エピソード15 行くまで億劫だが、なんだかんだ楽しい修学旅行・一日目 ②
2.
新幹線を降りて改札をくぐると、そこには普段見慣れた景色とは全く異なった、別空間のような光景が広がっていた。
京都駅という名称から、勝手に風情のある木造平屋のような駅舎を想像していたのだが、実際目の前にある駅ビルは、全面がガラスで覆われておりよく日光が取り込まれるような造りになっている。
見上げるとまるでそのまま天が広がっているかのように錯覚させられるその造りは、全体がまるで現代アートそのものだ。
想像もしていなかった近代的な造りに、思わず呆気に取られてしまう。しかもこれが1997年に作られたというのだから驚きだ。
「おぉこれが京都か・・・なんか、すげぇな。」
どうやら感動していたのは僕だけではなかったようで、隣りで大吾があちこち眺めながらその感動を言葉にしていた。が、実際は語彙力を失っていて、「うわぁ」だとか「すげぇな」等々言葉にならない言葉をただ呟いていた。まあ気持ちは分かる。実際にこういった心動かされる景色や建造物を間近で見た時の感想など、言葉で表せるものじゃない。
「おい、お前ら
親鳥を探す雛のようにキョロキョロと辺りを見回す僕と大吾に、海堂の凍えるような声が背後から突き刺さった。
ビクッと一瞬身体を震わせ振り向くと、そこにはどこで見繕ってきたのか、京都版のご当地キテ〇ちゃんのキーホルダーが制服のポケットに吊るされていた。
「なんだよ海堂、お前も燥いでんじゃん。」
喉まで出かかった言葉を、平然と大吾が代弁する。こいつ海堂の事が怖くないのか・・・
「ち、違うぞ!これは断じてそんな浮ついたものではない。これは、その・・・そう、任務だ。任務なのだ。私はすべての都道府県に行ってこのキーホルダーを集めることを
そう言って無い胸を張る海堂は、ドヤ顔をして集合場所へと走り去っていってしまった。どうやら恥ずかしかったのだろう。
「あれ絶対今思いついたよな。」
耳元で大吾が呟く。
大吾の言葉に否定も肯定もせず集合場所に集まると、引率の教師が何やら注意事項を話しているようだが、そんな話を真剣に聞いている生徒はほとんどいなかった。
「以上だ。くれぐれも羽目を外しすぎないようにな。」
長ったらしい講釈がようやく終わると、息を合わせたように喧騒が起こり、みなそれぞれの班のメンバーとおしゃべりを始めた。
浮足立ったままではあるが、そのまま指示された通り別の電車に乗り換える。初めて見る市営の地下鉄と見慣れない駅名は、鉄オタでなくても心が躍るものだ。
みどりの窓口付近にあった路線図を見る限り、どうやら京都の市営地下鉄は東西線と烏丸線が烏丸御池で交差するように通っているらしい。僕らの目的地は縦に伸びた烏丸線を北に向かった終点、『国際会館駅』だ。
電車に揺られること約20分。まずやってきたのは京都市を北側に行った、左京区のとある陶芸館。『陶』の字の暖簾を掲げた三階建てのこの陶芸館では、どうやら京焼の作陶体験ができるらしい。
「なあ祥真、ちなみに陶芸の経験は?」
耳元で小声で尋ねる大吾。いやちけぇよ、なんで男同士こんな接近せにゃならんのだ。
「あるわけないだろ。」
一介の高校生が日常的に陶芸なんてやっているはずがない。
「へぇ。まあ普通はそうだよな、普通は。」
やたらと含みを持たせたような口ぶりの大吾。なにやら振ってほしそうな顔をして目を閉じ、頷いている。面倒くさいな。
「そういうお前はあるのかよ。」
「・・・ないよ。あるわけないじゃん。」
じゃあなんで聞いたんだよ・・・本当に面倒くさい奴だ。
大吾のくだらないウザ絡みに付き合わされていると、店の奥から今回陶芸を教えてくれる先生のような人が出てきた。迎えてくれたのは、優しそうな50代くらいの男の先生だった。
3階の体験教室用の部屋にあがると、すでに僕ら用にろくろやらヘラのような道具やらが等間隔で並べられていて自然と気分が高まる。
ちなみにこの陶芸館に僕らの学年、総生徒数約300人が収容できるわけもなく、3グループに分かれて京焼作陶体験・京扇子製作体験・和紙工芸体験に分かれて体験授業を行い、後程合流といった流れになっていた。
「それでは皆さん。これから粘土を使って思い思いの陶器を作っていただきます。私たちは普段電動のろくろを使うことがほとんどですが、これはいささか加減を覚えるのに時間を要し、修正が難しいため今回は手回しのろくろを使って行います。」
さっきの優しそうなおじさん先生が、同じく物腰の柔らかそうな声で説明を始めた。
それは手捻りと呼ばれる作陶手法だった。電動ではなく手回しで行うろくろを使った技法は、自分で回転スピードを調整できることから初心者でも始めやすく、またある程度リカバリーがきくのだそうだ。
電動に比べて厚みが不均一となることから、出来上がると部分によっては湾曲することもあるようだが、それも所謂味というやつだろう。
いきなり何か作れと言われても、モノづくりのセンスなど皆無な僕にとっては十分に高度な課題だった。
「さて、どうしたものか・・・」
考えている間にも、他の生徒は黙々と作品作りにとりかかっている。以外にも友達と余計なおしゃべりをしている人はほとんどいない。それぞれが真剣な顔で自分の作品を形にすべく粘土と向き合っていた。
結局散々迷った挙句、とりあえず作りやすいとお勧めされた湯飲み茶わんにチャレンジすることにした。
先生に手伝ってもらいながら粘土を捏ねること30分。格闘の末なんとか形になってきた。
「初めての陶芸は思っていたより難しかったですか?」
「え?えぇ。自分の頭の中にはっきりとした完成のイメージがなかったのと、イメージを現実の形にするのとで二重の難しさがありますね。」
「そうなんですよね。想像を形にする難しさもそうですが、まず頭の中にはっきりとした完成のイメージを持つことも重要なんです。でもこれって、陶芸に限った話じゃないと思うんですよね。」
優しくろくろを回しながら、先生が話しかけてくれた。大きな掌が、まるで粘土と溶け合うように馴染み、小さなヒビや凹凸を埋めていく。
「イメージを明確にすることと、明確になったイメージを現実にトレースすること。これってどんな分野でも活きるスキルだと思うんです。」
「なんだかわかるような、分からないようなですね。」
先生の言いたいことは分かるのだが、その言葉の裏には何十年もの経験があるのかと想像すると、楽観して「よく分かります」などとは言えなかった。
「はっはっはっ、それでいいんですよ。いつか貴方にも本当の意味で理解できる日が来ると思いますから。」
そう言って先生は別のグループのサポートへ行ってしまった。これが職人というやつなのだろう。かっこいいな。
ふと、同じ班の進捗を確認する。どうやら興津さんはマグカップ、海堂は茶碗を作っているようだ。一見して何を作っているか分かる。が、一人だけ訳の分からない大作を捏ねくり回している奴がいた。
「おい、大吾。お前は何を作ってるんだ?」
「は?いや見て分かんだろ。」
「いや分かんねえから聞いてんだろ・・・」
あの、前に呼んだバーテンダーのマンガに載ってた、バーテンダーがお酒の分量を量るときに使ってた・・・ええと何だったか、砂時計のような形の・・・そうだ、ジガーカップだ。あれのように上下に口を開いた、∑のような形の器を作っている。本気で何を作っているのか見当もつかない。
「何ってお前、どう見ても聖杯だろ。」
「ん?」
「せ・い・は・い!」
「なんだよそれ・・・」
せいはい?何を言っているんだ?僕がおかしいのか?それは一般的なものなのか?
「そんなんも分かんねぇのかよ。聖杯だよ。万能の願望器、あらゆる願いをかなえる大釜。これをかけて英霊たちが争うんだろ。それくらい知っとけよ。」
「えぇ・・・何言ってんのか全くわかんないよ。俺が無知なだけなのか?」
助けを求めて興津さんへと視線を送るが、真剣な顔でマグカップの持ち手部分を本体に接着中だった。今話しかけたら確実にどつかれかねないな。
変わりに海堂に視線を送る。
「くだらんことをやっていなくていいからさっさと完成させろ。絵付けも含めるとそろそろ潮時だぞ。」
「お、おう」
その海堂の茶碗はほとんど完成されており、模様を掘ったり、不均等な部分を直したりと仕上げの作業をしているようだ。その完成度は陶芸の先生も目を見張るほどで、売り物としても出せるほどらしい。こいつ経験者かよ。上手すぎだろ。
「よし、ではじそろそろ仕上げるとするか。タイムアルター・ダブルアクセル!」
何やら訳の分からないことをつぶやいたかと思うと海堂は高回転でろくろを回し始めた。
「お、やるな海堂。ならば!タイムアルター・トリプルアクセル!」
そう言って海堂より早くろくろを回し始める大吾。何意気投合してるんだこいつらは。
ん?待てよ?ははぁん、読めたぞ。どうやらこれはさっき言っていたせいはい?と関係しているのか?ならば俺も乗っかってやろう。
「そういうことね、しょうがないなあ。タイムアルター・クアトロアクセル!」
そう言って力いっぱいろくろを回した。そういうことだろ?
大吾と海堂の反応を窺おうと横目で二人のほうを見る。すると僕に向けられていたのは冷え切った二人分の眼差しだった。
「榎野、こういう体験教室でふざけるな。」
「それにクアトロじゃなくてスクエアアクセルな。俄は黙ってろ。」
「えぇ・・・」
「よし、できた!」
僕らが愚問愚答しているうちに、黙々と作業に取り掛かっていた興津さんのマグカップは完成したらしい。
・・・
こうして無事に(?)各々の作品が完成した。とは言えすぐに焼いて完成品をもらえるわけではない。これを乾燥させて焼いて大体1カ月半経ったころに送られてくるそうだ。
「ありがとうございました。」
「いえいえ、完成したら学校へ送りますね。皆さん気が向いたらまた遊びにでも来てください。お待ちしております。」
最後まで優しく見送ってくれる先生に手を振られ、陶芸教室を後にした。
どうせモテないからいっそギャルゲの主人公のように生きてみることにしました。 雨川 流 @towa9mmgazette
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