第五話 夢見る少女
店を出て再度、空気の悪い中で顔を歪めながら歩き出す。
先程よりさらに陰鬱な気持ちを抱え、たどり着いた先は馬鹿でかい建物がある所だった。
「サァ、着きましたヨ。ココであなたたちには働いてもらいマス。仕事についてはそこら辺の誰かにお聞きくだサイ。ソレデハ、終わった頃に迎えにきますのデ!」
何の説明もなしにそれだけまくし立てると、箱はあっという間にいなくなってしまう。
「このまま逃げちゃおうか」
「そうですね」
「おっと、そうはいきませんよ」
いつの間にか背後に現れた、背が高くスーツに身を包んだ人間がそう告げる。
「あなた方が先ほど連絡をいただいた、無銭飲食のお方ですね?」
「私たちは完全に被害者よ」
「犯罪者は誰だってそう言うんです。さぁ、仕事は用意してあるのでこちらへどうぞ」
ああもう滅茶苦茶だ。
「ソラ様、こいつら全員食ってやりましょうか」
隣から唸るような声が聞こえる。一瞬誰の声かわからなかったが、シロのものだと気づく。
「やめてちょうだい。面倒ごとは嫌いよ。それに、あんたも気づいているでしょ?」
周りの濃い煙の中から、いくつもの視線を感じる。
おそらく、見張られている。
「その気になれば、この程度どうってことはありません」
そんな彼女に対して、努めて冷静に真剣に答える。
「頃合いを見計らって出て行くから、それまでの辛抱よ」
「……わかりました」
私の真剣さが伝わったのか、落ち着きを取り戻したシロ。
ほっと一息、人間の後をついて行くと、遂にその巨大な建物に足を踏み入れる。
ここに関しては外見に違わず、金属の内装に見たこともない機械類が所狭しと動いていた。
「ここには有害なガスが発生する場所もあるので、このマスクを着用してください」
「へいへい」
そこからは流されるまま、無心で適当に仕事を進める。
肝心内容は機械の上を流れるよく分からない部品を検品し箱詰めする作業だった。
検品なんてやったことのない私たちに出来るわけもなく、シロと共になんとなく気に入らない物をはじく。
しかし、一時した後、ラインの全体の流れが止まるアクシデントが発生する。
そして、私たちの前に現れた、先程のスーツ人間。
「もう、帰ってください」
やはり、こんなものは適当に限る。
*
「はぁ、やっと終わった」
煙によって時間帯すらもわからない中、仕事を終えた私たちは工場を後にし、この国の出口を探してプラプラしていた。
「まったく、なんだっていうのここは。気味悪いし活気もないし、ついでに強制労働させられるなんて」
「ごはんが味気ないのもプラスで」
一刻も早くここから脱出しなければならないが、つい悪態が口をついて出てしまう。
よくもまあ、こんな環境に耐えられるものだ。
周りに目を向けてみても相変わらず、人間どもは下を見て歩いているだけ。
本当に、気持ちが悪い。
「…ぇ、ねぇってば!」
唐突に大きな声が頭に入ってくる。
「あ、はい」
いきなりのことに、間の抜けた返事をしてしまう。
そこにいたのは、この国の子供だろうか、ちんまい生き物がたっていた。
黒い短髪に大きな瞳。まるで人形のようだ。
「いきなり現れて大声を出すなんて、失礼な奴め」
「さっきから周りをうろちょろしてましたよ」
全く気づかなかったのは、きっとこの淀んだ重い空気のせいだろう。
「その通り。さっきから話しかけているのにちっとも気付いてくれないんだもの」
「ちっさいからしかたない」
「ちっさいからね」
「ちっさい言うな!」
ちっさいわりに、声は大きいな。
「ねぇ、あなたたち、ここの外から来たんでしょ。首輪もしてないし、どう見ても人間には見えないし」
「ええ、その通りだけど、それがどうかした?」
「やった。っと、色々と用があるんだけどここで話すのもまずいから、まずは私の家に案内するわ」
「う〜ん」
見ず知らずの私たちに一体何の用があるというのだろう。
それに、これまでのことを考えると厄介事が待ち構えているようにしか思えない。
「ソラ様、ここは素直に案内されましょう。あわよくば一宿一飯にありつけるかもしれないので。なにより、私の鼻がまたもげそうです」
「……わかった」
さすがの私も室内で休みたい気持ちはある。ここは素直に世話になるのが得策か。
「やった」
そうしてちょこちょこと歩く少女に案内された場所は、またしても黒くて四角い建物だった。
一つ違う点があるとすれば、隣の建造物と連なっており集合住宅のようになっているところだろう。
先ほどのレストランや工場と大きさは違うものの、どうやらこの国の建物はこの形で統一されているようだ。
「さぁ、入って入って」
目の前の扉を抜け、深く呼吸をする。
やはり外に比べると室内の空気はかなり清潔に保たれているようだ。
「ふぅ〜」
モノトーンの質素な内装に必要最低限の家具が揃えられた部屋。
室内を見回すと、ここにいる人間はこの少女だけのようで、ようやく落ち着いて過ごせそうだ。
背後の城に視線を向けると、手で鼻をこすりフガフガしている。どうやら、この国の臭いに余程参っていたようだ。
「あっちに洗面所があるから、そこで洗ってきたら?」
「う〜、そうする」
「あ、あなたはそこのテーブルに座って待ってて。お茶とか用意するから」
部屋の真ん中にある質素なテーブルに誘導される。まだ幼い子供に見えてしまうが、意外と気が利くらしい。
私は指示されるがまま椅子に腰を下ろし、少しの間考え込む。
碌でもないことが重なり、とにかくこの国から出ようとしていたが、肝心の食料をまだ確保できていない。
まともなものなんてないだろうが、それでもこれから先を考えると必要になるだろう。主にシロ用で。
しかし、お金がないとそれも難しそうだ。ちょっとだけ、考えが甘かったかな。
「お待たせ」
ティーカップが載ったトレイを抱えてきた彼女の声に思考が遮られる。
テーブルの上に手際よくお茶やお菓子を並べる彼女だが、その手に、異質なものがついていることに気づいた。
「ねぇ、その手は、どうなっているの?」
「ああ、これのこと?」
そう言って彼女は右の手の平を差し出す。
そこには、何か四角いものが埋め込まれていた。
「これは?」
「ここに住む皆が成長したら付けるものだよ。色々な情報を受け取ったり、これを介して他の人と連絡したりできる機械かな」
そんなものを埋め込まれて、痛くないのだろうか。
「ずいぶんと歪ね。それに、手のひらの形もおかしくなっているじゃない」
埋め込まれた機械の大きさに合わせたのだろうか、掌は身体に似合わず大きく、それに対して指は細いままだ。
「でも、これがないとまともに生きていけないもの」
「そんな大げさな」
「生きるのに必要なお金、情報、コミュニケーションがすべて詰まっているもの」
そんなもの、食事と睡眠で十分だろう。
「機械大国って言っても限度があると思うけどねぇ。観光案内の機械しかり」
「ああ、もしかして二号につかまっちゃった?」
二号?ああ、そういえば自己紹介の時にそんな名前を名乗っていた気がする。
「あのうるさい箱ね。そのせいでもうくたくた」
「あっはは、うるさい箱だって。普段は稼働してないから張り切ったのでしょうね」
そうか、観光案内用の機械なら、誰も来なければやることはないのか。
いや、同情なんてしないですよ。
「あ〜、鼻の奥がパンデミックですよ」
洗面所から戻ってきたシロが鼻をこすりながら戻ってくる。
「狼さんにとってはつらい環境でしょうね」
いや、狼に限らず生き物全般は辛いと思うが。
「さあさあ、お茶とお菓子を用意したので狼さんも座ってください」
「ひゃっホイ」
そこら辺の人間と違って、このもてなしよう。
この国への信頼は地の底に落ちていたが、この空間は悪くない。
いい機会だ。この子にいろいろと質問をぶつけてみよう。
「おおっと、その前に、自己紹介がまだだったね。私の名前はソラ。で、そっちの狼がシロね。よろしく」
「あ、これはご丁寧にどうも。私の名前はプセマと申します。短い間でしょうけど、よろしくです」
プセマ、あまり聞きなれない名前だ。いや、何百年も引きこもった世間知らずが考えることではないな。
「それで、ちょっと質問したいことがあるんだけど、いい?」
「いいよ。ただ、そのあとは私の番だけど」
珍しい観光客への好奇心か、彼女は目を輝かせている。
まぁ、そのくらいは答えよう。
「まずは、そう、あの塔ね。ものすごくでかいやつがあるでしょ。あれってなんのなの?」
この国の核心に触れそうなことを寄り道せずに問う。
「ああ、あれは"不滅の塔"だね。どれだけ時間が経とうとも無くならないものを、造ろうってことで建設されたものらしいよ。あ、今もまだ建造の途中なんだけど」
「まだ高くなるっていうの?」
「うん。と言っても、今、どのくらいの高さか誰も知らないんだよね。建造に関わる一部の偉い人しかわからないとおもうよ」
「う〜ん、何とも言い難いなぁ。そんなもののために、皆、働かされているの?」
「あ、いや、そうじゃないよ。皆、死んでしまうと無になるから、不滅の塔に生きた証を託そうとしているんだよ」
またか。人間はすぐそうやって自分たちの尺度でなんでも語りたがる。それに、託すじゃなくて身を委ねるの間違いじゃないのか。
「しかし、まぁ、それなら何でここの奴らはあんなにも暗いのかねぇ。もっと希望に満ち溢れるもんじゃないの?」
「……それは、目的が逆転しているからだと思うよ。いつの間にか、人間のための塔ではなくて塔のための人間になっているから……」
「アホだねぇ」
「アホですねぇ」
「ごもっとも、です」
この子はそれを自覚している分、まだ可愛げはあるが。
「あの、もう大丈夫?」
「あ、あと、あんたらがつけている首輪が気になるんだけど」
「ああ、これ。これはその、誰も知らないんだよね。物心ついたころには既についていたから」
「いや、親とかに聞けばわかるでしょ」
「……その、よくわからなくて」
あ、いかんいかん。ぶしつけに踏み込んで、また同じ過ちを繰り返してしまうところだった。
「ごめんなさい、そのへんはもういいから。で、あなたも質問があるんでしょ?」
「あ、その、質問というか、頼み事というか……」
もじもじしているプセマ。しかし、何か恥ずかしいことがあるのかと思いきや、彼女はテーブルに手をついて勢いよく立ち上がる。
「私、この国の外に出てみたいんです!」
……。
「出ればいいんじゃない?」
「出ればいいでしょ」
「そんな簡単な問題じゃなくて!二人も見たと思うんけど、入口の黒い門、あそこを出入りすることは許されていないの!」
「あのポンコツからは出入り自由って聞いたんだけど?」
「それは、外からやってきた人だけ。この国で生まれた人は許されていません!」
「それまた、おかしな話ね」
落ち着いたのか、腰を下ろした彼女は冷静に口を開く。
「誰かがこの国に入ってこない限り、あの黒い門が開くことはないの。例えどんなことがあろうとも。だから、この国を出るときに、こっそり連れ出してほしいの」
引っかかる部分が多すぎるし、納得できる話ではない。
が。
「いいよ」
「ええ、不審に思う気持ちもわかり……。今、なんと?」
「だから、別に構わないって言ったんだけど」
迷惑も手間もかからなさそうなので、断る理由もないだろう。
それに、出口に案内してもらえるのなら、こちらとしても都合がいい。
「そんなに安請け合いしてもいいんですか?何かあっても、私はソラ様しか背中には乗せませんよ。尻軽、いやそんな背軽な女じゃないですから」
「いや、そういうのはいいから。ほら、私のもあげるからおとなしくお菓子でも食べてなさい」
「わ〜い」
この忠誠心は嬉しいやら照れくさいやら。
「あの、本当にいいの?迷惑がかかる可能性だってあるし……」
「うるさい。お願いしてきたのはあんたなんだから、素直に受け取りなさいよ」
あれ。なんだか空気が凍り付いちゃったんだけど。
「さすがソラ様、ポリポリ。相手の気遣いに風穴を開けるその恐ろしさ、惚れ惚れします。ポリポリ」
「まるで私が悪いみたいじゃない。ぐすん」
か弱い美少女なんだもん、涙ぐらい出ちゃうよね。
「いやいや!驚いただけで、そんなことは考えてないから!」
そんな真面目に受け取らなくてもいいのに。
「ま、パッと行ってパッと終わらせましょう。なんなら、今からでも決行する?」
「え、いや、心の準備が全くできていないのでもう少し時間をください」
「なんだよ、小心者だな〜」
「ソラ様、食料の準備も必要です」
「あ、そういえば。プセマ、私達は今無一文なんだけど、食糧を確保するっていう崇高な目的があるの。何かいい方法ない?」
藪から棒とはこのこと。彼女にとってはいい迷惑だろう。
「それなら、ここにある備蓄を持って行っていいよ。私も一緒に行くんだからさ」
「それもそうか。あ、腐った肉ってのはなしだから」
「腐った肉?いや、どれも長期保存できるものだから大丈夫だけど」
それはありがたい。長期保存、おそらくはあの時食べた物体と同じようなものだろうが、それでも当面の問題はどうにかなりそうだ。
「ふわぁ〜あ。お腹がいっぱいになったら眠くなりました。そこのちっさいの、私を寝床に案内するがいい」
「ちっさい言うな!……そこの階段登って右手の部屋にベッドがあるから、好きに使っていいよ」
「うむ。あ、ソラ様、いつでも潜り込んできていいですからね。それじゃあお休みなさい」
「ええ」
なんて魅力的なことを提案してくれるのか、この子は。
あのもふもふに埋もれて眠れるのなら、私は死んでもいい。
「ソラさんも寝なくていい?もうこんな時間だけど」
「こんな時間って、外はそんなに暗くなかったと思うけど」
この部屋に入る際も、入国した時の明るさと全く違いはなかったはずだ。ん、同じ?
「外の明るさはいつも人工の明かりで一定に保たれているよ」
「それはびっくり」
もちろん、呆れの意味で。
「それじゃあ、お言葉に甘えて休みましょうかね。じゃあ、モフモフを堪能してくるから。明日はよろしくね」
「こちらこそお願いします」
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