第六話 矛盾

誰もいない静かな部屋で、寂しく座っている。

そして、私はさっきの彼女の言葉を反芻していた。


『仲間と旅を続けるなら、関心を持たなければならない』


妙に引っかかるその言葉。


果てはないこの命。独りなのは当たり前だ。

それでも彼女たちがついてくるのなら勝手にすればいいし、離れるのならそれでもいいと思っている。

だから、もし、彼女らがここで別の何かになることを望むのなら、それを私に止める権利はない。


そう、これまでの私なら、毅然として意に介さなかっただろう。

しかし、今の私はそれを否定しようとしている。

皆との旅を終わらせたくない、そう望む心が、このモヤモヤを産み出している。


「はぁ」


私はなんて傲慢なのだろう。誰かと関われば、そうなるのは当然のことなのに。

それが嫌なら、初めから突っぱねていればよかったのだ。


……いや、振り返るのはまだ早い。


考えるより先に身体を動かす。

こんなところで考え込むより、とにかく、彼女らに会いに行こう。



建物の外に出ると、どこから湧いたのか、いつの間にやら妙な連中で溢れ、喧噪に満ちていた。

宙を泳ぐ魚、地を這う鳥、無機物としか思えないような蠢く者たち。

こんなものが、皆が望むものだと?

こんな、独りよがりで窮屈で、もうどこにも行けない、この姿が?


余計なことを考えすぎてしまうため、あまり周りを注視しないようにシロの行方を探す。

おそらくは、こんな騒がしい場所にはいないはず。

街のはずれあたりを、探索してみるか。



「こんな所にいた」


街のはずれ、森の中に彼女はいた。

木の根元に腰を掛け、宙を眺めている。


私もその隣に腰かけ、適当なところで視線を泳がせる。

なぜ、こんな状態になっているのか気にはなるが、こちらから聞き出すことはしない。

どちらにとっても面倒くさいから。

そして、景色を眺めることにも飽きてきた頃。


「……私は、この世界、いえ、ソラ様の旅に必要ですか?」


なんとなく、察しがついていた部分。

ミュースのサバイバル能力を目の当たりにして、落ち込んでしまったのだろう。

しかし、それが大元の原因とは思えない。


「別に、必要だと思ったことは一度もないわよ。ただ一緒に歩いているだけじゃない」


「そう、ですか」


それ以上のものがあるからこそ、それだけでいい。

必要かそうでないか、なんてつまらない判断でわざわざ共に旅などしない。


「私はただ、食べるだけの生き物です。生を繋げていくだけの、何もできない」


どうしてこう、誰もが生き方に縛られるのだろうか。

寿命があるから?それとも、怖いから?


「何もできないことは、そんなに悪いこと?」


膝を抱え、そこに顔を埋めるシロ。


「悪い、です。だから、ソラ様にもっと必要とされたい。いつでも背中に乗せて、寒さから身をお守りしたい。そうしないと、私の生きる術が見つかりません」


そんなものは、欲しくない。シロのへこんだ部分を埋めるための存在になど、なりたくもない。


「私は、自分の足で歩ける。自分で暖もとれる。シロだって、そうでしょ」


返事はない。どうやら、私ができるのもここまでのようだ。

立ち上がり、先に戻る。


「ちゃんと、戻ってきなさいよ。私はいつまでも、ここにいるから」


それだけ言い残し、この場を立ち去る。

酷なことだとわかっている。

ただ一言、シロのことが必要だと、そういえばいいだけの話。

でも、それでは、彼女は私にとっての都合がいいだけの存在になってしまう。

そんなの、許さない。

私は、シロと並んで歩きたいのだから。



夜になっても、シロは戻ってこない。

先程の建物で過ごし、彼女らの気が済むまで時間をつぶしていたのだが、ミュースすら戻ってくる気配がない。

代わりに、手のひらサイズの小人や、正面から見ると普通だが横から見ると線になる、ペラペラの猫などが現れる。


「おねーさん、なんで辛気臭い顔をしているのさ」


机の上に立つ小人が話しかけてくる。


「あんたをどう調理して食べようか考えているの」


「ひぇぇ〜」


逃げようとする小人の進路を手でふさぐ。


「ご勘弁を〜」


こんなことをしても、少しも気は紛れはしない。

悩むべきではない。悩めば悩むほど、私は模られていく。

でも、初めての旅で、初めて一緒に歩いて、捨てきれない。


ああ、私は矛盾している。

留まらず、囚われずに生きて、誰かと出会うことを望んでしまった。

最初から、あの場所に閉じこもっていればよかったのに。


———中途半端だ、この身体のように。

結局、私は何にもならないものを目指す、何かに成りたい生き物に過ぎなかった。

どこまで行ったって、この呪縛からは逃れられない。

私が私である限り。


「にゃ〜ん」


ペラペラした猫。略してペラ猫が私の足元に近づいてくる。

そして。


「お嬢さん、悩んだときはな、見方を変えればいいのさ。横から見たら何もない、正面から見たらキュートなこの俺のようにな」


「しゃべった」


いきなり渋い声で話し出したペラ猫。

何もないのに、何かある。

……ああ、そっか。


すぐさま私は、立ち上がり、部屋から出ようとする。


「ペラ猫、ありがとう。あと、小人も迷惑かけたわね」


それだけ言い残し、一直線に扉まで向かう。

シロ、待ってて。今すぐ、そこに行くから———


バァン!


「ただいまー!って、あれ」


ふおぉぉぉ。

目の前に星が散る。あと、顔面がものすごく痛い。

どうやら、勢いよく開け放たれた扉に顔をぶつけたようだ。

そこに現れたのは、ミュースだった。

そして、その後ろには案内人の青いやつがいた。


「ごめんなさい。まさか扉の前にいるとは思わなかったから」


「この馬鹿力めぇ〜。危うくペラペラになるところだったわ」


まさに出鼻をくじかれた状態だが、それよりも。


「ちょっと今急いでいるから、そこを退いてちょうだい」


「いやいや、それよりもわちきの話を聞いてよ〜」


「だから、そんな場合じゃ———」


遠くから、胸に突き刺さるような動物の嘶きが聞こえる。

悲しみにも似た声が。


「なに?」


『これは、助けを求める声です!』


頭に声が響く。

助けを求めている?


『あなた達のお連れ様の声ですよ!』


「なぬ?」

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