合縁奇縁

雪がふわり舞う空を見上げていた。


わたしは人間と呼ばれているものが住む世界に来ていた。日が落ちてくる頃、一人の少年と目が合った。


わたしの世界では見たことのないような服装で分厚い布を身にまとう、漆黒しっこくの髪と瞳を持つ少年がこちらに向かって歩いてきた。その漆黒の瞳がわたしを捉えていた。



その少年はわたしの目の前で足を止めた。わたしは距離をとるように一歩後ろへ下がった。少年はまた一歩わたしの方へ近づく。わたしはまた距離をとるように一歩下がった。


少年がわたしに問いかけてきた。「何故距離を取ろうとするの?」と。

少年の声は少し高く、とても透き通るような綺麗な声だった。わたしはしばらくの間なにも答えずに少年を見ていた。


わたしは鬼の中で唯一特殊な能力を持ち、無意識化に能力それを発動させてしまうのだ。発動条件はわたしにれること。能力それはわたしに触れたものの大切なものを奪うという呪いだ。人間の住むこの世界に滞在している間は、角や牙は見えなくなるようで、姿形すがたかたちは人間のようだった。


鬼であることを人間に知られることは禁忌のことだったので、しばらくの沈黙の後、これ以上はわたしに近づかないでと言った。少年は「わかった。」と言い、それ以上は何も聞いては来なかった。



わたしはあくる日も同じ場所で空をぼんやりと眺めていた。またあの少年の瞳に映りたく思ってしまったのだ。


少年が少し遠くに歩いているのが見えた。昨日さくじつよりも少し早足でわたしの目の前まで歩いてきた。「今日も此処に来ていたんだね。」と、嬉しそうな顔でわたしに言った。

少年が何を思って此処へ来たのか、知りたくなった。あなたは今日、何故なぜ此処へ来たの?と問いかけてみた。

少年は「君とお話がしたくて此処に来た。」と答えた。


わたしは何も言わず空を見上げた。わたしの視線を追うかのように少年も雪がふわり舞う空を見上げた。少年の隣で見上げる空はとても綺麗で、少年の瞳は見入ってしまうほど綺麗だった。



わたしは人間界に居座るようになった。毎日同じ場所に少年に会いに行くようになった。言葉を重ねる度に少年のことを少しずつ知っていった。口数の少なかったわたしは徐々に口数が多くなっていった。


鬼たちが住まう本来の世界では、わたしは能力呪い持ちの近づいてはいけない存在とされていた。生みの親に捨てられ、わたしに近づく者はいなかった。

興味本位で近づきわたしに触れた者はみな、大切なものを失ったらしい。ある者は財産を、またある者は名声を。

わたしは誰にも触れられないように隠れて生活をするようになった。



ある日、少年はわたしに「何故、君に近付いてはいけないの?」と聞いてきた。わたしは少し戸惑い答えた。

「わたしは綺麗なものに触れられないの。」と。


戸惑い首をかしげる少年に、わたしが触れるとけがしてしまうからと続けて言い、空を見上げた。少年はそれ以上何も聞いて来なかった。



その日の夜、わたしは能力呪いについて考えていた。


_もしもこの能力呪いを抑制することができるのならば?

_もしもわたしがなんの能力呪いも持たない普通の鬼だったならば?

_もしも鬼ではなく少年と同じ人間だったならば?


考えれば考えるほどに、自分が少年と触れられないことに気付かされていく。そして、少年に触れたいと思っている自分がいることに気付かされた。

触れなければこの楽しい時間が続くのかな、と誰に言うでもなく呟いた。


わたしの心は少年に惹かれていた。おそらく初めて瞳が合ったあの瞬間から。



次の日も同じ場所に立って少年が来るのを待っていた。その日は初めて少年と出逢った時と同じように雪がふわり舞っていた。少年に会える嬉しさから歌を口ずさんでいた。少年と過ごす時間が続くことを期待して浮かれていたのだと思う。


いつもと同じくわたしの前まで歩いてきた少年は、顔色が悪く体調が悪そうに見えた。しばらくの間じーっと見つめた後、どうしたの?顔色が悪いよ?と聞いてみた。しかし、少年は「ただ怖い夢を見ただけ」としか答えてくれず、ますます心配になり少年を見ていた。


しばらくの沈黙の後、心配そうにしているわたしの様子を見て、少年は夢の内容について話してくれた。

「夢の中で僕は君に向かって手を伸ばしていたけれど、どれだけ僕が必死に手を伸ばしても君には届かなかった。いつもこんなにも近くにいるのに…。」と。そっか、ごめんね。わたしがあなたに触れられないことを話した所為だね、とわたしは呟き俯いた。


少年はわたしに「僕は君に穢されても良いから君に触れたい」と言い、わたしに近付きそしてわたしを抱き寄せたかと思うと、唇が重なっていた。



わたしは少年の瞳から目が離せなかった。驚きと戸惑いの中にいたわたしは、少年の瞳に映っていた自分の姿が消えていくことを見逃さなかった。わたしに触れちゃだめって言ったのに…と呟き、涙が零れ落ちた。

唇が離れた瞬間ときには、もう少年の瞳にわたしは映らなくなっていた。



少年にとって大切なものが自分であることに気付いた時には、もう少年から大切なものをわたしが奪ってしまった後だった。














合縁奇縁 : 不思議なめぐり合わせの縁のこと。

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恋は無情の種 Rabbit @Codependent

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