第8話

 本部庁舎から出て三十分ほど歩くとその建物は見えてきた。


「これがこれから私たちが使うことになる独立部隊専用庁舎か。案外大きいな。私が今住んでるところより大きいかも」


 居住スペースと共同スペース、トレーニング施設が一緒になったこの庁舎は隊士用に作られた居住施設のおよそ二倍はある。


「ここをたった十五人で使って良いのか。総督も奮発してくれたなぁ」


 扉の前には本部にもあるようなセキュリティシステムが置かれていた。カードスライド式のそれにいつものようにIDカードを通す。するとビーッという音の後に庁舎の入り口が開いた。


 中に入ると玄関はモダン様式で統一され照明は天井の端の溝から差し込んでいる。眩しすぎず暗すぎないちょうど良い明るさだ。少し大きめな靴棚が右脇にあり、目の前には左側に扉が三つ、右に二つ廊下には大きめの引き戸が一つと端のほうに上下階段が見えた。


 手間から順に開いていくことにする。左側の最初の部屋はキッチンのあるリビングスペース、二番目は大型の液晶があるシアタールーム、三つ目は事務処理用の仕事部屋、右側の一つ目の部屋は蔵書スペース、二つ目はトイレ、廊下の一番奥の部屋は大浴場になっていた。階段には目線の高さに上階は居住スペース、下階はトレーニングルームと書かれていた。


「一階だけでかなりの大きさだなぁ。めちゃくちゃすごいじゃん」


 一通り見て回った後、携帯端末を確認すると時刻はまだ午後一時手前だった。


「時間あるなぁ。リビングでゆっくりしてようかな」


 一番手前の扉をあけ中に入る。コの字型にテレビを囲うように置かれ、開放型のダイニングキッチン、そして大きな窓があった。部屋には微かにジャズが流れ快適な雰囲気だった。ソファに座り端末を開く。恵莉との個人チャットを開き先に着いていることを報告し総督にも同様の内容を送信する。

 寝転がり天井を見つめていると急に眠気が襲ってきた。


「そういえばここのところ能力使いすぎてたなぁ。あんまり寝てないし……。時間あるからちょっと寝ちゃおうかな……」


 目を瞑るとすぐに意識が薄くなっていった。


「――い。ゆ――な」


 微睡の中で私を呼ぶ声が聞こえる。重たい瞼を開け前を見ると恵莉が私の頬を突きながら呼びかけていた。


「ん? 恵莉……? なんでここにいるの?」


 寝ぼけているせいで状況が理解できない。


「なんでじゃないよ〜。そろそろ顔合わせの時間だよ。起きて〜」


 頬を突き続ける恵莉の手をつかんで握る。私と違って綺麗で女性らしい手だ。


「ん、もうそんな時間……? 結構寝ちゃったな」


 恵莉の手を掴んで立ち上がる。ポケットから端末を取り出し時間を見ると午後1時45分を示していた。そして同時に奴らを乗せた護送車が表に到着したと連絡が入った。


「着いたみたいだね」


 恵莉が言う。


「うん。前回みたく戦う羽目にならないと良いんだけどね」


 メッセージに了解の趣旨の返信を送る。


「そうだ! 総督なんだけど、急なWAPAの会議で遅くなるみたいだけど、進めちゃって良いって」

「そうなんだ、まぁ総督がいなくても今回は私に一任されてるから大丈夫だと思うよ」


 そう、今日は私が隊長を務めることになった新部隊の対面式だ。隊員のほとんどは元収容者だ。きっとWAPAの会議もこの部隊の最終確認とかそんなところだろう。そんなことを喋っているとインターホンがなった。


「時間みたいだね」


 玄関に行きドアを開ける。


「神代大佐、お疲れ様です。全十一名、能力制御措置、筋力制御措置、及び行動制限措置を施し連行してまいりました。これより建物内への移送を開始させていただきます」


 通常とは一風変わった軍服に身を包んだ職員が三名敬礼をして立っていた。その後ろには物々しい雰囲気を漂わせ

 た大型車が3台停まっていた。


「お疲れさま。お願いね」


 私がそう言うと隊士たちは一礼して大型車の方に向かって行った。


「なんかすごい車できたね。人を乗せるようなものじゃないじゃん。収容者ってなんかかわいそ〜」

「仕方ないよ。こうでもしなきゃWAPAが納得しないんだから。でも、暴れられるよりは全然マシだね」


 恵莉とそう話しながら庁舎のドアを固定するための作業を始める。横目で大型車の方を見ていると、人が一人入れるような大きさの黒い布がかかった円柱型のポッドが出てきた。台車に乗せられたそれは黒い布の隙間から中に青緑色の液体が入っていることがわかった。


「保存容器? 本当に人間扱いされてないんだ。同じ能力者としてちょっとなぁ」


 容器はキャタピラを搭載した台車に乗せられ、伸縮自在のバンドで固定され自動で動き出した。


 次々と運び出されていくそれらを見送る形で眺めている。


「どちらへお運びすればよろしいでしょうか?」


 そう言われて気がついた。こんな感じで来るとは思って無かったからな。リビングじゃ収まりきらないだろうし……。地上階は居住スペースだけだから、それなら地下演習場が良いかな。


「じゃあ、地下演習場にお願い」

「了解いたしました」


 職員はそういうと手元の端末を操作する。すると、容器を乗せた台車は一様に音を立てて動き出した。少しゆっくりだがちゃんと進んでいるそれを見ているとなんだかもどかしい気持ちになった。


 しばらく時間が経ち、収容者たちを入れたポッドが全部地下演習場に運び込まれた。2mを超えるポッドが十一個並ぶその光景はまさに異様だった。


「こちらの端末から中の液体を抜くことができます。液体は固体化して排出されますので回収させていただきます。では、終わりにもう一度お呼びください。失礼します」


 三人の職員はそう言うと足早に去っていった。


「さて、それじゃあ始めようか」


 手元の端末を操作しポッド内の液体を抜く。するとゴポゴポと音を立てながら引いていった。液体が完全にポッド内から無くなると、ガラスのような外壁が両側に開き、中に入っている収容者たちが姿を現した。収容者たちは意識がなく、目隠しに猿轡さるぐつわ、手首は頭上で縛られ、脚も両足を揃えるように縛られていた。


「これが行動制限措置か。なるほど、あれだけ気性の荒かったあの子が静かなわけだ」


 名前だけは知っていたけど、とは予想もしなかった。端末を見ると『開放』と書かれたボタンが表示されていた。これはポッドから取り出すって意味かな。

 躊躇いなくそれを押すと、案の定目隠しと猿轡、手足の枷がはずれ収容者たちはその場に倒れ込んだ。


「これって大丈夫なの……?」


 恵莉が流石に心配だという声音で頸動脈に手を当てる。


「脈……ないんだけど」

「は?」


 思わず変な声が出てしまう。脈がない? どういうこと?

 駆け寄り自分でも確認するが、確かに脈はない。それも全員。


「どういうことなの?」


 不思議に思い、もう一度端末を見てみると心部除細動の文字が表示されていた。


「仮死状態なんだ。行動制限って本当に全ての行動をできなくするんだね」


 表示されたボタンをすかさず押す。すると端末から警告音が鳴り出した。たちまち収容者たちの身体には除細動が始まり、息を吹き返していった。


「ここは……?」


 一番最初に口を開いたのは凪沙なぎさだった。さすが凪沙だ。仮死状態だったにもかかわらず復帰が早い。


「ようこそ、収容者のみんな。今日から君たちには私のもとで平和のために戦ってもらうよ。前日に課された条件を私は達成した。異論は認めない。どうしても嫌と言うならここで処分していいと上から言われている。まぁ、そんなバカはここにはいないと思うけどね」


 言い聞かせるように言うと収容者たちはこちらを睨みつけてくる。血気盛んだなぁ。この子たち相手に信頼を勝ち取るのは難しいかな。


「神代大佐……でしたよね。私たちはあなたが嫌いです。上の命令だかなんだか知りませんが、権力を行使して力で私たちを死はしようとする。前時代的で非人道的、この組織もそうです。私たちはこの世を元に戻すため軍に志願したのに、規約に反するかもしれないという理由だけでこの扱い。私たちには人権はないのですか」


 口を出したのは飯島忍いいじましのぶという女性収容者だった。


「人権か……。一ついいことを教えてあげる。前にも言ったと思うけど、私たちは兵器。。私たちの存在意義は害虫を殺すこと。それだけ。でもね、もし人と対等に扱われたいのなら戦果をあげればいい。私たちはそうすることで周りに認められる。だからね、私と一緒に戦おう。大丈夫、私と一緒にくれば後悔はさせない。あなたたちに人権を必ず与えてあげる」


 沈黙が流れる。仕方がない。これは私の個人的な意見だしエゴだと思う。でも紛れもない事実でもある。


「総督も仰っていたけどあなたたちには世界を救う力がある。それは裏を返せば世界を壊すこともできる力。だったらさ、世界救ってみようよ。蔑まれても、ひどく扱われても、私たちを苔にした連中にザマァみろって言い返そう。お前たちが散々に扱ってきた奴らに助けられた気分はどうだって言い返そう」


 手を差し出し語りかける。これも嘘偽りのない私の本心。

 すると口を開いたのは彼女らではなく、恵莉だった。


「由依奈、演説もいいんだけどこの子たち濡れてるからさ着替えさせてあげよ。風邪ひいちゃう」


 彼女らの方を見ると確かに震えていた。


「……ごめん。シャワー浴びよっか」

「はい」


 その場の全員がうなずいた。みんなを連れて演習場のシャワー室に案内する。男女別に分かれた更衣室にそれぞれ入っていった。


「それにしても由依奈があんなこと思っていたとは意外だったなぁ。ザマァみろって、誰かに言われた?」


 恵莉が茶化すように話しかけてくる。


「受け売りでもなんでもないよ。ただの私の本心。私たちは兵器だし、その事実に変わりはないけど私たちのおかげ

 で死なない人たちもいる。それなのに感謝も何もされないの割に合わないじゃない? だから見返そうってわけ。私、プライド高いからさ!」


 手を前で組み伸びをする。


 そうだ。たとえ総督だろうが神だろうが、私たちにこんな状況を強いた連中に吠え面をかかせてやる。そのために私は努力を惜しまないし、そのためなら私はこの世の全てを利用する。仲間だろうともね。


「ま、由依奈の行く道がとんでもなく厳しいものでも私はそれについていくよ。私がいなかったら由依奈すぐに死ぬ寸前まで戦おうとするんだもん。少しは頼ってよね」


 そう言って微笑みかけてくる恵莉が私の手を握ってくる。その手を握り返し私も笑いかける。


「そうだね。じゃあこれからはもっと働いてもらおうかな。私、もう上司だし」


 少し含みを帯びた笑顔を恵莉に向ける。恵莉の顔が少し引きつるのが見えたがそんなのは無視をする。端末に目をやると総督からの通知が来ていた。個人チャット欄を開くと会議が終わったという報告と会議の内容、そしてこれからこの庁舎に来るという旨が書かれていた。


「みんながシャワー浴び終わったら改めて自己紹介でもしようか。圧政を強いるのも多分良くないし、何よりこれから一緒に暮らすんだもん。軋轢あつれきは生まないほうが賢明だよね」


 次のやることを決め二人で他愛のない話を始める。恵莉と話しているこの時間だけはいろんな柵を忘れられる気がするんだ。あわよくばもう一人ここにいる未来を願いたい。左手と右手を絡め合いながら静かに、心地のいい時間を過ごしてく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る