第二話 初めての仲間

歩くこと丸一日。

変化のない景色の中、ただひたすら歩いて辿り着いた先には、行く手を阻む高い山がそびえたっている。

しかし、傾斜が急な訳でもなく、木々の隙間を縫えば進めないこともなさそうだ。

そう、諦めかける心に気合を入れるため、頬を一叩き。

なるべく緩やかな坂を探し、そこから深い森に入って行く。

まぁ、なんとかなるでしょ。



どのくらい歩いただろうか。

すでに方向の感覚はなく、進んでいるのか、それとも戻っているのかもわからない。

なにより、日の光がほとんど届かない鬱蒼とした雰囲気が、私の気分を落ち込ませる。


「そう、レタスは光を浴びないとしおれてしまうのです。って、誰がレタスやねん!」


ねん、ねん、ねん……。

テンションを上げようと思いきや、森にこだまするその声が余計に寂しさを漂わせる。

決めた。このまま何処かに辿り着いたら、まずは道連れを探そう。私にツッコんでくれる仲間を。

と、その前に。


「ふぅ、休憩にしよう」


都合よく横たわっている倒木に腰を掛ける。

体力的には問題はないが、いかんせん、精神的にきついものがある。

ツバサが来る前は何百年の孤独も平気だったのに、まさかこんなに弱っていたとは。


「ああ、天から美少女とか降ってこないかな〜」


ガサガサッ。

はっ!目の前の草むらが揺れている。

空からではないが、まさか、本当に美少女が現れるのか!?

と、そんな願いも空しく、現れたのは私の身体の二回りも大きい狼でした。

……あれ、狼ってあんなだったっけ。

四足歩行で灰色の毛皮に包まれているのは間違いないのだが、赤色の長い髪に胸と腰には布が着用されている。

メスの獣人のようなものだと勘繰るも、その知性を失った野生丸出しの姿に警戒心が高まる。


「オレサマ、ハラヘリンコ。クイモノ、クレ」


喋った。やはり、すごく頭は悪そうだけど。


「食べ物、自分の分しかない。まぁ、私は別に食べなくても平気だけどね」


「グヌヌ、ショウネノワルイヤツメ。ソレナラ、オマエ、マルカジリ」


そして目にも留まらぬ速さで狼にガバッと押し倒された私。


「私、野菜だから口に合わないと思うよ」


ナイスジョーク。

ガジガジ。

……イタタタタタ。

首元を齧られる。私の防御力が高いことは証明済みなので慌てないが、痛いものは痛い。

いや、それよりも、相変わらずスルーされるジョークによるダメージの方が大きいのであった。

私には笑いのセンスがないのだろうか。

ガジガジ。

つーか、いつまで齧ってるんだ。


「はぁ、私なんておいしくないでしょ。ほら、干し肉あげるから離れなさい」


「ウマウマ。カメバカムホドウマミアフルル」


「まじで」


長年の生活で出汁でも染みついたのかな。そう思い、自分の腕を吸ってみる。

う〜ん、無味。

はっ、いかんいかん。こんなシュールな絵面のまま過ごすわけにはいかん。

私は強めの力で狼を突き飛ばす。念のため、かまれた個所を確認するも、首筋には少しの傷もない。


「ほれ、干し肉じゃ。ありがたく食らうがよい」


同じ悲劇が起きないように、素早く干し肉を狼の前に放り投げる。


「ウマ、ウママッ」


ふぅ。まったく、余計な体力を使ってしまったじゃないか。

少しだけ、気は紛れたけどね。

……。

お、食べ終わったか。


「愛溢るる施し、感謝いたします」


「え?」


いつの間にか狼の目に生気が宿り、彼女はシャキーンと四足から二足になる。


「空腹で今にも倒れそうなとき、現れた一筋の明光。この御恩は一生忘れ———」


「ちょちょちょ、ちょっと待って。え、何があったの?」


先ほどとは打って変わって流暢に話しだす狼。食糧欲しさに演技を?いや、それなら始めから丁寧にお願いすればいいだけだろう。


「ああ、これは失礼いたしました。実はワタクシ、極限まで空腹になると知能が下がってしまうのです」


下がると言っても限度があるだろう、限度が。にわかには信じがたいため、ここはひとつ、ジャブを打ってみる。


「逆さにすると軽くなる生き物は?」


「そんな生き物いるか!」


よし、賑やかしだ、コイツを連れて行こう。


「合格だ。ねぇ、キミ。私は今、旅をしているんだけど、一緒についてくる気はない?」


あれだけ丁寧に礼を言ったんだ、今の彼女は私に相当な恩義を感じているに違いない。

しかし、これに対して悩む様子もなく。


「ええ〜やだな〜」


おい、さっきの御恩はどこにいったんだ。

いや、まぁ、いいか。

残念だが、これから先、いくらでも出会いはあるはずだ。

ここは先を急ぐとしよう。


「しかし、ワタクシのこの美貌とずば抜けた知能が必要だとする気持ちもわかります。それに、丁度退屈していたところだったので、どうしてもと言うのであればやぶさかでは、あれ?」


何か言っているようだが、ついてこないのなら用はない。闇が深くなる前にできるだけ距離を稼がないと。


「待ちなさい。狼の話は最後まで聞くべきです」


一瞬の出来事。いつの間にか目の前に彼女が立ち塞がっている。


「ええっと、どこまで話したっけ。あ、そうだ、別にワタクシがしたくてお供するだけなんだからね!…あれ、これであってる?」


ううむ。正直、連れていくか悩みどころだ。

ここは深く考えずに流れに身を任せよう。


「はぁ。まぁ、行く当てのない旅だけど、よろしくね」


「お願いしもす。ワタクシ、名をヴァイス・ブランシェと申します。親しみを込めて、シロとお呼びください」


無駄にかっこいい名前だな。

なんだか腹が立ってきたぞ。

しかし、なんと驚くべきことか、今の私には名前があるのだ。


「私の名前はソラ。畏敬の念でソラ様と呼ぶがいい」


自分の名前を名乗れるなんて、気分が良い。


「ソラ様。いい名前だ」


「でしょ」


その通り、いい名前なのである。


「それで、ソラ様は何処に向かわれるのでしょうか」


「あっち」


そう言って、適当な方向を指さす。


「そちらに進んでも、森が深くなるだけですよ?」


「あれ、もしかして、この辺りに詳しかったりする?」


「ええ。この程度の山、ワタクシの敵ではありません」


なんと心強いのだろう。ここは一つ、シロに任せてみるか。


「じゃあ、とりあえずこの森を越えられるよう、道案内よろしく」


「かしこまり!」





「はぁ」


あれから何度、ため息をついたのだろうか。

シロに道案内を頼んで少し。

たった少しの間に四足歩行になること二回。そこら辺のよくわからないものを食べておかしくなること四回。齧られること十回。

どうやら、シロの燃費は思った以上に悪いらしい。


「にゃ〜ん」


「いや、にゃ〜んじゃないから。いい加減、拾い食いはやめなさい」


「すまないにゃん。お腹減っちゃってたにゃん」


これはさすがに、私をからかうためにわざとやっているのではないだろうか。


「まったく、そんな調子じゃいつまでたっても森を抜けられないじゃない」


「いやいや、私一人ならすぐに抜けられますにゃん」


「そうなの?」


ということは、私が足手まといになっているということか。


「お腹が空いてなければ、二足歩行のソラ様を背中に乗せてひとっ跳びなんですが……」


なるほど、その手があった、のか?

そう疑い、シロの瞳をじっと見つめる。

その真っ直ぐで濁りのない輝き、どうやら嘘はついていないようだ。


「しかたない、ここにある全ての干し肉を食わせてやろうではないか」


「やりぃ」


まさかこんなに早くなくなってしまうとは。さらば、思い出の干し肉。


「ねぇ、ちょっと質問してもいい?」


「なんでガフッ。なんでしょう」


勢いよく食べ始めたシロに、気になっていたことをぶつけてみる。


「シロは私と共に、どこまで一緒にいてくれるの?」


いくら飢えていたとはいえ、干し肉だけで彼女を懐柔できるなんて思ってはいない。この森を抜けた途端におさらば、なんてこともあり得る。


「もちろん、死ぬまで」


「嘘でしょ?」


「うそじゃないですよ。食べ物と仲間、ワタクシにはそれだけで充分です」


う〜む。信じきれない部分もあるが、本人がそう言うならこれ以上疑っても何も出てこないだろう。


「あと、ソラ様からは何か、懐かしい匂いがします」


「は?匂い?」


自分の身体をチェックしてみるが、特別何か匂いがするわけではない。

むしろ、フローラルで私が歩いた後にお花畑ができそうないい香りがする。うん。


「とにかく、ソラ様は私の命を救った恩人でもあるので、一生、付き従っても構わないと、そう思っています」


「わかった。その言葉、信じるからね」


なんとも不思議な縁があったものだ。


「ケプッ。ごちそうさまでした」


って、早いな。


「準備完了?」


「デザートがまだです。齧らせてください」


「……ことわる」


「じゃあ力尽くで」


ガジガジ。

左腕の鱗のない部分を、齧るというよりは骨を舐るように食む彼女。少しだけくすぐったい。


「ふぅ、満足満足」


「さぁ、もう十分でしょ。ささっと連れて行ってちょうだい」


こころなしか表情がキリリとしたシロを急かす。これで大したこともできなければ毛皮をひん剥いてコートでも作ってやろう。


「承知した。振り落とされないように、しっかりと掴まっててくださいね」


四足歩行になったシロの大きめの背中に跨ってみる。

……こっ、これは、もっふもふだ!

そのもふもふ感たるや、天使の羽で作ったベッドですら敵わない。

もはや掴むどころか、埋もれるようにしがみついてしまうほどの心地よさ。それほどの魅力が、このもふもふにある。


「あの〜、準備はいいですか?」


「ええですよ〜」


なんて夢の時間は束の間、シロの提案に乗ってしまったことを、激しく後悔するのであった。


「じゃあ、跳びますよ〜」


スタートの態勢を整えるシロ。はっきりと記憶に残っているのはそこまでだった。

あまりの速さと衝撃で、周りの風景が溶けていく。

息もほとんどできず、上下左右に揺さぶられる。

あっという間に、私たちは森の闇を抜け光に包まれた。

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