シロ

私は、口を伝う血の生温さと鉄の匂いが何より嫌いだ。

別に、殺すのが嫌だとか、不味いのが嫌だとかではない。

そんなことより、ただ単純に気持ちが悪かった。


そんな、生態の摂理から外れた生き物は、どこで生きていける?

ましてや、狼の群れだなんて。


誰が、こんな生き物を必要とする?

殺せないならまだしも、まともに食べることすらしないなんて。


だから、周りの仲間たちは口を揃えてこう言う。


「素直になれば、幸せになれるのに」


それでも、意地を張っていた。

醜い馬鹿になり他者の命を奪うことでしか幸せというものが手に入らないのなら、そんなものはいらないと。

ただ独り、当たり前の生き方に目を背け傷を負いながら生きていくとしても、私にとってはそちらの方がよっぽど上等に思えたんだ。


腐った死肉を齧り吐き出し、体は痩せ細り飢えに襲われる。こんな身体では、寒さにも耐えられない。

それでも私は群れからはぐれないよう、霞む視界と覚束ない足で前に進んだ。


だって、それよりも辛いことが何か、知っているんだもの。


———そして、当然のことながら限界はやってくる。


意識が遠のき、倒れる。

置いていかないでと、掠れた声で叫んでみるけど、声にはならない。

いや、もし聞こえていたとしても、止まるものはいないのだろう。


嫌だ、嫌だ!まだ私は終わっていない!

こんなんところで、死にたくない!

誰か、誰か、そばに!


———意識とは裏腹に、身体が動き出す。

どうやら、本能が意地に勝ったらしい。

ただひたすらに卑しい本能に。


楽だった。何も考えずに、エサを求め続けた。

胃の中が満たされれば満たされるほど、自分が薄れていく。

それでも、あの獲物の瞳が、私を映す瞳が、許してはくれなかった。


誰か、殺してくれ!

こんな生き方をするくらいなら、死んだほうがマシだ!



群れからはぐれてしまった。

皆から捨てられたのか、それとも私の足が別の方を向いてしまったのか。

もう、どうでもいいか。考えることなんて、もうできないのだから。


次の獲物が目の前に現れる。

何かを思う前に、身体は勝手に動く。

外れない牙。

情けなくて、悔しくて、歓びを感じて、泣いていた。

もう、ここで終わりたい。


首に、鈍い痛みが走る。

何度も、何度も。

やっと、楽になれる。


ありがとう。

ただ、暖かかった。




「随分と悲惨な状況だね。でも、君たちは素晴らしいよ。君たちなら、きっと彼女の力になれる。もう少しだけ、踏ん張ってくれ。きっと、後悔はさせないからさ」

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