恋は無情の種

Rabbit

一期一会

雪がふわりふわりと舞う季節。


少年だった僕は友人と遊んだ帰り道だった。最寄りの駅の近くを通った時、その少女と出逢った。


真っ白な長い白髪。背丈は少年だった僕と同じくらいか、少し低いくらいだったと思う。はかまという少し古風な服装をしていた。長い前髪の隙間から赤みがかったが僕の方を向いていた。



僕は磁力にでも引かれるかのように、その少女の方に向かって歩いた。ちょうど少女の目の前で僕は足を止めた。少女は距離を取るように一歩後ろに下がった。僕は少女に近付くように一歩前へ。するとまた少女は一歩後ろに下がった。


何故距離を取ろうとするのか、と少女に尋ねる。少女は何も答えずに僕を見ていた。


しばらくの沈黙の後、少女が口を開いた。それはとても小さく、今にも消えてしまいそうな声がとても印象に残っている。

「これ以上はわたしに近付かないで。」と。


初めて出逢った僕が恐く感じたのかと思い、わかったと言った。

その日はそれ以上言葉を交わすことはなく、日が落ちていくのをただ二人で眺めていた。



僕はあくる日、学校の帰り道に同じ場所に足を運んだ。あの少女ともう少し言葉を重ねたかったのだ。


少女は昨日さくじつと同じ場所にぼんやりと立っていた。僕は少し早足で少女の方へと歩いた。昨日と同じ距離で止まり、今日も此処に来ていたんだねと声をかけた。

少女は不思議そうな表情で「あなたは今日、何故なぜ此処へ来たの?」と首を傾げながら聞いた。

僕は、君とお話がしたくて此処に来たと答えた。


少女は質問したこと自体に意味がないかのように、何も言わずに空を見上げた。僕も少女と同じように雪のふわり舞う空を見上げた。隣にいる少女と同じ空をただ隣で見上げていたかったのだと思う。

少女の隣で見る空はとても綺麗に見えた。



僕は毎日少女に会いにこの場所へ行くようになった。言葉を重ねる度に僕は少女のことを少しずつ知っていった。少女も僕に心を開いてくれるようになっていくのを感じていた。


少女は感情を表情には出さないが、時折ときおり何か歌のようなものを口ずさむことがあった。

上機嫌な時には温かさを感じるような声で、不機嫌な時にはどこか寂しさを感じるような声で歌っていた。

少女が不機嫌な時にはあまり言葉を交わすことはなく、ただ隣で少女の歌を聴いていることが多かった。


少女はあまり少女自身のことについては話そうとはしなかった。名前を聞いても沈黙が続き、何処どこから来ているのかも教えてはくれなかった。



ある日、僕はその少女に「何故、君に近付いてはいけないの?」と、聞いた。

少女は相変わらずの小さな声で「わたしは綺麗なものにれられないの。」と答えた。


少女の言葉の意味がわからずに首をかしげる僕に、少女はこう続けて言った。

「わたしが触れるとけがしてしまうから。」と。

そう言いながら空を見上げている少女の横顔はとても寂しそうで、その日はそれ以上何も聞くことができなかった。



その日の夜、僕は部屋で少女の言葉の意味を考えた。

綺麗なものは穢してしまうから触れられないとは?少女にとって綺麗とは何を指すのか。僕に近付くなと言う君のには、僕が綺麗なものにうつっているのだろうか?

君は誰よりも綺麗に見えるのに、と誰に言うでもなく呟き眼を閉じた。


その夜、とても悲しい夢を見た。起きても鮮明に思い出せるほど印象的だった。

僕は少女に向かって手を伸ばしていた。けれども、どれだけ僕が手を伸ばしても少女には届かないのだ。



僕は少女に触れたいと思った。


既に僕の心は少女に惹かれていた。おそらく初めて出逢ったあの日から。



僕が少女に会いに行くと、いつものように少女は同じ場所に立っていた。その日も少女と初めて出逢った時と同じく雪がふわりふわりと舞っていた。僕はいつもと同じように少女の前まで歩いた。

少女は上機嫌なようで歌を口ずさんでいた。


少女は僕が来たのに気付き、口ずさんでいた歌をやめた。しばらくじーっと僕を見た後、「どうしたの?顔色悪い、よ?」と呟いた。

僕はただ怖い夢を見ただけだと答えた。少女は少し心配そうな表情で僕を見ていた。


しばらく黙ったままだったが、夢の内容について少女に話した。手を伸ばしても君には触れることは出来なかった、と言った。

少女は「そっか…ごめんね、わたしがあなたに触れられないことを話した所為だね。」と、寂しそうな表情で言いうつむいた。


僕は少女に「僕は君に穢されても良いから君に触れたい」と言い、少女に近付きそして少女を抱き寄せて唇を重ねた。バニラのようなとても甘い香りがした。



少女は少し驚いたような表情をした後、悲しそうな表情で「わたしに触れちゃだめだって言ったのに…。」と小さな声で呟いた。涙が一粒零れ落ちそうになっていた。

それが僕が最後に見た少女だった。



重ねた唇を離した瞬間とき、少女が僕の目の前から消えた。











一期一会 : 一生に一度会うこと。また一生に一度限りであること。

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