楽園

第1話 旅よ、再び

「あら~、まさか、そんなことがあったなんてねぇ~」


あれから、名前のない街を後にした私たちは再びドワーフの町の、おイワさんの店に訪れ軽食をいただいていた。

あんな厄介な場所に案内するなんて、彼には一言でも文句を言いたいところだ。


「それにしても、あなたたち、一体どうしちゃったの?」


私が口を開く前に、おイワさんから疑問を投げかけられる。

確かに、今のこの状況を見れば誰だってそう思うだろう。

あの事件以来、隙を見てはシロが私に身体をぴったりと寄せてくるようになったのだ。

カウンター席に座った今も、この子は私の隣にゼロ距離で座り、頭をこちらへ擦り付けている。


「あなたがあんな場所に案内するから、こうなったのよ」


「あら、そう。より仲が深まったようで良かったわ~」


「いやいやいや!全然よくないから!」


シロとは対照的に不貞腐れていたミュースが大声を上げる。


「わちきがソラさんの旅に加わるかどうかを試すはずだったのに、まさかこんな結果で終わるなんて、納得がいかないわ!」


「何言ってんの。あれだけのスキルを見せられたんだもの、あなたさえよければ、こちらから旅のお供にお願いしたいくらいなんだけど」


「そう!あれだけ頑張ったのに、結局はこんな……。今、なんと?」


「だから、一緒に来ていいって言ってんの。それとも、嫌なの?」


さっきまで怒りを浮かべていたミュースの顔が見る見るうちに弛緩していく。

そして。


「よっしゃぁぁぁ!!」


歓喜の声を上げ飛び跳ねるミュース。

その喜びようを見るとこちらまで嬉しくなるが、その巨体でそんな動きをされると大変迷惑である。


「ちょっと、落ち着きなさいよ!」


「ふふっ、よかったわね、ミューちゃん」


「ソラ様!私は断固として反対します!」


私の発言が気に入らないと、先程まで甘えていたシロがここぞとばかりに口を挟む。


「いやいや、ミュースがいないと一番困るのはあんたなんだからね」


以前はミュースの料理に手をつけなかった彼女だが、狩猟から解体までの過程を見せないようにすれば動物の肉も食えるようにはなっている。

ようやく、この旅の一番の問題を解決できたのだ。


「それは、そうですがぁ。ソラ様との時間がなくなっちゃうじゃないですかぁ」


「そのくらい、いつだって確保してあげるわよ」


「わん」


「わんじゃない」


そして、今度は一通り喜び終わったミュースが私の両手を手に取り口を開く。


「ソラさん!それで、いつ出発するの!?今?今でしょ!?」


「ミューちゃん、落ち着きなさいな。旅立つにしても、せめてここの皆に挨拶しなきゃいけないでしょ?」


「えぇ~?あのおっさんたちに今更、何も言う事なんてないよ」


「別れの挨拶だけでもいいから、ちゃんとしないとだめよ」


「まぁ、おイワさんがそこまで言うなら」


渋々といった様子で了承するミュース。

今はちょうど、昼に差し掛かったあたりだ。

それなら、おっさんたちの仕事が終わる夜まで待機し、出発は明日の朝になりそうだ。


「それじゃあ、皆の仕事が終わるまで、旅の準備でもしてきなさいな」



旅の準備をしに自宅へ戻ったミュースを尻目に、宿屋に戻った私たちは暇を持て余していた。

しかし、特にやることもなく、宿屋の個室で呆けていると。


「むふふ」


「嫌な予感」


腰を低くした体勢をとるシロが舌なめずりをし、ベッドに腰をかけていた私に狙いを定める。


「ちょっと、何をするつもり?」


「そりゃあもう、思う存分イチャイチャしようかと。あの時、私たちは結婚したようなものですから」


ふむ。

暇つぶしがてら彼女に付き合ってもいいが、この子に主導権を握られると私の身体が大変なことになるのは目に見えている。

ここは私から、強気にいこう。


「よし!シロ、ベッドの上に仰向けになってくれる?」


「え、それって、ももも、もしかして」  


「いいから、さっさとする!!」


「は、はひっ!!」


顔を真っ赤にした彼女は目に見えぬ速さでベッドの上に大の字になった。

そして、私はその上に馬乗りになる。


「あ、あのっ、初めてなので、優しくしてください」


「よござんす」


私は、片手でシロのモフモフの毛を掻き分け、その顎下を程よい速さで撫でた。


「お、おふっ、おおう、おぉん」


汚い声をあげるシロを尻目に愛撫を続けると、次第に彼女の目はトロンとし口からはだらしなく舌が垂れ、遂にはエクスタシーに至る。


「はぁ、はぁ。ソラ様、激しすぎますよ」


「確かに、やりすぎちゃったかもね。じゃあ、次はこっちね」


今度はシロの頭に手を置き、そのままワシワシと撫でる。


「はふぅ。あの、これは」


「これまで色々とあったから、疲れてるでしょ?一時したら起こすから、今はゆっくりと休んで」


「絶頂からの安らぎ、こんな素敵な緩急を演出していただけるとは、さすがソラ様、大好きです。ぐぅ」


あまりにも早すぎる入眠に少しだけ笑ってしまう。

その後、私はシロの寝息がより深くなったのを確認するまで彼女の頭を撫で続けた。



夕暮れ時。

私たち三匹は、ミュースが旅立つと聞きつけたこの町のドワーフらと共に、町の広場に集まっていた。

旅立ちの報告は酒場で酒を酌み交わしながら、とも考えたが、さすがにこの数は酒場に入りきらない。


そして、ドワーフのおっさんらは不服そうな顔をしながら、中心にいるミュースの言葉を聞き逃すまいと佇んでいる。

私たちはその少し後ろで、その緊張した背中を眺めている。


「え~皆さん。本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。こうして集まっていただいたのは他でもない、オーガ族の娘こと、このミュースが、明日の朝よりこの町を旅立つことを宣言するためであります!」


妙にかしこまった口調で皆へ向けて話すミュース。

しかし、緊張だけでなく抑えきれない喜びも溢れているようだ。


「おいおい!俺たちがいない間に何勝手なこと決めてんだ!」


「そうだそうだ!」


「え~、皆様におかれましては様々な意見があると思います。この町のアイドルであるわちきが居なくなることへの恐怖、心寂しさなど、不安を抱えていることでしょう。それでも、このかねてからの夢の―――」


「ちょっと待てよ!!」


ミュースの表明を遮る大声を上げたのは、あの時、童貞と馬鹿にされていたドワーフだった。たぶん。


「俺たちは家族同然で、ずっとこの町で暮らしていくはずだったはずだろ!?それなのに、いきなり現れた訳の分からない奴らについて行くって言うのか!」


「でも、こんな油臭いところで一生を終えたくない!それに、ようやく、一緒に旅をしてくれる友達を見つけたの!だから、だから」


彼の反論に便乗し、ミュースの声を掻き消すほどの声をあげるドワーフたち。

部外者の私が口を出してもいいものか。

いや、余計に事態が拗れそうだ。

そう悩んでいると。


「お黙り!!」


すぐ傍にいた、おイワさんの地を揺るがすような声が響き、辺りは静まり返る。


「こんなジジイとババアしかいない汗臭いところに、こんなうら若き少女を閉じ込めておいて、アンタたちはミューちゃんの気持ちを考えたことがあるの!?」


誰も、口を開けない。


「それともあなたたちは、相手の気持ちも考えられない陰湿で自己中なエルフみたいになってしまったのかしら!?」


「おい!言い過ぎだぞ!」


「我々ドワーフ族の冒涜だ!」


「そうじゃろがい!!アタイたちは気さくで気のいい優しい力持ち!!だったら、家族当然だった、このミューちゃんが、自分の夢に向かうのを応援する、それが、それが、アタイらがやるべきことだろうが!!」


涙を流し熱弁するおイワさん。

その言葉を受け、皆、泣いていた。

少しだけ、居心地が悪い。

本当に、私が彼女を連れだしていいのだろうか。

だから私は、ミュースに全てを委ねた。


「ミュース、後は、アンタ次第よ」


彼女の背を軽く叩く。

そして、彼女は意を決したように口を開く。


「皆、今まで、わちきの居場所を作ってくれて、本当に感謝してる。仕事をして、ご飯をいっぱい食べて、柔らかなベッドで眠る。そんな場所を用意してくれて。なにより、皆の温かい空間に、わちきの、手を引いてくれて、本当に」


言葉を詰まらせていたミュースが、ついに泣きじゃくる。

私は、そんな彼女の背中をさすり、頑張れ、と心の中で呟いた。


「……うん。もう大丈夫。みんな!わちきはもう、何があっても止まるつもりはないから!ごめんね。でも、わちきがどこにいても思い出す故郷は、ここだから!だから、遠くから見守っていてください!どんなに離れていても、お互いが思い合えば、きっと、繋がっていられるから!」


皆の泣き声がこだまする。

しかし、そこにあるのは決して悲しみだけでない。


「さぁ、泣いてる時間なんてないわよ!ミューちゃんとのお別れ会なんだから、精一杯、盛り上げましょ!!」


「「「オオォーーー!」」」


それからは、用意されたテーブル席にはこれでもかというほどの料理と酒が用意され、皆、感情のまま騒いでいた。

シロもここぞとばかりに酒を仰ぎバカ騒ぎしている。


そして、ようやくおっさんらに解放され椅子に腰を下ろしたミュース。

私はその横に座り、彼女に話しかける。


「そういえば、ミュース。あなたがそうまでして旅に出たがる理由を聞いてなかったよね」


「あ、ソラさん。うん、そうだね」


酒を手に取り、彼女は語りだす。


「ソラさんは、ブルームシティって知ってる?」


「いや、知らない」


「この世界のどこかにある場所で、そこに辿り着いたものは皆、あまりの美しさに一生、心を囚われるくらいなんだって。その存在をこの町で知った時から、ずっと思いを馳せていたの。ここから抜け出して、そこに行ってみたいと」


若い娘が描く夢としては当然のものだが、本当にそれだけなのだろうか。


「……それとね。わちき、物心がつく前からここにいたから、本当はどこで生まれたのか、わちきは何者なのかを知りたいんだ。ずっと、心に引っかかっていたから」


「そう」


少しだけ影を落としたその顔。


「自分勝手なことばかり言って、ごめんね。独りで旅に出ればよかったんだけど、寂しかったからさ」


「そんなこと、気にしなくてもいいよ。私、こんなか弱い美少女に見えても長生きなんだから、いくらでも付き合ってあげる」


「うん、ありがとう」


一時して、持ち前の明るさを取り戻したミュースは立ち上がる。


「よしっ、ソラさん!一緒に、嫌って言うほど飲んで飲んで飲みまくりましょ!」


「明日、旅立つんだから、ほどほどにね」

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