第七話 崩壊

ぎこちない空気の中、エレベーターで一階まで降り、塔の入り口でプセマに話しかける。


「何があったか知らないけど、そういつまでも考え込まないで。これからあなたは好きなように生きていいんだから」


「うん……」


「いつまでも人間が作ったものに縛られていないで。そんな小さいものなんて、この国から一歩出てしまえば吹き飛んじゃうんだから」


「うん、わかった。もう元気出す」


ようやく、彼女は微笑む。


「ソラ様、いつになくお優しいですね」


「私はいつだって優しいでしょ」


「……にゅふ」


妙な間の後、いやな笑いをするワンコ。


「それじゃあ、この国のせいでイライラが募った私にも優してください!」


そう言いながら、シロが私に飛び掛かってくる。


―――ゴインッ!


その巨体を受け止めきれずに後ろに倒れた私は、塔の壁に後頭部をぶつけた。


「いった〜い。あんたねぇ、いきなりなにをするのよ」


「いやぁ、ちょっとした嫉妬というか?この小娘より私の方がソラ様を愛しているという証明をしたいというか?」


なかなか、可愛いところがあるじゃないか。


―――うん?


上から何か、粉みたいなものが降ってきているような。

そう認識した途端、途端に世界が揺れたかのように地響きが起きる。


「ちょ、ちょっと、二人とも、上、うえ!」


プセマが慌てた様子で私の頭上を指差す。

煙の中に、徐々に大きさを増す黒い影がある。


「―――ぶえっ」


「ソラ様、ボーっとしていたらダメですよ!」


「普通は気をつけていても間に合わないわよ」


どうやらスピードスターのシロに助けられたらしい。

しかし、こんな呑気に話をしている場合ではない。

間違いなく、塔は崩れ始めている。頭をぶつけたことが原因だなんて考えにくいが、その暇もない。

この高さだ。塔が崩れているとしたら広域に被害が及ぶはず。

潰される前に急いで逃げなければ。


「よっし、やばい雰囲気だし、さっさとこの国を出ましょう。シロ、お願い」


急いでシロの背中に跨り、プセマに声をかける。


「プセマ、何やっているの!早く乗って!」


「でも、私、思い出して……」


「なにしてるの、早く!」


彼女が戸惑っている理由なんてどうでもいい、話は後からでも聞ける。今ここから一逃げるのが最優先だ。

強引にプセマの手を引き、私の前に跨らせる。

そして、途中で振り落とされないように背中から抱え込む。


「シロ、このまま真っ直ぐに、お願い!」


「了解!」


合図とともに走り始めるシロ。瓦礫が次々に落ちてきているようだが、それらを避けては早さを緩めず進んでいく。

これなら崩壊に飲み込まれる前に脱出できるだろう。

このままいけば問題ないはずだ。

迫る灰色の煙を尻目に、恐怖からか縮こまっているプセマに話しかける。


「プセマ、平気?」


「あ、うん。ちょっと、怖いけどね」


住み慣れた場所からの脱出。

たったこれだけのことでも、彼女には大きな決断だったのだろう。


「でも、二人がいるなら大丈夫。今は恐怖よりわくわくの方が大きいから」


「うん」


どうやらこれ以上の心配は必要なさそうだ。

そして、周囲に注意を払い続けること、少し。


「ソラ様!壁が近づいたので跳びます!しっかり掴まっててください!」


「え?」


聞き返そうとしたが、それよりも早く、後ろに身体が大きく傾く。

そうか、跳んでいるのか。プセマを落とさないようにしっかりしなければ。

風を感じながら宙に浮く感覚、その瞬間。


キンッ。


と耳慣れない金属音が聞こえた。


そして間もなく、少しの衝撃の後に平衡感覚を取り戻す。

やっと、壁を越えたのだ。

だが、油断はできない。煙はすぐそこまで迫ってきている。


「シロ、私たちは大丈夫だから、本気を出して!」


体制が整ったことを合図に、シロに命令する。

途端、前方から身体にかかる圧が急激に増す。

向かい風の中、目を閉じながらも懸命にプセマを抱きながらしがみつく。


―――そしてようやく、安全圏に辿り着いた。


遠くの土煙を眺めながら、シロの背中をたたく。


「シロ、ご苦労様。もう止まって大丈夫だから」


「ふい〜。食後の運動にはちょうど良かったですね」


本気で言っているのなら、なんと頼もしいことか。


「あんたも、お疲れ様……。プセマ?」


手の中に抱えた彼女から返事がない。顔を覗くと、プセマは目を閉じぐったりとしている。


「もしかして、気絶しちゃった?お〜い、起きろ〜」


ペしペしペし。

頬を軽く叩いてみるが、それでも反応がない。

まさか、死んだわけでもあるまいに。


「……ソラ様、ここ、見てください」


「なに?」


シロが指さした先は、プセマの腕に入った一筋の傷だった。

おそらく、瓦礫によって傷ついたのだろうが、気にするべきは。


血が全く流れていないことである。


そして、その傷から無数に絡み合う金属の骨と神経のコードが露呈していた。

いやでも、彼女が何であったかを認識させられる。


「……どうします?」


その言葉に応えるように、私はプセマを背中に抱える。

冷たく、重たいその身体を。


「連れて行くんですか?」


「ええ。こんなところに置いていくわけにもいかないし、せめてもっと落ち着いた場所じゃないとうるさいし。それに、このままちょっとくらい旅をしたっていいでしょ。もしかしたら、急に目覚めるかもしれないし」


あの国の住人が外に出なかった、外に出てはいけなかった理由、壁を越えた時の嫌な音、それらが私に事実を知らしめる。

それでも、あり得ないとは理解しながらも、そんなセリフを吐いてしまう。

だけど、一々こんなことで立ち止まってはいられない。

今も崩壊し続けている塔を背に、歩き出す。


私の旅はまだ、始まったばかりだ―――

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