスで、軽めの夕食を食べていた。花火大会の時にビールとおつまみ的なものは食べていたが、圭介がお腹が空いたという事で、帰りがけにファミレスに寄っていたのだ。


「おっ、偉い偉い、有り難く頂戴するわって、今開けてもいい?」


 私は時間も時間なだけに、ドリンクバーとフライドポテトをつまみ、圭介はピザを頼んで頬張っている。


「ああ、別にいいぞ。まあ気にいるか分かんないけどな」


 圭介は少しテレたようにそう言った後、誤魔化すようにピザを頬張る。流石によっぽど変なものではない限り、普通に喜べる私は、ニヤニヤしながらその包みをあげる。


「わっ、ネックレス、ってこれ、圭介とお揃い?」


 包みを開けた箱に入っていたのは、シルバーのネックレス。これは圭介がよくしているものと同じネックレスで装飾にプレートがついているやつだった。


「そう、俺と同じ奴な。シルバーのアクセだから、女子が付けてもいいだろうし、まあ彼氏彼女でもあるわけだから、同じ奴な付けてても不思議じゃないだろう」


「フフフッ、ちょー嬉しい。有難う、圭介。これならカジュアルな服にも合うし、圭介と一緒にいるときはずっとつけるわ」


 私はそう言って笑顔を見せる。本当に嬉しい。これは圭介が彼女になると思って私にプレゼントしてくれたものだ。偽では無く、彼女として好きな私を想って選んでくれたプレゼント。嬉しくない筈が無かった。


「ハハッ、取り敢えず喜んでくれて良かったよ。正直今日告白すると決めてたから、もし奈々に振られでもしたら、お蔵入りになる所だった」


「なら無駄にさせずに済んで良かったわ。んー、でも圭介って意外に独占欲強いのね。お揃いのネックレス付けさせて、周囲にアピールしようだなんて」


 今日の私は圭介にやられっぱなしだった。だからここぞとばかりに私は反撃に出る。圭介は私を好きと言ったのだ。これくらいはバチも当たらないだろう。そして私のニヤニヤ顔付きの反撃に圭介が悔しげな表情を見せる。


「くっ、そのニヤニヤ顔は止めろ。……確かにそういう意図が無かったわけじゃないけどな。それに奈々、最近違った意味で注目を集めているしな」


「何よ、その違った意味って」


 それは罠だった。圭介が反撃のために用意した周到な罠である。その証拠に圭介はニヤリと口角をあげる。


「最近の奈々さんは、まるで初心な女子の様に可愛らしいって。それまでのクール系お姉さん女子の甘々な姿にギャップ萌が凄いと大評判なんだぞ」


「は?」


 圭介の言葉に私は最近の自分の姿を思い起こす。確かにあまり人目を気にせず、圭介の隣にいる事を楽しんでいた。笑顔も多い。それに圭介がからかい半分で私にちょっかいをかけるから、私は直ぐテレてしまった。ああ、確かにウブな反応だ。でもそれって……。


「全部圭介のせいじゃないっ、圭介がからかうのが悪いんじゃないっ」


「ハハハッ、いや、俺としては奈々のその反応が楽しいからついな、ついつい」


「もうっ」


 私は頬を膨らまし、そっぽを向く。


「で、奈々さんが可愛いから、ついついちょっかい出しちゃうって事なのね?奈々さんが可愛いから!」


 そして反撃。フフフッ、正面から私を可愛いと言わせて圭介をテレさせる作戦。どうだ、さあテレろ、圭介!私のそんな思惑に圭介はテレを見せずに柔らかい表情。


「ああ、そうだな。奈々が可愛いからついからかっちゃうし、可愛いから心配にもなる。だからネックレスを買ったんだしな。どうだ、満足したか?」


「くっ、何故そこで平然と……、ズ、ズルイ……」


 ここで顔を赤らめたのは私だ。圭介のストレートな物言いに、完敗したのは私。そして圭介は再び追い討ちをかける。


「ハハッ、奈々、顔が赤いぞ。そういうところが可愛いんだ」


 その後、私は追い討ちを何度も圭介から受けながら、その日最後まで圭介と誕生日を楽しむのだった。

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