幸せの魔王をぶっ倒すことなんてできない

ちびまるフォイ

魔王を無力化する方法

「ついに……ここまで来たぞ! 魔王城デスタルヴァーク!」


父親を殺され、村を焼かれ、録画していた番組を勝手に消された復讐を今こそ果たそうと勇者は城に乗り込んだ。

そこにはテレビカメラとパイプ椅子が並んでいた。


「えーーそれでは、魔王城にお集まりのみなさん、これから魔王の婚約記者会見を開きたいと思いまずヴァ」


一斉にフラッシュが焚かれた。魔王の闇の衣が剥がされる。


「いつから魔法使いとはお知り合いになったんですか?」

「ま、魔法使い!?」


勇者が慌てて魔王の横に座る人物に視線を動かす。

そこにはかつて一緒に旅をしていたはずの魔法使いが頬を赤らめて座っていた。


「そうですね、かれこれ1ヶ月前でしょうか。

 魔王城に挑戦する勇者一行を何度か撃退していくうちに、

 種族の壁を超えた愛……というべき感情が芽生えたんですヴァ」


「プロポーズはどちらから!?」


「私です……///」


魔法使いは顔をふせながら幸せいっぱいに答えた。


「私も、魔王と戦って死線を超えるうちに

 こんなに強くてたくましい人は今までいなかったから、つい……」


「やめろ! やめろぉぉ! 聞きたくないぃぃ!」


勇者としては魔法使いに思い切ってプロポーズした結果、

「30代になっても剣を振り回す男性はちょっと……」とやんわり断られ、

これから一緒に旅を続けていくのがきつくなって外した相手なだけに辛かった。


記者会見が終わると勇者は魔王城にひとり残りうつむいていた。

そんな傷心の勇者に対して記者は切り込んでいく。


「勇者さん、かつての仲間が魔王の嫁になりましたが、今のお気持ちは!?」


「うるさいな! ほうっておいてくれ!」


「これからどうするんですか!? あんな幸せいっぱいの夫婦をその勇者の剣でずたずたにするんですか!?」


「そ、それは……」


元仲間だという点を差し置いても、邪悪を絵に書いたような魔王のあの幸せいっぱいの顔を一度見てしまったら剣は振るえない。

とはいえ、放っておけば魔王の活動は世界に悪を撒き散らしてしまう。


「……まあ、長続きはしないでしょう。魔王と人間だし。

 今あの幸せ絶頂なところに切り込むのはさすがに気が引けるから

 二人が別れて倒してもいい感じになったら倒しに行きます」


「それは逃げなんじゃないですか!?」

「うるさいな!」


かくして勇者は二人の夫婦生活の破綻を待ちながらトレーニングを続けた。

レベル上げに宿屋の主人をしばいていたところ、記者がやってきた。


「勇者さん、魔王夫妻がブログを始めたようですが、今のお気持ちは!?」


「ブログ!?」


魔王夫婦は魔王城から見た夕焼けとか、朝食などを載せて幸せいっぱいな空気をかもしだしていた。


「ますます幸せの深みに入って倒しにくくなっていますが、いつ倒すんですか!?」


「ま、まあ……ほら、新婚がいちばん楽しいっていうし……このくらいは……」


勇者は日和見を続けた。

再び記者が勇者のもとに飛び込んできた。


「勇者さん、今のお気持ちを!!」


「な、なんですか!?」


「知らないんですか。魔王夫妻に第一子が誕生したんですよ。

 ほら祝福のコメントとか無いんですか?」


「え? えと、お……おめでとうございます……?」


おめでたいのか憎むべきなのかわからないが、

魔王ブログ「まあたんのしあわせにっき♡」では元気な魔子ちゃんの誕生が報告されていた。

それを見た勇者は腰をのけぞらせてえびぞりに後頭部を地面にぶつけた。


「なんだよこれ! めちゃめちゃ幸せじゃん!!!!」


「勇者さん、いつ魔王を倒すんですか!? 倒さないんですか!?

 勇者辞任ですか!? 勇者解散して総選挙ですか!?」


「こんな状況で倒せるかぁ! めっちゃブログに好評寄せられてるじゃん!

 これで俺が魔王を倒したらあきらかに俺が悪の化身じゃないか! 極悪人じゃないか!」


「それじゃ今も苦しんでいる人たちはどうなるんですか!!」


「それは……そうだけど……」


「魔王を倒したあとで祝福されるために魔王を倒すんですか!

 あなたには説明の義務があります!! 答えてください!!」


「あーーうるさいうるさい! だったらお前が行ってこいよ!

 俺だってこのままじゃいけないってことくらいわかってる!!」


記者を追い返して勇者は自室にこもった。

ああは言ったものの、記者の言葉が頭の隅に引っかかっていた。


「やっぱり、俺がやるしかない……よな」


仲睦まじい夫婦の仲を引き裂くような悪役の汚名を着せられたとしても、

自分が勇者である以上は魔王の悪行を必ず止める必要がある。


これ以上魔王に悪行の活動を続けさせるわけにはいかないのだ。


「よし、行ってくる!」


仲間は引き連れずに、勇者は単身でふたたび魔王城へと赴いた。

決戦の地となる魔王の間へと足を踏み入れた。


「さあ、魔王! お前の悪行もここまでだ! 俺が退治してやる!!」


勇者が突入した広間では会見が行われている真っ最中だった。

神妙な面持ちで魔王はマイクを手にする。


「えーー、このたび、記者さんに浮気の現場を撮られたことにつきまして、

 責任をとってしばらく魔王を無期限で休業したいと思います……」


世界は平和につつまれた。

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