怖い話25【おっさん幽霊】1700字以内

雨間一晴

おっさん幽霊

「なあなあ、どうして、おっさんの幽霊はいないんだ?」


「さあ?いても怖くなくない?ハゲ眼鏡の幽霊とかウケる」


 深夜二時、二十四時間営業の牛丼屋で、女子高生の二人組がテーブル席でバカ笑いをしていた。椅子に置かれた紺色のスクールバックには、大きな黄色いクマのぬいぐるみがぶら下がっている。


 栗色のウェーブがかかった肩まで伸びるパサついた髪、それと同じような色のカーディガンに、ピンクの緩んだネクタイから、控えめな胸元が少し覗いていた。


 そんな濃い化粧の、いかにもギャルといった、同じような顔の二人に見向きもせず、ただ黙々と音もなく、カウンターに座る五人のおっさんは、無表情で牛丼とビールを口に運んでいた。


 それぞれスーツ姿だったり、作業着だったり、ハゲてたり眼鏡だったりと、疲れ切った現代のおっさんといった感じだ。一言も発する事なく、淡々と食事をしている。


「そこの交差点知ってる?見通し良いし信号あるのに、事故が多発してて、女の幽霊が出るんだって。ほら看板立ってるべ?」


 牛丼屋は交差点と隣接する角にあった。ガードレールは設置されておらず、窓から薄白い街灯と赤信号が、道路をピンク色に染めている。牛丼屋を出てすぐの横断歩道脇の電柱に、白い看板に赤い字で、こう書かれてある。


『お願い 目撃者をさがしています 十一月十八日午前二時半ごろ 黒色の車と歩行者との事故が発生しました。事故を見た方はご連絡下さい。〇〇警察署交通課 〇〇0110番 担当者〇〇』


「うわ、事故あったの昨日じゃん!やばくね?しかも、こういう看板って、全部赤字だっけ?ちょー怖いんだけど、笑える」


「怖いっしょ?でも、おっさんが事故で死んでも、即成仏して消えるんじゃない?うちらみたいなのは、可愛く化けて出るけど」


「なにその、可愛く化けて出るとか、うざいんだけど、スッピンで幽霊になったらウケるね」


「笑えねー!」


 静かな店内に安定して二人のバカ笑いが響いている、カウンター席のおっさんが迷惑そうに横目を流しても、女子高生に届く事は無かった。


「お待たせしました、チーズ牛丼の大盛り二つです」


 眠そうな目にクマの出来た男の店員が、牛丼を持ってきた。緑の帽子を深く被り顔はよく見えない。オレンジ色のエプロンに牛のマスコットが可愛く描かれている。


「はいはい、どうもー」


「あーうまそー。カラオケで腹減っちゃったし、どうしても食べたかったんだよね、これ」


「わかるー、太るとか言ってられないよね」


「明日から痩せれば良いっしょ」


「だな、食お食お」


 股を閉じる事なく少し広げたまま、女子高生達は牛丼をがっついて食べていく。五分もせずに食べ終わり、ゲップをしながら会計を済まして出て行った。


「はぁー食った食った!やっぱり深夜二時は牛丼に限るな!」


「なにそれ、言い方おっさんじゃん、こわ」


「うるさ、引いてんじゃねえよ」


 二人は例の交差点で信号待ちをしていた、赤信号が静かに輝いている。


「なんか長くね?渡っちゃう?」


 二人は赤信号を急ぐ事もなく渡り始めた。


「だな、渡っちゃうか。にしてもさ、さっきの牛丼屋さ」


「うんうん、言いたいこと分かる」


「こんな時間だからか、うちらしか居なくて怖くなかった?」


「な、酔っ払いのおっさんぐらい居ても良さそうだけどな」


「なに、あんた、おっさんの話ばっかり。おっさん好きなの?引くんだけど」


「違うわ、バカにすんなし」


 二人は何事もなく笑いながら信号を渡り切った。交差点に背を向けて話は続いた。


「なんだ、結局なんも起きないじゃん、この交差点」


「なー、少しは期待してたのに、内心びびってたっしょ?」


「はー?ビビってねえし!」


「はいはい、怖かったでちゅねー」


「はー!きも!バカにしすぎでしょ、ウケる」


「はは、ウケるね。あれ?」


 二人が交差点を振り返ると、トラックがすぐ背後まで迫っていた。作業着の男と確実に目は合っているが、うつろな表情を変えることなく、見えてないかのように平然と二人を跳ね飛ばした。


 牛丼屋の店内にも、激しい衝突音と、小さな金属が跳ね返る音まで鮮明に響いていた。それでも、全員が交差点を見向きもせずに、目を細めて笑顔を作っていた。

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怖い話25【おっさん幽霊】1700字以内 雨間一晴 @AmemaHitoharu

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