第三話 わだかまり
旅の準備が必要だということで、ミュースとは一旦別れ宿の前で待ち合わせをする。
腕前を披露するために、私たちの荷物は最低限でいいと言っていたが、果たして。
「おまたせ」
比較的長い時間が経過しやってきたミュースは、これから何年も帰ってこないと言わんばかりの大荷物を背負っていた。
他にも、おそらく狩りに使うであろう弓や大きめのナイフなどを下げている。
「いくらなんでも大荷物すぎない?」
「そりゃあ、ここで欝憤を溜めてた分だけ詰まってますから」
「けっ。そんな健気なことを考える頭なんてないでしょうに」
「あん?」
二匹とも仲が良いみたいだし、ここは気を利かせて先に行っておこう。
我ながらなんて思いやりがあるのだろう。決して、面倒くさいわけではない。
「あ、ちょっと待ってくださいよー!」
*
ミュースの案内で町を出て、おイワさんの言った通り、目の前に伸びる道を進む。
目的地は森の中にあるそうだが、周囲はまだ平原のため、到着するのはまだ先になりそうだ。
その間、後ろの方で漂う険悪な空気を感じなければいけないのか。
彼女らは言葉こそ交わしていないものの、。
出会ったばかりなのに、駆り立てているのだろうか。
「あ、待って。獲物がいる」
「獲物?」
道を外れた平原の先に、茶色の塊が見える。
「あれって、食べられるの?」
「うん、クセが少ないから食べやすいよ」
そう言いながら、弓をつがえるミュース。
距離は離れているが、果たして命中させることができるのだろうか。
少しの集中の後、矢が放たれる。
「おお、当たった」
見事、その矢は一撃で獲物を仕留めたようだ。
「ふふん、どうよ。こんなの、誇るほどのものでもないけどね」
そのドヤ顔は世界に響き渡り、高くなる鼻は天をも貫きそうだ。
「それでは、すぐに持ってくるね」
勢いよく走りだした彼女は、シロには及ばないが、それでも十分な速さを備えていた。
スタートした地面もえぐれている。
隣のシロを見やると、悪態でも吐くかと思いきや、悲しいような、悔しいような神妙な顔をしていた。
「どうしたの、シロ」
「食糧問題を解決するって、こういうことだったんですね」
「何か問題でも?」
「……いえ」
ミュースの技術を見て嫉妬したのだろうか。
しかし、狩りくらいシロにも簡単にできるだろう。
それに、道具を使わなくてもできるだろうし、むしろ得意げになってもいいところだろう。
……そういえば、今までシロは腹を空かせても、何もしなかったな。
まだまだ彼女について知らないことはたくさんあるな。
とりあえず、かける言葉も見当たらないのでシロの赤い頭を背伸びして撫でることにする。
これで少しでも、機嫌を直してくれるといいけど。
「……わふっ」
*
ようやく前方に森が見え、そこに立ち入った辺りで日が暮れ、今日はここで夜を過ごすことになった。
木々が立ち並ぶ道なき道から少し開けたところでミュースが荷物を降ろし、野営の準備を始める。
この前まではあり得なかった、たき火や寝床が滞りなく用意され、何とも快適な環境が提供された。
続いて、さっきの動物を手際よく解体した彼女は、肉を串にさす豪胆な料理を作り始める。
ミュースの能力がこれほど優れていたとは。
シロには申し訳ないが、これはもう旅のお供にしない理由が思い浮かばない。
「よっし、もう焼けたみたいだから、食べていいよ」
ミュースから串に刺さった焼き肉を渡される。私にだけ。
「シロの分は?」
「え、ないけど」
大量の肉が傍に置いてあるのに、さも当然のように言い放つミュース。
まぁ、あの調子じゃこうなるよね。仕方がない、私のを渡そう。
「はい、シロ」
「ちょっと」
「別にいいでしょ。もう私のものだから、どうしようと勝手じゃない」
「むぅ」
そうしてシロの目の前に差し出すも、一向に受け取る気配がない。
「シロ?」
「……私は、必要ありません。私が仕留めた獲物ではないので」
「いまさら何を言ってんのよ。今までは何でも食べてたじゃない」
長い付き合いではないが、こんな殊勝なことを言う性格ではないことは確かだ。
さっきからテンションが低いが、どうしたのだろうか。
「……私は先に寝ます。おやすみなさい」
まだ夜も更けていないのに寝床につくシロ。
声をかけるべきかどうか、しかし、その原因がわからないとどうしようもない。
「どうしたのよ、あいつ。全然キャラが違うじゃん」
どうやら、ミュースも居心地の悪さを感じていたらしく、ばつが悪そうに呟く。
「ミューちゃんが虐めたからじゃない?」
「別に何もしていないと思うけど……」
まぁ、その通りだとは思う。問題は周りではなく、シロ自身にありそうだ。
はぁ、気楽な旅を送るのはまだまだ先になりそうだ。
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