第9話

 十五分ほどが経ちゾロゾロと更衣室から出てきた収容者たちを一階のリビングに連れていく。


「さて、改めて自己紹介しよっか!」


 そう言ってリビングの真ん中に立つ。


「私は神代由依奈。能力部隊大佐であり、今日から君たちの隊長になります。わからないことだらけだと思うけど、これから色々教えていくし、仲良くなれたらいいな」

「じゃあ次は私ね」


 隣で恵莉が立ち上がった。


「私は篠崎恵莉。能力部隊の中佐でこの隊の副隊長になるよ〜」


 恵莉は右手をひらひらとさせながら話す。


「じゃあ次はあなたたちの番だけど、お願いできるかな?」


 収容者たちは一様に顔を見合わせ、誰が先にするか探り合っている。そんな中、一番最初に口を開いたのは凪沙だった。


「んじゃー、あたしからいくわ」


 凪沙は手を上げ意思表示をするその姿は少し見ないうちに礼儀が身についたようだった。


「あたしのことはもうわかってると思うけど、名前は榎本凪沙。今年で16、能力は身体強化ビルドアップ。多少のことじゃあんたに逆らう気はねぇよ」


 言い終わると凪沙は深くソファーに座り直した。


「ありがと! こうやって自分から発言してくれると嬉しいな。じゃあ次誰が行く?」


 その問いかけに答えたのは飯島忍だった。


「大佐、先程は失礼いたしました。私は飯島忍と言います。歳は凪沙と同じで、能力は未来視ビジョンです。公式資料には1日に一度のみと書かれていますが、現在では3回まで使えます」


 立っていた忍は言い終わると凪沙の隣に座った。それからは全員が自分から自己紹介をしてくれた。


「さてと、これで全員だね。ありがとう。そろそろ総督も到着する時間だから、少し準備をしよっか! みんなはまだ収容者扱いだから失礼があったらダメだからね」


 手を叩き立ち上がる。全員にその場を正すように促す。収容者たちは大人しくその指示に従っている。


「由依奈、総督着いたって。玄関前にいるみたい。私がやっておくから由依奈は総督のもとに行ってていいよ」


 部屋から出るように恵莉が背中を押す。恵莉はひらひらと掌を振り、扉を閉める。何か勘違いしてないか? まあ、いいか。リビングに踵を返し玄関に向かう。扉を開けると目の前ではなく、少し離れた所に総督は立って空を眺めていた。


「総督、お待たせいたしました。準備は整っています。少々騒がしいかもしれませんがご容赦ください」

「かまわん。賑やかでいいではないか」


 総督はスタスタと歩き迷いなくリビングの扉を開ける。急いで駆けつけるとそこは先ほどよりもなぜか綺麗になっていた。この超短時間でこんなになるのか。恵莉はすごいな。


「ようこそおいでくださいました。岩谷総督殿。本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございます」


 恵莉は深々と頭を下げ、口上を述べる。本当にこの子はしっかりとしているな。私にはできそうにないや。


「総督、こちらへ」


 恵莉は一つの上等な椅子を用意し、座るように促す。総督はその椅子の前に行くとリビング全体を見渡すようにひとりひとりの顔を見た。


「ふむ、元収容者諸君、この場を借りて一つ謝罪しよう。私の力が至らなかったせいで出所させるのが遅れてしまった。すまなかった」


 総督は頭を深く下げ、その場で10秒ほど静止した。


「おいおい、軍のトップがそんなに簡単に頭下げていいのかよ。あたしらに謝っても仕方ねえだろ」


 凪沙がテーブルを叩く。


「凪沙。黙りなさい」


 恵莉が凪沙を睨みつける。その眼光は鋭くとても冷たかった。凪沙も一瞬たじろぐ。


「だけど、実際そうじゃねえか! あたしらに謝るよりも先にやることがあるんじゃねえのか?」


 刹那――

 私が掴みかかるよりも先に恵莉が凪沙を殴り倒す。


「黙れって言ってるの。聞こえなかった? それとも今ここで処分されたいの?」


 凪沙の腹に脚を押し当て動きを封じる。凪沙はそれを退けようともがくが、しっかりと重心を捉えられているからか起き上がることができない。


「くっそっ! 何しやがる!」

「能力、筋力、行動全部制限されているの忘れてるの? 今のあなたたちは何もできない赤子同然、いやそれ以下よ。今のあなたたちを殺すなんて居住区の子供だってできるわ」


 そうだ、周りの収容者が動けないもの筋力を制限され咄嗟の行動ができないからだ。その上能力まで制限されている。今のこの子たちに抗う術は無い。


「総督、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。時間がなく調教をする暇がありませんでした。この者には後で相応の罰を与えますのでこの場はご容赦を」


 そう言うと恵莉は凪沙の腹を鈍い音がするほど強く蹴る。凪沙は呻き声を上げその場で踞る。


「別にかまわん。制限下でこのくらいの威勢があった方が頼もしいくらいだ。今日は挨拶と一つの命令をしにきただけだからな」


 そう言うと総督は立ち上がり収容者たちに向き直った。


「私は現日本軍総督、岩谷尚之だ。これからよろしく頼む」


 総督は一度頭を下げ、話を続ける。


「そして命令というのは他でもない。君たちはこれからとして動いてもらう。これは決定事項だ。先ほどWAPAの許可も得た。部隊名はWaffe《ヴァッフェ》我々日本軍が世界に誇る最強の武器となるように名付けた。そして君たちは他の国にない能力を持っている。破壊力、防衛力、総合力において世界のどの軍隊にも勝るようになると私は踏んでいる。この世界では君たちが主役だ。君たちを束縛したこの世界を君たちの手で救い、見返してやろうではないか」


 収容者たちに向けて総督は手を差し伸べる。彼らは一様に顔を見合わせるが、ほんの少しの間の後苦しそうな声をしながら凪沙が口を開いた。


「そこの女もおっさんも、言ってることが綺麗すぎるんだよ。世界最強? 見返す? 全部あんたらのエゴだろ! 勝手なんだよ! 自分たちの決め事でうちらを閉じ込めて、必要になったら掌返して世界を救えだ? 冗談じゃねえ! 全部全部勝手すぎるんだよ! 誰かの役に立ちたくて志願して、能力が規約に抵触したら収容されて、うちらの気持ちも覚悟も考えたことあんのかよ! この力が誰の役にも立たず、時間が来れば意味もなく殺される気持ちが! 何人も見てきた。あたしらより前に収容された奴らの悲しげな顔も、あんたらに憎しみを抱きながら死んでいく奴らの顔も!」


 そうやって怒鳴り散らす凪沙の目には薄らと涙が浮かんでいた。


「凪沙、あなた今何をしているのかわかっているの? これは明確な反逆行為よ。総督に口答えして汚い言葉を使って、本当に死にたいみたいね」


 すると恵莉は凪沙に向かって右手をかざした。何も持っていなかったその手からは突然炎が現れみるみるうちに大きくなっていく。


「や、やればいいじゃねえか! そうやって自分たちの都合のいい兵隊だけ集めてお仲間ごっこでもしてやがれ! そうやって不都合を消しているうちはあたしらの気持ちなんて理解できないんだからよ!」

「そう。なら、死になさい」


「恵莉、そこまで」


 咄嗟に私は恵莉の右腕を掴み静止する。このままだと本当に殺しそうだ。


「由依奈?」

「ここで能力使ったら私以外みんな死んじゃうよ。それこそ総督にも危険が及ぶ。それに総督も言ってたし、元気がいい方がこれからに期待できるじゃん?」


 そう言うと恵莉はため息をついた。


「わかった。生意気な態度はこれから更正させていくことにするよ」


 それから恵莉は総督の方に向き直ると深々と頭を下げた。


「二度に渡りお見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした」

「よい。これからの君達に期待する」


 総督は立ち上がり再びその場にいる全員の顔を見渡した。


「では、独立部隊の件よろしく頼む。それから、君たちにも相応の階級を用意しよう。最低でも少尉以上は保証しよう。現時点で私が君たちにできる最大限の施しだ。君たちが周りに認められ、ちゃんとした地位を確立できるかは君たちの働き次第だ」


 総督はそう言うと「では」と言って部屋を出て行った。


「お待ちください!」


 私は総督の見送りをするために急いで部屋を出る。総督はすで靴を履き玄関から出要としていたところだった。


「ん? 神代大佐、何かようかね」


 総督は不思議そうにこちらを見ると自慢の髭を触った。


「いえ、お見送りをしようかと。基地区内は安全ですが万が一を考えて」

「そうか、だが心配はいらんよ。信頼できる人物がついて来ている。君は彼女らと親睦を深めてくれ」


 そう言い残し総督は出て行った。親睦か……。あの子達と仲良くできるかな。引き返しリビングに入る。すると恵莉と凪沙が睨み合っていた。


「今回は命拾いしたけど、今度反抗的な態度とったら容赦しないから」

「やってみろよクソ女。やられる前に殺してやるよ」


 うわぁ、めっちゃ険悪な雰囲気。これは先が思いやられるなぁ。


「はいはい。喧嘩しない。恵莉はいつもいい子なのに結構喧嘩っ早いのが玉に瑕だよね。それに凪沙。あなたは血の気が多すぎ。ちょっとは自分の立場を考えた方がいいよ。恵莉は能力を使わない近接戦闘CQCだと私より強いから勝てないと思うよ」


 それを聞いた凪沙は驚いたのか目を見開いた。


「まじかよ……」

「さ! 今日はこれでお開きだ! 詳しい話し合いは明日以降しよっか。みんな疲れてるだろうし、みんなの部屋は

 2階にあるよ。一人一部屋家具一式ついてる。必要なものは申請すれば取り寄せてくれるらしいから何かあったら言ってね」


 全員にこの宿舎の間取り図と鍵を渡す。


「大佐、少しいいですか?」


 手を挙げ意思表示したのは忍だった。


「どうしたの?」


 聞き返すと忍は少し不安そうな顔をしていた。


「疑問なのですが、私たちはこれからどう言う扱いをされるのでしょうか。総督は少尉以上を約束するとおしゃっていましたが、それをよく思わない方々もいるでしょう。それに対してはどうなさるおつもりなのでしょうか」


「そっか、まだ言ってなかったね。私たちはこれから独立部隊として動くって言うのはさっき総督からも言われたけど、正式には総督が統括する秘匿部隊として活動することになる。部隊人数も活動内容も公にされないし、基本的には他部隊と関わることはないと思うから、その辺は安心していいよ。まあ、場合よっては派遣されることもあると思うけどね」


 そう言うと忍は少し安心したのかふうっ、とため息をついた。


「みんなの部屋はもう決まってるからそれぞれ移動していいよ。今日はお疲れさま!」


 みんなを部屋から出るように促す。


「あ、凪沙だけちょっと残ってくれる? 説教とかじゃないから安心して」


 すると凪沙は露骨に嫌そうな顔をしてソファーに座った。

 凪沙と恵莉、そして私以外が部屋から出て2階に上がっていくのを確認してからリビングの扉を閉める。


「そんなに真剣な話じゃないから硬くならなくていいからね」


 そう言って恵莉と二人、凪沙と対面になるように座る。相変わらず仏頂面をしているが、話は聞いてくれるようだ。


「凪沙には明日の説明の後ある人に会ってもらいたいんだ。私も親しくさせてもらっている人だから大丈夫。ただ、注意してもらいたいのが一つ、その人すごいサイコパスだからある一定の線引きはするんだよ。じゃないと作戦に出る前に本当に死ぬことになるからね。我慢できそうでも一歩引いてね」

「どういうことだ? 意味が全然わからん」


 凪沙は頭の上に?が浮かぶんじゃないかと思うくらい首を傾げる。


「まあ、百聞は一見にしかずだから明日会えばわかるよ。じゃ、話はそれだけだから部屋に行っていいよ。お疲れさま」


 凪沙は納得がいかないというように頭をガシガシを掻くが半分諦めたような口調で言った。


「あたしにゃあんたらの考えはこれっぽっちもわからねえ。従いたくないが、やらなきゃその前に処分なんだろ? 仕方ないってやつだ、ついて行ってやるよ」


 凪沙はそう言い残し部屋を出て行った。


「んっっああぁ〜〜。つっかれたぁ〜〜〜〜」


 私は緊張の糸が切れたようにソファーにへたり込む。大佐の職務に加えて作戦時以外の部隊の面倒も見なくちゃいけないとか、面倒押し付けすぎでしょ。しかも分隊規模とか2年ぶりだよ。普段は岡部大尉とかに任せてるから、まじで恵莉がいてくれなきゃ絶対保たない。


 項垂れていると横からくすくすと笑う声が聞こえてきた。笑い声の方を見ると恵莉がにっこりと笑っていた。


「由依奈がそんなになるなんて珍しいね。疲れてる?」

「ここのところ色々あったからね〜。作戦続きだし、薬も使ったしそろそろ休ませてくれても良くない? いや、不満とかじゃないんだけどさ」


 そう愚痴をこぼすと恵莉は笑いながら手を握ってきた。


「それだけ頼りにされているんだよ。由依奈はすごいからさ。新兵からたった4年で大佐になって、最強能力者なんて呼ばれてる。でも、完璧な人なんていないから、私のことはいつでも頼ってね。幼馴染なんだし」


 そんなことを言う恵莉に不覚にもドキッとしてしまう。危ない危ない。私はそっちじゃないから。恵莉の手を握り返し「ありがとう」とお礼を言う。確かに気心知れた人なんて片手で数えられるくらいしかいないもんな。


「よし! じゃあ私たちもそろそろ休もうか! 恵莉の部屋もあるみたいだから後で荷物運んでね」


 勢いよく立ち上がり、伸びをする。明日も早いから早めに休まないとね。


 二人で宿舎を出て恵莉が乗ってきた軍用車に乗り込む。目的地をここではない宿舎に設定し、自動運転モードをオンにする。舗装されていない道を進む車に揺られながら暫しの間目を瞑ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

pandemic〜細菌感染〜 HARU @KamiYui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ