第四話 冷たいテーブル
変わらない景色の中を歩き続け、ようやく目的地に到着したようだ。
案内された場所は今まで視界に入ってきた建物と同じで、黒色の金属で角張っているものだった。
「ココハこの国の一、二番、いや、三、四番を争うお食事処デス!ドウゾお入りくだサイ!」
「言われなくとも」
色々と疑問や文句を投げたいところだが、とにかく今は室内へ避難したい。
そして、一歩踏み出し自動で開く扉を越えると、外見からは想像できない、清潔な木目調の内装が広がっていた。
薄暗い外に比べてほどよく明かりも点いており、空気だって悪くない。いや、むしろ澄んでいるといってもいいだろう。
「ぷは〜、やっと息ができる」
「はぁ、まったく、こんな場所があるんなら真っ先に案内しなさいよ」
「観光の極意はマズ第一にその場所の空気を肌で感じる事にあるのデス!何でもカンデモ甘やかサレタ環境デ過ごした子供にはソレがわからないのデス!」
この国に関しては、それが最も嫌になる部分だと思うけど。
「そんなことより!ご飯!」
ああ、そうだった。
シロの声に目的を思い出し、休憩がてら入り口近くのテーブル席に腰を下ろし、うるさい箱に話しかける。
「さぁ、なんでもいいから、さっさっと用意してちょうだい」
「本当に礼儀のなってないお方デスネ。シカシ、私のこの100TBの広い心で受け止めてあげまショウ!少々お待ちヲ!」
そして奥の方に消えてしまう箱。もしかして、あいつが料理を作るのだろうか。
いや、まさか。金属や燃料が運ばれてくるなんてオチは勘弁だ。
「ソラ様、なんだか周りの視線が気になりません?」
「え?」
入店して初めて周囲に注意を向ける。
確かに、言われてみれば少しだけ居心地の悪さを感じる。
他の席に座る、あの人間どもか。
注視するわけでもなくこちらをチラチラと窺うような態度は全く気に入らない。
「そんなに気になるなら、もっと堂々と見ればいいのに」
「ソラ様が怖いんじゃないですか?」
今時、鱗や角、羽が生えた程度の生き物なんて珍しくもないだろうに。
「こんな美少女をつかまえておいて、どの口が言うか。どちらかと言うと、シロの方が怖いでしょ。狼だし」
「ぼくはわるいオオカミじゃないよ」
そんなくだらない話をしていると、白い服に身を包んだ給仕人のような人間が何かを運んできた。
その後ろからは、うるさい箱も。
「お待たせしました」
落ち着いた口調の人間が、テーブルの上に料理を並べる。
その料理は、この世のものとは思えない複雑な色をした何かだった。
それに、この鼻を衝く異臭。
「この肉、腐ってない?」
「……」
話しかけるも、そのまま無言で立ち去ってしまう人間。大変無愛想、星一つだな。
「もぐもぐ。うむ、なかなか芳醇な香りがしてうま、ウボエェェェ」
明らかに危険信号が発せられているというのに、すぐに料理に手を付けたシロ。
今度は彼女の口から虹がかかる。食べる前にちょっとは考えなさいよ。
「オ客サマ!ナントイウコトデショ、大事な観光客にこんなものを食わせるトハ!店長を呼ベ!訴えてヤル!」
「こんな国、さっさと出ていきましょ、シロ」
「合点承知」
シロの背中をさすりながら話しかける。
まともな飯が食えないのなら、ここに用はない。
「オ待チクダサイ!今スグ代ワリヲ持ッテキマスノデ!」
店から出ようとしたところ、私たちを引き留めキッチンへと消えていく箱。
「どうする?」
私は食事を取らなくても平気ではあるが、それではシロに申し訳が立たない。
出会って短い関係ではあるが、これから長い時間を共にするかもしれないのだ、ここはシロを尊重しよう。
「もう一度だけチャンスを与えましょう。もしダメだったらあの料理人を食べます」
「はは……」
冗談か本気かわからない物言いに乾いた笑いが出る。
頼む、せめて食べられる物を提供してくれ。
「お客様」
さっきよりも明らかに早い時間で、皿を持った料理人ともう一人、別の人間がやってきた。
「久々の外からの客様とお見受けして特別な料理をお出ししましたが、どうやら手違いがあったようでして。ご不快な思いをさせて大変申し訳御座いません」
あれが特別だなんて、陰湿な嫌がらせに違いない。
いや、そんなことより早く料理を出して欲しい。
「代わりにこちらを用意したので、お水と一緒にお召し上がりください。普段私たちが食べているものですが、きっとお口に合うでしょう」
そうして目の前に置かれたものは、形容しがたい白色の四角の棒だった。
「何これ」
「ソコは私が説明いたしまショウ!コレは人間様の知恵が詰まった完全栄養食デス!きっと御二方も満足することデショウ!」
私の眼には食べ物として映っていないのだが。
「ぽりぽり。ソラ様。ぽりぽり。意外と、美味しいですよ。ぽりぽり」
既に口に含み咀嚼しているシロ。その様子を見るに、これは食べられないことはないのか。
ぽりぽり。
う〜ん。
味としては甘いようなしょっぱいような。そこまで不味くはないが、この口の中が渇く感じが気に食わない。
ああ、だから水があるのか。
「シロ。私はもう十分だからこれもあげる」
「ありがてぇ」
まったく、これならその辺の植物を自分で調理したほうが、幾分かマシなものができそうだ。
ぽりぽりぽりぽり。
「サァ、ここらで会計にしまショウ!」
「は?」
カタカタと音がなり、箱の真ん中にある横長の口から一枚の紙が出てくる。
「コレが今回の食事代になりマス!サッサと払ってください!」
そうして紙を渡されるが、ここの通貨だって知らないし、そもそもお金なんて持っていない。
「勝手に連れてきたのはそっちでしょう?用意なんてしてないよ」
「それに、腐った肉を食ったんですよ。そのくらいまけてくれてもいいでしょう」
「ダメデス!コノ国はお金に厳しいのデ、そんな考えは通用シマセン!」
そう言われても、ないものはないのだから仕方がない。
「仕方がありません、ここは私の抜け毛で手を打ちましょう。軽くて保温性もばっちりの逸品です」
何処から取り出したのだろうか、シロの手には大きめの毛玉が鎮座していた。
「なにそれほしい」
「物々交換ナンテ古臭いこともやっておりマセン。出せるものがないのナラ、コノ国で働いて稼いでもらいマス!」
「え〜」
面倒くさいことこの上なし。
少しだけ脅してみようか。
「おうおうおう。腐った飯にロクでもない食べ物を提供しておいて金を取ろうとは、随分といい度胸をしているじゃねぇか。出るとこ出てもええんやぞ」
しかし、あれだけうるさかった目の前の箱は急に黙り込み、唐突に勢いよく右腕を上に挙げた。
それを合図に、店員らが一斉に、目にも留まらぬ速さで、銃を、こちらに構えた。
「ソラ様、こいつら、殺しますか?」
「やめときましょ。騒ぎになって面倒なことになっても嫌だし」
私たちは素直に両手を挙げる。
「賢明な判断デス!ナァニ、大丈夫デス!赤子でもできる仕事を用意しマスので、ついてきてくだサイ!」
「まったく、観光客相手に働けなんて、どうかしてるわ」
「この国の仕事を体験する貴重な経験となりマスヨ!」
食べ物を求めて立ち寄っただけなのに、まさかこんなことになるなんて。
「はぁ、やるしかなさそう」
「ソレデハ、張り切って参りまショウ!」
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