第八話 いつもの
『もう帰られるのですか?』
「ええ、得るものは得たし、もうこんなところに用はないもの」
ミュースの能力もある程度は測ることができたし、ここにいる必要ない。
『そうですね、あなた方にはここは必要ないみたいです。ですが、こういう生き物たちがいたことも、忘れないでくださいね』
「気が向いたらね」
なかなかに個性的で、なかなかに大変な場所だった。
気まぐれでもなければ、近寄りもしなかっただろう。
「筋肉バカはここに残っていいんですよ?スレンダーになりたいんでしょ?」
「誰が筋肉バカよ!やっぱり今ここで殺してやる!」
「できるものならやってみな!」
後ろでは相変わらずの言い争いが続いている。
ああ、すっかり元通りだ。いや、それ以上に吹っ切れたみたいだ。
『そうですか。もしも気が向いたら、また遊びに来てください』
「あんた達が生きていればね」
悪態は垂れるものの、ここで得たものは非常に大きかった。
どうしても行き詰った時は、またここに来てもいいだろう。
「それじゃあ、行きましょうか」
「ソラ様!準備はできていますよ!」
四足になり、こちらに背中を向けるシロ。
確かに、いつでも乗るとは言ったが…。
「仕方がないか。でも、ずっとは乗らないからね」
「わふ」
遠慮なく、どっしりと座る。
相変わらずもふもふで、非常に気持ちがいい。
そんな私達に飛んでくる視線が一つ。
「…わちきも、乗りたいな」
さすがにその体格では無理なので、聞こえないふりをして先に進ませる。
「じゃあね」
『さよなら』
******
「で、どうだったのよ。楽しい場所だったでしょ?」
夜。騒がしいカンカン町に戻り、おイワさんの店で閑談をする。
「楽しくないわよ。あんな厄介な場所」
あそこを楽しいと思えるのは、何もかもを捨てることができた奴らだけだろう。
正直、もう二度とは行きたくない。
「で、ミューちゃんはどうだったの」
「う〜ん、いろいろあったけど、やっぱり、わちきも旅に出たい」
「それは、ちゃんと考えたうえでの選択なんでしょうね」
おイワさんは真剣な目で、ミュースに投げかける。
試すかのような厳しさを含めながら。
「うん。いろんなドラマがあるって知ってしまったからさ。もう、この場所だけに留まれないよ」
「はぁ、そうなるでしょうね」
始めからこうなることが分かっていたかのように、彼女は呆れかえった。
「というわけで、これからもよろしくね」
「お断りいたす」
「あんたには聞いていないから」
ちなみに、今の席順は私とミュースの間にシロが座る並びになっている。
「ソラ様、私たちの愛によそ者が入る余地はありませんよね。それに、これから新婚旅行ですし」
「いつ結婚したのよ」
あれから、シロは私にべったりとくっついてくる。あの選択をした自分が恨めしくなってきた。
悪くはない、悪くはないが、疲れる。
「ちょっと!連れて行ってくれるって約束したのに、まさか置いて行くつもりなの!?」
そんな約束、した覚えはない。
が、今この状況でシロと二匹旅というのは、いささか恐ろしいものがある。
丁度良い緩和材になってくれるのなら、こちらからお願いしたいところではあるが。
「当然でしょう。ソラ様のお傍にガチの危険人物を置くわけにはいきません」
「あんたよりはよっぽど安全だと思うけど」
言い争いはいつまでも続いており、このままでは収拾がつかなさそうだ。
ここは一つ、私が説くしかあるまい。
「シロ、考えてもみなさい。お肉食べ放題の毎日と、そこら辺の雑草を食う生活のどちらがいいかを。
それに、私があなたを頼る時に力が出せなかったら困るでしょ?」
「ふぬぅ。じゃあ、ソラ様。この凶悪なおっぱいに惑わされないと約束してください」
そんなくだらないことを気にしていたのか。
「はい、約束します。安心して、量より質をとるから」
「わちきのメロンは最高級!」
騒がしいまま、夜は更けていく。
新しい旅立ちが迎えに来てくれるまで。
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