第34話 奈々の誕生日①
人を揶揄う時は程々がいい。先ほどの電話以降で俺は奈々を揶揄い倒すと、今は奈々がすっかりお冠になっている。しかし元々今日はそんなに機嫌が悪い訳ではない。俺が母親に彼女宣言をしたのが効いたのだろう。怒りのラインを踏み抜いたわけではない。とは言えこのまま拗ねてますアピールも面倒くさいので、俺は奈々に話しかける。
「ほらほら、そんなに拗ねるな。夏休みに入ったら、どっか遊びに連れて行ってやるから」
「はあ?夏休みに遊びに行くのは確定なんですけど?って言うか、連れて行く気が無かったということかしら?そう言う事ならマジ有り得ないんですけど?」
あれ?言葉のチョイスを間違えた?俺が言ったことってなんか間違ってた?ここで逆ギレをかますことも考えたが、それは悪手だ。うん、べ、別に奈々が怖い訳じゃ無いんだからねっ!と内心で言い訳をする。
「はいはい、俺が悪かった。とは言え、一度実家にも帰る必要があるから、予定は予め決めておく必要があるだろ?ああ、そうだ。なんなら奈々も家来るか?」
「ふぇ、えっ、いや、圭介のお家?」
「まあ流石にいきなり実家はに遊びに来るのはプレッシャーか?別に無理にとは言わんけど」
俺はそう言ってちょっと奈々を突き放す。まあさっき実家に彼女の存在を明かした手前、証拠を連れて行く分には問題はない。既に隠し立てするメリットがないのだ。ただ奈々も流石に偽の関係である手前、遠慮もあるだろうと思い、ダメ元で聞いてみたのだ。しかし奈々の返答は前のめりなものだった。
「行く、圭介の実家!って言うか、圭介が生まれ育った所見てみたいっ」
「お、おう、いや別にそんな凄い所って訳でも無いんだけど。まあ来たいって言うなら、構わんけど」
「フフフッ、じゃあ決まり。あれちなみに何時ごろ行くの?」
「ん、お盆挟んで一週間位ってとこだな。ああでもそれなら、一度ちゃんとしないとな」
「ん?ちゃんと?」
奈々がそう言って不思議そうな顔をする。まあわかってないなら、それはそれで良い。むしろ変に勘ぐられる方がやり辛い。なので俺はそれに曖昧に返事をする。
「ああ、まあな。あ、そうそう来週奈々、誕生日だろ?その日は何か予定があるのか?」
「ん?圭介と一緒にいる以外、予定は無いけど。圭介その日バイトのシフト入れてないでしょ?」
「いやまあ、そういうつもりはあるが、本人に予定を確認する前に予定を入れるのはどうかと思うぞ?」
俺はそこで呆れた表情になる。同じバイト、同じ学部で今や同じサークルである。ん?あれ、おれ結構な確率で空き時間なくね?あれ、マンマークされてる?誕生日の事とはべつに、俺は軽く戦慄を覚える。
「良いじゃない、彼女が誕生日で一緒にいないとかって、世間的にはダメなカップルよ。必然、圭介は私と一緒にいる必要がある。どう?この完璧な理論!」
「全然理論だってないけど?……まあ、そのつもりでいたから良いけど。ちなみに行きたいところとかあるか?」
「それも含めて彼女を喜ばす圭介お任せコースでお願いします」
「おいおい、明らかにハードルが上がった!?ファミレスでハッピバースデー……、はい何でもありません。その辺んで簡単に済まそうなんて、微塵も思っておりませんっ」
怖っ、あの人、人を殺さんばかりの視線を送りましたよっ。人が善意でアイデアを捻り出したのに、一ミリも喜びませんでしたよ。まあ確かにあれはただの羞恥プレイでしかないので、本音は悪意に満ちてましたが、ふーっ、全く冗談も通じないなんて。勿論、本気で冗談だからね。
「圭介、一応これだけは言っておくけど、私の20回目の誕生日にして、初めて男子と一緒に過ごす誕生日なんだからね。これが良い思い出になるか、男子と過ごすことがトラウマになるかは圭介次第なんだからね」
「はいはい、ちゃんと考えてますよ。まあ大船に乗ったつもりで期待したまえ」
俺はそう言って、ドンッと胸を叩く。まあ、もともとちゃんと考えてた事だ。俺の中でちゃんと結論付けた答えもある。なので、良いタイミングなのだ。その後は、いつもの他愛無いやり取り。周囲には付き合っているとしか見られない仲睦まじい姿を見せるのであった。
◇
その日は私の誕生日だった。場所はここ最近、入り浸っている圭介の部屋ではなく、自宅の自分の部屋。今日は珍しく待ち合わせから始めようと圭介から提案をされて、家に帰っていた。圭介には今日まで結構ハードルを上げるような事を言っていたが、多分何をされてもこれまでの誕生日の中で一番幸せな気持ちになれる誕生日になる。勿論、圭介にはそんな事は言わないけど、こうして態々待ち合わせからと言ってくれる位なので、期待して良い筈だった。
「あらあら、今日は随分とおめかしなのね」
身支度を整え部屋を出た後、居間に入ると母がそう声をかけてくる。
「別にそんな事も無いけど、あっ、お母さん、今日は多分圭介の家に行くから」
「はいはい、まあ誕生日だもんね。彼氏の家に行くのは当たり前よね。私も早く奈々の圭介君に会いたいわ」
私の母は娘の恋愛に理解がある。流石にこれが高校生とかだとアレコレ言うのかもしれないが、今はそんな素振りを見せない。むしろ漸くやってきた娘の春を本当に嬉しそうに喜んでくれる。
「うん、多分夏休みの間には一度くらい家に連れてくる事出来ると思うわ。圭介もそこは仕方がないと思ってるみたいだし」
「圭介君、そういうところが律儀で良いと思うわ。ちゃんと奈々の事を考えてそう言ってくれてるんでしょ?こういうのって嫌がる子は嫌がるでしょ」
確かに友人の彼氏が頑なに相手の家族に会おうとしない的な話はよく聞く。重いとか面倒臭いとかが理由らしい。勿論、気持ちが分からない訳では無いが、相手に対する責任感という意味では、無責任な感じがする。
「んー、圭介はそういうタイプじゃ無いみたい。まあ積極的にとは言わないけど、私が圭介の家に入り浸っているのは事実だから、それはそれとして挨拶はしないとと思っているみたい」
「うんうん、偉い偉い。奈々もいい子見つけたわね。もうお嫁さんにして貰ったらどうなの?」
私の母は終始こんな調子だ。娘と恋話が出来るのが楽しいのだろう。まあ中学、高校と思春期真っ盛りの時期に、浮いた話が一切なかった私だけに喜びひとしおと言った感じだ。
「流石にそれは気が早すぎ、あっと、そろそろ出掛けないと」
「ええ、行ってらっしゃい。あーでもお婆ちゃんになるのはまだちょっと気が早いから、ちゃんと避妊はするのよ〜」
私は時間が気になり時計を見ながらお座なりに返事をすると、母が突拍子もない事を言ってくる。
「も、もうっ、じゃあ、行ってきますっ!」
慌てた私は、逃げるように部屋を出る。残念ながら、圭介と私は未だそういう関係ではない。一緒のベットで時として腕枕をしながら寝てるのだ。そう言う事があってもいいと思ってはいるが、未だ関係は偽のままなので、残念ながら母の忠告は杞憂なのだ。
「はぁ、って駄目駄目、今日は折角の楽しみな誕生日なんだから、テンション上げていかないと」
私はそう自身に喝を入れながら、圭介との待ち合わせ場所へと向かうのであった。
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