第二話 おっさん?

翌朝。酒場でバカ騒ぎした後におっさんが手配してくれた宿屋で目を覚まさす。

今までの疲労も癒え、旅を再開するにはちょうどいい頃合い。

あとは荷造りを行えば、いつでも出発可能だ。私だけなら。

そう、シロが、起きないのである。

隣で眠る彼女は酒の影響からか、何をしても起きはしない。

腹いせに肉球ともふもふを堪能したのはいいが、このままでは出発できないだろう。


……ここでじっとしていても仕方がない。

シロが起きるまで、適当にその辺を散策してみよう。

一階に降り、居眠りしている酒気を帯びた店主に挨拶をして宿屋を出る。


「う〜ん」


雲一つない空の下で大きく伸びを一つ。

皆は既に仕事に出かけているのか、人通りも少なく遠くからトンカンと金属音が響くだけの侘しい街並み。

まぁ、適当にぶらぶらして時間をつぶせば、シロも目覚めるだろう。


「さぁ、始まりました。目的のない街歩き、『ソラさんぽ』のお時間です。今回お届けするのはこちら、ドワーフが住まう炭鉱の町……」


そういえば、この街の名前を聞いていなかったな。


「カンカン町よ」


「そう、カンカン町です!むさくるしい男たちが住まうこの場所で、いったいどのような出会いがあるのでしょうか。早速、行ってみましょう」


「ちょっと待ちなさいよ」


そこにはなぜか、昨日知り合ったミュースがいた。


「なんだよも〜、せっかく気合を入れたのに」


「いや、おかしな独り言を言っていたようにしか見えなかったけど」


全く、余計なことをしてくれる。しかし、暇を持て余していたのでちょうどいい。


「本日のゲストはこちら、金髪浅黒ギザッ歯筋肉のミュースさんです。今日はよろしくお願いします」


「ちょっと!もっとましな紹介があるでしょ!こんにちは!私の恋はビリリとシビれる、電撃娘のミュースだっちゃ♪」


うわぁ……。


「うわぁ……」


「って、何をやらせるのよ!」


「自分でやったんじゃないですか……」


何か、悍ましいものが身体を駆け巡る。これは、生物の原初にすら染み渡る、恐怖だ。

抗うには、自らの體から認識の機能を取り外すしかないだろう。それほどの、煩悶懊悩だ。


「それで、どうしてここにいるの?あんたも、仕事があるんでしょ」


「休みを取ったのよ。その、あなた達に会うために」


「うわっ、私の魅力、高過ぎ……?」


前回もそうだったが、旅先でここまで人気があるとは、モテ期が到来しているんじゃないだろうか。


「か、勘違いしないでよね!ただ代り映えのしない日常がいやだったから会いに来ただけなんだからね!」


素で言っている奴は初めて見たな。

しかし、昨日はお堅い印象しかなかったが、中々面白そうな奴じゃないか。


「そういえば、昨日のあの犬っコロは何処にいるの。主にあいつに用があって来たんだけど」


「まだ寝てるよ。本当はすぐに旅立つつもりだったけど、何をしても起きないからこうして暇しているわけ。ね、丁度いいから、この町を案内してくれない?」


「無理矢理にでも起こしちゃる」


「無理矢理に起こそうとすると、噛みつかれて傷だらけになるわよ。それでも?」


「しゅん……」


シロとミュースが出会うとまた面倒なことになりそうなため、適当な嘘をつく。


「でも、案内してって言われても、ここには観光できる場所なんて一つもないわよ。まぁ、強いて言うなら魅力的なわちきがいるくらいかな」


「ほへ〜」


この子はホント、面白い娘やね。


「ちょっと、そんな浜辺に打ち上げられて三時間後の魚みたいな顔をしないでよ。わかった、ちょっとは楽しめるだろう場所に連れて行ってあげるから」


「ミューちゃんの家ってのはなしね」


「誰がミューちゃんや。ほら、すぐそこだから」


宿屋に出た際に、あえて認識の外に追いやった建物を指差すミュース。

他の建物に比べてどぎついピンク色に包まれたそれは、明らかに近寄るべきではない場所だ。


「いや、行きたくないんだけど」


「でも、今の時間で暇をつぶせる場所はあそこしかないから」


「うへ~い」


仕方がない。

気のいい住人らが住む町だ、それほど危険な場所ではないだろう。

しかし、その建物に近づくにつれ、壁にハートマークが散りばめられた様子や、漂ってくる甘い臭いに警戒心が高まる。

そして、遂に入口前へ。


「なにここ?」


私の疑問に答えることなく、ミュースはそのドアを乱暴にノックする。


「おいわさ〜ん、お客さんだよ〜」


お岩さん?岩のようなドワーフでも居るのだろうか。


「んもぅ〜、なによ。朝っぱらからうるっさいわねぇ〜」


そこから現れたのは、形容しがたい、女性ものの服に身を包み化粧を施した、ドワーフのおっさんだった。


「おイワさん、観光客のソラさんが暇をしていたから連れてきたのよ。ほら、ここも最近はお客さん減ってるみたいだし、ちょうどいいと思って」


「余計なお世話よ!それよりもあんた、こんな時間に来るなんて、また仕事をサボったんじゃないでしょうね」


「ちゃ、ちゃんと休みを取っているから!」


「そんなこと言って、この前も嘘だったじゃないの〜」


ミュースは見た目に違い、どうやら本当に若い娘らしい性格をしているようだ。

そんなことより、案内をするなら世間話をせずにさっさと中に入れてもらいたい。


「ねぇ、私の存在、忘れてない?」


「あら、すっかりアナタのことを忘れてたわ!ささ、ソラちゃん、でいいのかしら。すぐに準備するから中に入ってちょうだい〜」


馴れ馴れしく話す奇妙な口調のおっさんに、より増した警戒心を抱き大人しく入店する。


建物の中は薄暗く、紫色の明かりが淡く輝いている。

そして、数多くの酒が並ぶカウンター席に案内され、その対面におっさんが立つ。

長いまつげに様々な色が入れ混じった顔面。

そこにはドワーフらしい髭もなく、髪もない。

正直言って、おぞましい様相を呈している。


「はい、いつもの。お嬢さんは、どうする?」


「おまかせで。ちなみに、こんな朝っぱらからお酒は飲まないから」


「まかせて」


そう言って手際よく準備をするおイワさん。

小さい体で動く姿はどこか、面白い。


「しかし、暇つぶしにまた酒場に連れてくるなんて、さすがに芸がないんじゃない?」


「酒場は酒場でも酒バ—だから。それに、面白いのはこの店じゃなくておイワさんだし」


「んまっ、失礼ね。大体、ここはあんたのようなお子ちゃまが暇つぶしで来る場所じゃないのよ」


「もうお酒を飲める歳だもん」


だもん。


「おまたせ。おイワ特製のハーブティーね。すごく飲みやすくて朝にはピッタリよ」


この店の雰囲気に似つかわしくない、澄んだ薄緑色の飲み物がティーカップに入って提供される。

どれどれ、早速一口。


「……うまい」


「でしょ」


強すぎない薬草の香りが爽快に鼻を抜け、苦みもなくスッと体内へと入っていくちょうどいい温度の液体が心地いい。


「いや、本当にうまいよ、これ。大変気に入りました」


「あら〜うれしいわ〜。ここいらのジジイは誰もわかってくれなかったんだけどね〜」


その見た目とおかしな口調がどうにかなれば文句なしなんだけど。

そこに割り込むように、ミュースが話しかけてくる。


「そんなに気に入ったのなら、ここに住めばいいんじゃない?ついでにわちきの友達になってさ」


酔ってもいないのに、砕けた感じに変わるミュース。昨日のツンケンした態度ではなく、こちらの方が素なのかもしれない。


「やだよ。こんなところで旅を終えるつもりはないし、ここは少し騒がしすぎるわ」


「そんなこと言わないでさ〜。若い子ってだけでちやほやされるよ?おっさんにだけど」


「ミューちゃん。ソラちゃんは多分、私たちよりもだいぶ年上だと思うわよ」


む。なぜわかった。

恐るべし、おイワ。


「こんなちんちくりんが?うっそ〜」


「あんたから見たら誰だってそうなるでしょ。でも、そんなに嫌だったら、あなたもこの町から飛び出せばいいじゃない」


「仲間がいないと寂しいじゃん。あ」


嫌な予感。


「そうだ、わちきもその旅に連れて行く気はないかい?こう見えても力は強いから、役に立つと思うよ」


やはりそうきたか。


「それなら、私たちの一番の問題点である、食糧問題をどうにかできるかね。自分の食い扶持をなんとかできるなら検討、シロの分まで用意できるなら、即採用」


「そのくらい、余裕よ。こう見えても狩りは得意なんだから。あの犬っころに分けるのは癪だけどね」


うん、イメージ通り。動物とか手づかみで捕獲して丸かじりしてそうだもん。

しかし、私たちの旅にとって非常に魅力的なのは間違いない。


「よし、採用」


「そんなに安請け合いして大丈夫?ミューちゃんは結構わがままよ?」


「わがままボディ」


「うん」


「うんじゃない」


わがままかぁ。まぁでも、結局のところ、ついてくるかどうかは私が判断することじゃない。

彼女がそうしたいというのなら、止める理由は特にはない。


「私にいい考えがあるわ。試しにこの近くを旅すればいいのよ。幸い、ここから一日ぐらいかかる場所に面白い場所もあることだし。ミューちゃんが本当に旅をしたいのか、ソラちゃんが本当にこの子を旅の仲間にしてもいいのか、それで考えてみたらどう?」


なるほど、お試し期間てやつか。確かに、今後のことを考えるなら彼女の性格を知っておいた方が良いだろう。


「さすがおイワさん。それじゃあ早速行きましょ」


「ちょっと待ちなさいよ。シロだってまだ起きてないでしょう」


「置いて行っていいでしょ〜。わちきとそいつはそりが合わないんだし———」


ドカンッ!


静謐な店内に、大きな音が響き渡る。

音の正体は後方、扉を豪快に開けたシロだった。


「ソラ様、こんなところにいらっしゃったのですか!」


大変ご立腹な様子でずかずかと近づいてくる。

その様子は恐怖を感じるまでもある。時々、彼女の言動から見え隠れする強い感情は、何なのだろうか。


「朝目覚めて隣にソラ様がいない、この言いようのない虚しさ!そしてなにより、どうしてこんなメスゴリラと一緒にいるんですか!?」


元々はシロが起きなかったことが原因であるため、正直に話せば済むことだが、ここは仕返しとばかりに演技してみよう。


「だって、あなたが構ってくれないんだもの……。私だって、別の生き物と触れ合いたくなるわよん……」


「この乳か!この乳がソラ様を惑わせたのか!この大きいだけで慎みもない乳が!」


「あふん」


ミュースの胸を乱暴に鷲掴むシロ。

私はその掴むシロの手を払い、今度は私自身がミュースの胸に飛び込む。


「そうよ!この乳よ!大きい胸に包まれて眠りたかったの!シロのモフモフの身体もいいけど、たまにはハードでソフトな身体に埋もれたいの!」


「ナ、ナンダッテーー!」


そして、この茶番劇のオチとしてミュースから怒られることを期待したのだが。発言

胸から顔を離し上を向き彼女の表情を窺うと、そこには、頬を桜色に染めた少女の顔があった。


「……それじゃあ、宿屋に、いく?」


「キマシタワー」


「愉快ねぇ」


そこから何も言えなくなった私は体を離し、おとなしくシロと共にカウンターの席につく。

長く続く沈黙が痛い。


「シロちゃん、何か飲みたいものはある?」


気を利かせてくれたのか、おイワさんが沈黙を破ってくれた。


「天然水の水割りで」


「はいはい」


シロの乱入でえらいことになってしまったが、取りあえずさっきの話を進めないと。

これまでの話の経過を彼女にも伝え、試しにミュースと短い旅をしてみると提案する。


「私は反対です。ソラ様の身に何があるか分からないので。後、そりが合いません」


「だから、それも含めて試しにって言ってるんでしょ。大体、この食糧難の原因は、あんたなんだからね」


先程の件で私の身の危険も案じなければいけなくなったが、それ以上に食糧問題を解決できるのならそれに越したことはない。


「むむぅ……」


その点を突かれると、さすがのシロも言い淀むしかないだろう。


「よっし、決まりね。それじゃあ早速出発よ。あ、おイワさん、さっき言っていた面白い場所ってのを教えてくれる?」


皆が納得するまで話し合うより、ここは強引にでも出発すべきだろう。


「この町の西口から出ていけば道が続いているから、そのまま道沿いに行けばいいわよ。ミューちゃんも知っている場所だと思うから、案内よろしくね」


「げ、おイワさん、もしかしてあの場所のことを言ってる?いつも話している、あの?」


「ええ。『名前のない街』のことよ。あ、詳しくは説明しないわよ。着いてのお楽しみってやつね」


名前のない街?これまた、奇妙なことが待って良そうな予感がする。

しかし、そのくらいの出来事があったほうが、この旅にも張り合いが出てくるだろう。


「ぬぐぅ、いびりまくって泣かしちゃる。この泥棒ゴリラめ……」


未だにぶつくさと呟くシロの手を掴み、立ち上がる。


「それじゃあ、ごちそうさまでした」


「ええ、また寄ってちょうだいね」

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