6
目が覚める。
外はもうすっかりオレンジ色だ。
ぐうぅ。
お腹が鳴る。この音を聞くのは決まって寒い暗闇の中だった。
でも、今は違う。夕時に漂う料理の香りが無性に愛おしい。
ああ、自分の中の何かが、壊れてしまいそうになる。
駄目だ。私が安らげる場所はこの世にあってはいけないのだと、自らを奮い立たせる。
そうしないと、私は私でなくなってしまう。
コンコン。
ノックの音が私を現実に引き戻す。
しかし、返事をする前に扉が開く。果たして、ノックした意味はあるのだろうか。
「飯の時間だ!」
うるさい。
何か応じる暇もなく、身体を抱えられる。
まるで、感情を持つ人形になった気分で、またもや鬱の底に沈んでしまう。
「どうよ、この豪華さ!ただ肉を焼いただけだけど!」
ああもう、悲しみに浸る暇すら与えてくれないのか。
「さぁ、もりもり食べてビシバシ元気になろう!」
席につかされた私に、どんどん料理がよそわれているようだ。
どのようなものかは分からないが、悔しいことに匂いだけで食欲が増してくる。
もういいや、色々となされる前に食ってしまえ。
「お、ふふん。じゃあ、私もいただきます!」
何を食べているかは分からないが、手当たり次第に口に放り込んでいく。
悔しいけど、うまい。
大さっぱな味付けが、今の私には丁度良い。
心が、溶かされそうになってしまう。
身体を癒そうとすると、心まで癒されそうになってしまう。
このままでは、許されなくなってしまう。あの人達に。
そうした胸の内でのせめぎ合いが大きくなるにつれ、あれだけ美味しかった料理の味も薄れていった。
そして、食事を終え久しぶりに腹が満たされた後、また彼女のくだらない話が始まる。
「ねぇ〜、いつまで意地を張っているつもり?ここにはもう何もないんだからさ、エンジョイしたって良いでしょ〜」
ようやく、まともに声が出せそうだ。
「この際だからいっておくけど、私はあなたと慣れ合うつもりなんてない。感謝はするけど、それ以上を求めるなら、私はすぐに出て行くから」
「そしたら全力で阻止するのみよ。絶対に離さないからね!」
わかっていた、こいつには私の話なんて通じないことを。
「ねぇ、そんなに意地を張ってないで、もっと素直に会話しようよ。深い話でも、軽い話でも。じゃないと、私もあなたもどうするべきか分からないでしょ?」
「…どうして、あなたはそこまで私に執着するの?道端に転がっているゴミなんて、拾っても良いことなんてないでしょう」
なんだかんだ、一番気になっていたことを質問してみる。
「ツバサ、あんたの目は節穴ね」
「見えないんだから、仕方ないじゃない」
「違う、ガワじゃなくて中身の話。黒くて重いものを抱えている、今のツバサは英雄や勇者よりも価値がある」
話せば話すほど訳が分からなくなる。
英雄?勇者?
それに、こんなにも暗くてメランコリックな私に、どれほどの価値があるというのか。
「信じられない?でも、これは紛れもない真実よ。私、ツバサの口に付いている食べカスが見えるくらい、私の眼はいいんだから」
「っ!?」
慌てて口元を拭う。
「とにかく、私は好きでやっていることだし、ツバサだって身体を治した方が都合がいいでしょ」
それは間違いない。
「でも、余計な干渉はしなくていいでしょ…」
「慈善事業をやっている訳じゃないからそのくらいは勘弁してよ。治療費と思って受け入れてください」
「…そうね」
もう、歯向かわない方がいいだろう。そうしないと余計面倒くさいことになってしまう。
きっとこれは、人の心を捨てきれない私の弱さなのだろう。
「ま、ほどほどにしとくから、これからもよろしくね」
私にとっては、ほどほどで済むなんて思わないけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます