第六話 矛盾
誰もいない静かな部屋で、寂しく座っている。
そして、私はさっきの彼女の言葉を反芻していた。
『仲間と旅を続けるなら、関心を持たなければならない』
妙に引っかかるその言葉。
果てはないこの命。独りなのは当たり前だ。
それでも彼女たちがついてくるのなら勝手にすればいいし、離れるのならそれでもいいと思っている。
だから、もし、彼女らがここで別の何かになることを望むのなら、それを私に止める権利はない。
そう、これまでの私なら、毅然として意に介さなかっただろう。
しかし、今の私はそれを否定しようとしている。
皆との旅を終わらせたくない、そう望む心が、このモヤモヤを産み出している。
「はぁ」
私はなんて傲慢なのだろう。誰かと関われば、そうなるのは当然のことなのに。
それが嫌なら、初めから突っぱねていればよかったのだ。
……いや、振り返るのはまだ早い。
考えるより先に身体を動かす。
こんなところで考え込むより、とにかく、彼女らに会いに行こう。
*
建物の外に出ると、どこから湧いたのか、いつの間にやら妙な連中で溢れ、喧噪に満ちていた。
宙を泳ぐ魚、地を這う鳥、無機物としか思えないような蠢く者たち。
こんなものが、皆が望むものだと?
こんな、独りよがりで窮屈で、もうどこにも行けない、この姿が?
余計なことを考えすぎてしまうため、あまり周りを注視しないようにシロの行方を探す。
おそらくは、こんな騒がしい場所にはいないはず。
街のはずれあたりを、探索してみるか。
*
「こんな所にいた」
街のはずれ、森の中に彼女はいた。
木の根元に腰を掛け、宙を眺めている。
私もその隣に腰かけ、適当なところで視線を泳がせる。
なぜ、こんな状態になっているのか気にはなるが、こちらから聞き出すことはしない。
どちらにとっても面倒くさいから。
そして、景色を眺めることにも飽きてきた頃。
「……私は、この世界、いえ、ソラ様の旅に必要ですか?」
なんとなく、察しがついていた部分。
ミュースのサバイバル能力を目の当たりにして、落ち込んでしまったのだろう。
しかし、それが大元の原因とは思えない。
「別に、必要だと思ったことは一度もないわよ。ただ一緒に歩いているだけじゃない」
「そう、ですか」
それ以上のものがあるからこそ、それだけでいい。
必要かそうでないか、なんてつまらない判断でわざわざ共に旅などしない。
「私はただ、食べるだけの生き物です。生を繋げていくだけの、何もできない」
どうしてこう、誰もが生き方に縛られるのだろうか。
寿命があるから?それとも、怖いから?
「何もできないことは、そんなに悪いこと?」
膝を抱え、そこに顔を埋めるシロ。
「悪い、です。だから、ソラ様にもっと必要とされたい。いつでも背中に乗せて、寒さから身をお守りしたい。そうしないと、私の生きる術が見つかりません」
そんなものは、欲しくない。シロのへこんだ部分を埋めるための存在になど、なりたくもない。
「私は、自分の足で歩ける。自分で暖もとれる。シロだって、そうでしょ」
返事はない。どうやら、私ができるのもここまでのようだ。
立ち上がり、先に戻る。
「ちゃんと、戻ってきなさいよ。私はいつまでも、ここにいるから」
それだけ言い残し、この場を立ち去る。
酷なことだとわかっている。
ただ一言、シロのことが必要だと、そういえばいいだけの話。
でも、それでは、彼女は私にとっての都合がいいだけの存在になってしまう。
そんなの、許さない。
私は、シロと並んで歩きたいのだから。
*
夜になっても、シロは戻ってこない。
先程の建物で過ごし、彼女らの気が済むまで時間をつぶしていたのだが、ミュースすら戻ってくる気配がない。
代わりに、手のひらサイズの小人や、正面から見ると普通だが横から見ると線になる、ペラペラの猫などが現れる。
「おねーさん、なんで辛気臭い顔をしているのさ」
机の上に立つ小人が話しかけてくる。
「あんたをどう調理して食べようか考えているの」
「ひぇぇ〜」
逃げようとする小人の進路を手でふさぐ。
「ご勘弁を〜」
こんなことをしても、少しも気は紛れはしない。
悩むべきではない。悩めば悩むほど、私は模られていく。
でも、初めての旅で、初めて一緒に歩いて、捨てきれない。
ああ、私は矛盾している。
留まらず、囚われずに生きて、誰かと出会うことを望んでしまった。
最初から、あの場所に閉じこもっていればよかったのに。
———中途半端だ、この身体のように。
結局、私は何にもならないものを目指す、何かに成りたい生き物に過ぎなかった。
どこまで行ったって、この呪縛からは逃れられない。
私が私である限り。
「にゃ〜ん」
ペラペラした猫。略してペラ猫が私の足元に近づいてくる。
そして。
「お嬢さん、悩んだときはな、見方を変えればいいのさ。横から見たら何もない、正面から見たらキュートなこの俺のようにな」
「しゃべった」
いきなり渋い声で話し出したペラ猫。
何もないのに、何かある。
……ああ、そっか。
すぐさま私は、立ち上がり、部屋から出ようとする。
「ペラ猫、ありがとう。あと、小人も迷惑かけたわね」
それだけ言い残し、一直線に扉まで向かう。
シロ、待ってて。今すぐ、そこに行くから———
バァン!
「ただいまー!って、あれ」
ふおぉぉぉ。
目の前に星が散る。あと、顔面がものすごく痛い。
どうやら、勢いよく開け放たれた扉に顔をぶつけたようだ。
そこに現れたのは、ミュースだった。
そして、その後ろには案内人の青いやつがいた。
「ごめんなさい。まさか扉の前にいるとは思わなかったから」
「この馬鹿力めぇ〜。危うくペラペラになるところだったわ」
まさに出鼻をくじかれた状態だが、それよりも。
「ちょっと今急いでいるから、そこを退いてちょうだい」
「いやいや、それよりもわちきの話を聞いてよ〜」
「だから、そんな場合じゃ———」
遠くから、胸に突き刺さるような動物の嘶きが聞こえる。
悲しみにも似た声が。
「なに?」
『これは、助けを求める声です!』
頭に声が響く。
助けを求めている?
『あなた達のお連れ様の声ですよ!』
「なぬ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます