目が覚める。

外はもうすっかりオレンジ色だ。

ぐうぅ。

お腹が鳴る。この音を聞くのは決まって寒い暗闇の中だった。

でも、今は違う。夕時に漂う料理の香りが無性に愛おしい。


ああ、自分の中の何かが、壊れてしまいそうになる。

駄目だ。私が安らげる場所はこの世にあってはいけないのだと、自らを奮い立たせる。

そうしないと、私は私でなくなってしまう。


コンコン。


ノックの音が私を現実に引き戻す。

しかし、返事をする前に扉が開く。果たして、ノックした意味はあるのだろうか。


「飯の時間だ!」


うるさい。

何か応じる暇もなく、身体を抱えられる。

まるで、感情を持つ人形になった気分で、またもや鬱の底に沈んでしまう。


「どうよ、この豪華さ!ただ肉を焼いただけだけど!」


ああもう、悲しみに浸る暇すら与えてくれないのか。


「さぁ、もりもり食べてビシバシ元気になろう!」


席につかされた私に、どんどん料理がよそわれているようだ。

どのようなものかは分からないが、悔しいことに匂いだけで食欲が増してくる。

もういいや、色々となされる前に食ってしまえ。


「お、ふふん。じゃあ、私もいただきます!」


何を食べているかは分からないが、手当たり次第に口に放り込んでいく。

悔しいけど、うまい。

大さっぱな味付けが、今の私には丁度良い。

心が、溶かされそうになってしまう。

身体を癒そうとすると、心まで癒されそうになってしまう。

このままでは、許されなくなってしまう。あの人達に。

そうした胸の内でのせめぎ合いが大きくなるにつれ、あれだけ美味しかった料理の味も薄れていった。


そして、食事を終え久しぶりに腹が満たされた後、また彼女のくだらない話が始まる。


「ねぇ〜、いつまで意地を張っているつもり?ここにはもう何もないんだからさ、エンジョイしたって良いでしょ〜」


ようやく、まともに声が出せそうだ。


「この際だからいっておくけど、私はあなたと慣れ合うつもりなんてない。感謝はするけど、それ以上を求めるなら、私はすぐに出て行くから」


「そしたら全力で阻止するのみよ。絶対に離さないからね!」


わかっていた、こいつには私の話なんて通じないことを。


「ねぇ、そんなに意地を張ってないで、もっと素直に会話しようよ。深い話でも、軽い話でも。じゃないと、私もあなたもどうするべきか分からないでしょ?」


「…どうして、あなたはそこまで私に執着するの?道端に転がっているゴミなんて、拾っても良いことなんてないでしょう」


なんだかんだ、一番気になっていたことを質問してみる。


「ツバサ、あんたの目は節穴ね」


「見えないんだから、仕方ないじゃない」


「違う、ガワじゃなくて中身の話。黒くて重いものを抱えている、今のツバサは英雄や勇者よりも価値がある」


話せば話すほど訳が分からなくなる。

英雄?勇者?

それに、こんなにも暗くてメランコリックな私に、どれほどの価値があるというのか。


「信じられない?でも、これは紛れもない真実よ。私、ツバサの口に付いている食べカスが見えるくらい、私の眼はいいんだから」


「っ!?」


慌てて口元を拭う。


「とにかく、私は好きでやっていることだし、ツバサだって身体を治した方が都合がいいでしょ」


それは間違いない。


「でも、余計な干渉はしなくていいでしょ…」


「慈善事業をやっている訳じゃないからそのくらいは勘弁してよ。治療費と思って受け入れてください」


「…そうね」


もう、歯向かわない方がいいだろう。そうしないと余計面倒くさいことになってしまう。

きっとこれは、人の心を捨てきれない私の弱さなのだろう。


「ま、ほどほどにしとくから、これからもよろしくね」


私にとっては、ほどほどで済むなんて思わないけど。

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