第三話 カラクリ国

「お゛え゛ぇ〜」


私の口に虹がかかる。ようやく、あの地獄の時間が終わったのだ。

どうやら、森を抜け広い平地に出たようだが、今はそれどころじゃない。


「お、この虹、八色ですよ。縁起がいいですねソラ様」


「……ぜぇ、ぜぇ。あんたねぇ、少しは申し訳なさそうな雰囲気を醸しなさいよ」


「自分、不器用ですから」


やだ、かっこよくない。


「それよりもアレ、見てくださいよ」


「は?」


シロが指差した方向を見てみる。

う〜ん?なにか、遠くに白いもやが見えるな。


「あのモヤモヤがどうかしたの?まぁ、あそこだけ霧がかるなんて妙な気がするけど」


「違いますよ、もっと上です。うえ」


うえ?吐き気をこらえるのに忙しいってのに、上を向くだなんて。

一体何があるというん、だ。


———そこには、黒い何かが伸びていた。

根元はもやに覆われ、そこから伸びたそれは空を突き抜けるほどに高い。


「なに、あれ」


「多分、建造物じゃないですか?ほら、あそこら辺から金属音みたいなものが聞こえてきますし」


耳を澄ましてみるが、特にこれといった物音は聞こえない。シロは狼らしく、耳がいいのだろう。


「う〜ん、少し気になるし、とりあえず近くまで行ってみる?」


「御意御意」


「御意は一回」



あそこに、誰かいるかもしれないと思い、目的を定めた私たちは土肌が露出した平地を歩く。

そして、あの場所により近づくにつれて、シロが言っていた金属音が耳に入り嫌な臭いが強く鼻を突き刺す。

このもやの正体は霧ではなく、どうやら何かの煙らしい。


「シロ、あんたの鼻は大丈夫?」


「ええ゛、このぐらい、問題あ゛りまぜんとも。ズビッシュ!」


鼻水を垂らしてくしゃみを連発させているのに、どこが問題ないんだ。


「そんなにきついのなら引き返してもいいのだけれど」


「ぬぐぅ。しかし、食料を確保しなければこの先大変ですワン」


そう、私が一日中、齧られないためにも、食糧確保は喫緊の課題である。


「よし。それじゃあ、ちょっと急いで進むか」


「また乗っていきます?」


「お断りいたす」


今度は虹だけじゃ済まなさそうだ。

なんてことを考え、周囲の景色が白い煙に包まれた頃。


突然、白い煙の中から黒い門が現れた。


「もしかして、ここが入り口?」


「それにしては、えらく殺風景ですね」


固く閉ざされたその金属製の門は、外部のものを拒んでいるかのように冷たく佇んでいる。

これは、あまり関わらない方が良い場所かもしれない。

しかし、どうするべきか二の足を踏んでいると、継続的に鳴っている金属音とは別に、すぐ近くでガキンと音が響く。


「あ、ソラ様。門が開き始めましたよ」


「嘘でしょ?」


なんだか、面倒くさいことが起こりそうな予感。

そう思い、踵を返そうとした瞬間、あちらから甲高く間抜けな声が聞こえる。


「ヨウコソ、カラクリ国ヘ!」


そこに現れたのは、四角い箱に手足が生えた生き物だった。……生き物?


「オオ、なんということデショ!久方ぶりのお客さまデスネ!」


なんともまぁ大げさな仕草で両手を広げ、それは私たちの周りをうろちょろしている。

本当に嫌な予感しかしない。ここは素直に引き返すべきだろう。


「クンクン、ぶへぇ、くさい。こいつは食えたもんじゃないな」


「マ、ナント失礼ナ!そこら辺の味オンチに私の価値はわからないのデス!」


「シロ、何やってんの。さっさと行くよ」


シロは無謀にも、その鉄の塊を食べようとしている。

お腹が空いているのはわかるが、さすがに無理があるだろう。


「それが、ソラ様。このまま何も食べずに次の場所を目指そうとすれば、確実に自我が崩壊してしまう自信があります。ソラ様かじり狼になってもよろしいでしょうか」


「よろしくない」


それは困る。ここに留まるのも困るけど、僅差でそちらの度合いが大きい。


「……はぁ、仕方がない。食料を確保したら、すぐに出て行くわよ」


「ドウヤラ、話は済んだようデスネ」


「ええ。それよりも、あんたは一体何者?あと、ここは本当に国なの?」


確か、カラクリ国とか言っていたけど、こんなところに誰かが住んでいるのだろうか。


「オオット、申し遅れマシタ。ワタクシ、コノ国の観光案内を担当しておりマス、機械仕掛けの二号と申シマス。ソシテココは、何を隠そう技術溢れる機械大国なのデス!煙たいところはゴ愛嬌デス!」


やはり、この絶え間ない金属音と煙を生み出している元凶はここで間違いないようだ。


「ササ、こんなところで立ち話もなんデスから、門の中にお入りくだサイ」


「閉じ込められたりしないでしょうね」


「失敬ナ!ココは観光客にとっても優しい国なのデス!いつでも気軽に出入りは自由デスよ」


それなら、こんな重厚な門を建てる必要もないと思うのだが。


「ソラ様、ご安心ぐだざい。このくらいの壁、私の足でびどっとびでじゅる」


「……うん、シロの体調も心配だし、早く行くとしますか」


「鼻水以外、問題なじ」


そうして門を通ると、そこにはどこか寂しい景色が広がっていた。

灰色の石畳に黒い建造物が立ち並ぶ面白みのない街並みに、煙はより濃く、匂いは強く、頭がクラクラしてしまいそうだ。


「ねぇ、この煙はなんとかできないの?」


「ソレハモチロン、できません。ナゼナラ機械が生きているからデス!コノ煙はいわば、機械の排泄物なのデ!」


そう思うと途端に気持ちが悪くなってきた。

それに、ここの雰囲気は全体的に薄暗い。

そして極めつけは。


「さっきからすれ違ってるのは、人間?」


先がよく見えないモヤから急に現れる生き物に戸惑いながらも前に進む。


「エエ、その通りデス!私達、機械を創造された偉大なお方達デス!」


「う〜ん」


見た目は人間。

しかし、皆、首に変な輪っかをつけており、なぜか自分の手のひらを眺めながら歩いている。

この国特有の宗教や習慣なのか、とにかく、その鬱屈とした雰囲気に息が詰まりそうだ。


「それより、シロ。さっきから無口だけどどうしたの?」


「……臭くて話せないッス」


鼻を抑え口を閉じ、苦しそうにしているシロ。どうにかしなければ、そろそろ限界が近づいている。


「ソレナラ、休憩ができる場所に案内しまショウ!アア、コノ気の配りよう、ヤッパリ私は最高傑作のロボットなのデスネ!」


「あ〜はいはい。さっさと案内お願いね」

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