第35話 奈々の誕生日②
待ち合わせ時間の十分前に待ち合わせ場所である駅の改札に着くと、そこにはもう圭介が待っていた。圭介のこういうところが、意外にポイントが高い。相手を待つ時間も楽しいものだが、今日は私の誕生日だ。やはり待たされるより、既にいてくれた方がちゃんと祝おうとしてくれてるみたいで、嬉しくなる。なので私は自然と笑みを浮かべ、彼の名前を呼ぶ。
「圭介」
「ああ、奈々か。思ったより早くきたな。次の電車が時間ちょうどだから、そっちかと思ってた」
「ちょっと出掛けにお母さんに絡まれたから、気持ち早く出ちゃった。でも圭介が早くきてくれてたから良かったわ」
私はそう言って嬉しそうにする。圭介と一緒にいる時間が少しでも長くなるのだ。やっぱり嬉しいとしか言いようがない。ただ圭介はと言うと平常運転。淡々と大したことはしていないと言ってくる。
「とは言っても、俺も今さっききたところだけどな。そうそう、奈々、誕生日おめでとう」
「ふぇ、いきなりもう言っちゃうの?あ、ああ、ありがとうだけど……」
私はいの一番に誕生日の祝いの言葉をもらって、少しびっくりする。勿論お祝いの言葉なので嬉しいのだけど、いきなり過ぎると思ってしまう。
「いや今日は奈々の誕生日祝いで会ってるんだから、サプライズでもなんでもないだろう?なら一番に言わないと、なんかいうタイミング無くしそうだからな」
確かにそうだ。そうか、圭介は今日はずっとお祝いをしてくれるつもりなのだ。確かにお祝いを秘密にしている訳でもないので、後々にすると言い辛くなりそうだ。
「ふふ、確かにそうかも。最初から誕生日の為に会ってるんだもんね。内緒で誕生日を祝おうとかじゃないもんね」
「そういう事。ああでもお祝い自体はこれからだけどな」
「それで、我が彼氏様はどんな風に私を喜ばせてくれるのかな?」
私は思わず期待を込めて、圭介を上目遣いで見る。圭介も自信があるのか、ニヤリとしてでも言葉はぼやかして返事をしてくる。
「ははっ、まあそこは少しはビックリさせたいからな。移動してからのお楽しみだ。だから電車を降りたところ悪いけど、また電車に乗って移動するぞ」
圭介はそう言って自分の左手を私に差し出してくる。私はその左手に自分の右手を絡ませて、キュッと握る。これが20回目にして人生初の男子との二人っきりの誕生日会の始まりだった。
◇
私達はそのまま電車に乗り、都会に向かって移動し始める。圭介はまだ行き先を教えてくれてないが、向かう先のほうに近づくにつれ、私は圭介が私の誕生日を祝おうとする先がわかってくる。
「圭介、もしかして私達って……」
「はははっ、流石にわかるか。そう、俺達は今、花火会場に向かっています」
「へぇ〜、あ、そう言えば、今日いろんなところで花火大会やってたかも」
そう圭介と今私が向かっているのは、そのうちの一つの花火会場だった。どうりで沢山の人がいるし、中には浴衣を着ている人もチラホラいた。
「そう言うこと。ただ今日はちゃんと観覧できる席のチケットがあるから、グルグル人混みの中見て回らなくても落ち着いて見れるけどな。それにちゃんとレジャーシートとかは持ってるから、後は途中で飲み物や食い物買って持っていけば、十分楽しめるだろ?」
「へぇ、私、そういう席で花火見たことないかも。嬉しい、凄く嬉しいかも」
私は圭介の話を聞いてテンションが上がる。勿論花火が楽しみという事もあるが、それ以上に誕生日をどうやって楽しませようと圭介が考えてくれた事が凄く嬉しかった。
「ははっ、そう言って貰えると考えたかいがあったよ。うちの実家の方にも花火大会はあるんだけど、毎年、うちの家族はそこの観覧席を予約して真近で花火見てるんだ。俺、あれが好きでさぁ。おっきい花火のドーンッっていう大音響も、綺麗に咲く大きい花火もやっぱ近くで見る楽しみがあってさ。だから奈々に見せたら喜ぶんじゃないかと思ってさ」
圭介はそう言って嬉しそうにする。ああ圭介の彼女ってこういうところで幸せを感じるんだろうな。ちゃんと自分の思っていることを自分の言葉で、そしてそれは相手を思いやることから言葉が生まれて。だから私はそんな圭介が好きになったのだと改めて実感する。
「良いなぁ。私の近所は住宅街だから、夏祭りも小学校でやる盆踊り大会位しかなくて、あんまりお祭り的なのって、身近にはないのよね」
「まあうちの実家は田舎だからな。海あり、山あり、川ありで住むには過ごしやすいところだしな。ああでも別に田舎すぎるって訳じゃないぞ。ちゃんとショッピングできるところも、遊ぶようなところもあるからな。まあ、ただそういうのはこっちには敵わないけどな」
「そこは今度圭介の実家に遊びに行った時にチェックさせて貰うわ。それも楽しみにしてるんだから」
圭介の実家は静岡県だ。確かに海があり、山も日本一の山がある。川はよくわからないけど、そんなに田舎かと言えば、そこまで田舎だとは思っていなかった。
「うん自分で言っておいてあれだけど、そこまで凄いもんじゃないからな。ああ、富士山がでかいっていうのは間違いないけどな」
「はは、それだけで十分じゃん。私なんて、たまに見えたらラッキーくらいにしか感じたことないもの」
「ああ、確かにこっちきて俺もそれ思ったわ。むしろ見えた日がラッキーに感じる。実家の頃はあって当たり前だったんだけどな」
私達はそんな他愛もない会話をしながら、目的地へと移動する。そして花火会場の最寄駅で降りた後、出店で適当に食べ物と飲み物を買って、人の流れに乗りながら花火会場へ。花火会場はとにかく人、人、人に溢れていた。観覧席をではないところにレジャーシートを敷いて寛ぐ親子や、浴衣をきた地元の子だろうカップル、若い地元の中高生っぽい集まりもいた。私と圭介はそんな人混みを割っていくように、観覧席へと向かいようやくたどり着く。
「ヤッバ、あの人混み危険過ぎるだろう。うちの地元じゃここまで混むことはないぞ」
圭介は私と缶ビールを片手に乾杯をした後、のんびり人混みの方を眺めながら、そう愚痴をこぼす。
「そこは都会の花火を舐めすぎね。正直、ここって今日だけで十万人位の人手になるのよ。でもこれはこれで面白いけど」
「まあ此処まで来れれば、そうかもな。ただ人混み側だと正直花火どころじゃあないだろ?」
圭介はどうやら純粋に花火を楽しみたい派らしい。でも花火大会の楽しみ方は人それぞれだ。
「別にそれはそれで良いんじゃない?この雰囲気を楽しみたい的なのもわかるもの。さっき若い子達のワイワイしてるの見たけど、ああいうのってなんか青春っぽいじゃない」
「青春っぽいって、奈々、なんかおばさん臭いぞ。俺らだってそう年齢変わらないからな」
「あはは、まあそうなんだけどね。ああ、ほら、私は中高生の時って、周り女子ばっかで、ああやって男子と何処かに出かけるのってした事なかったから、尚更ね。圭介はそういうのあったの?」
私は思わず乾いた笑いを零し、圭介に話を振ってしまう。圭介は少しだけ申し訳なさそうにしながらも、諦めたように返事を返してくる。
「ん、ああ、まあな。俺はサッカー部だったから、女子の運動部の奴らと遊びに行ったりとかな。まあ元カノもいたから抜けて二人だけになったりとかな」
「ふ、ふーん。良いわね。青春っぽくて」
私はそう言ってちょっとだけ棘を含めてしまう。私は羨ましかったのだ。私の知らない中高生の時の圭介を知っていて、その側にいられた人がいたことに。でもそれは圭介を羨ましいがったのではない。圭介の側にいただろう元カノに嫉妬したのだ。
「まあ、今此処で側にいるのは奈々だからな。もう二、三年もすれば同じようにこれが青春っぽいって話になるだろう。だから拗ねるな」
どうやら圭介は私が寂しい中高生時代を過ごしていたことに落ち込んだと思ったらしい。私が元カノに嫉妬したのだと気が付かれなかった事にホッとしつつ、私はその勘違いに乗ることにする。
「別に拗ねてないし。あ、一応言っておくけど、別に誘われてない訳じゃ無いんだからね。むしろ誘われすぎて嫌になっちゃったっていうか、面倒臭くなったっていうか、だからそういう意味で機会が無かっただけだから」
「そこまで懸命に言い訳しなくてもわかってるぞ。奈々がモテるのはまあ、知っているからな。此処に来るまでも、微妙に羨ましい視線を感じてたしな」
圭介はそう言って、私をあやすようにポンポンと頭を撫でる。クッ、優しい言葉に頭ポンポンは反則だ。自然と顔が赤らんでしまう。ただそこで、大きな音が響く。
ヒューッ、ドーン
「おっ、始まったな。うほーでけーっ」
「ふぁ、確かに凄い、綺麗ーっ」
私は、テレた顔が圭介にバレずに安心しつつ、ポンポンしていた右手が下されたので、何食わない顔でその手を握る。圭介も花火に目をやりつつ、私の手をギュッと握ってくれる。そして私は空に咲く綺麗な花々を幸せな気分で眺めるのだった。
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