食事が終わった後、緑色に寝室のベッドに運ばれ、少しでも早く回復するように目を閉じ眠りを待つ。

しかし、そんな様子など御構い無しに彼女は話を続ける。


「ねぇ、君の名前はなんていうのかな?」


少しは黙ってくれるといいのに、そんなどうでもいいことを口にする。

しかし、しつこく尋ねられるくらいなら、ここは素直に答えた方が良いだろう。


「…ツバサ」


「ツバサか。いい名前だね」


いい名前なものか。何処にも飛べはしないのに。


「呼び方は何がいいかな。ツバサちゃん?それともツバサきゅん?」


「別に、なんだっていい」


「じゃあツバサてゃゅんで」


「…呼び捨てでいい」


声を出すにも体力を使うというのに、調子が狂う。


「キャッホイ。で、ツバサには一体何があったのかな?」


いきなり呼び捨て。そしてこのデリカシーのなさ。


「話すことなんて、なにもない」


こんな奴には、このくらい突っぱねた方が良いだろう。


「そう…。じゃあ、寝るしかないね」


放っておいてくれるのか、それはありがたい。

しかし、こいつはそんな単純な生き物ではなかった。


「話をしてくれないので、私が一方的に話します」


放るつもりは、毛頭ないらしい。

そして、くだらない話が始まる。


『飛べない生き物』

著:私


昔々のあるところに、一匹の生き物がいました。

それは、無謀にも空を飛ぼうとする、飛べない生き物でした。

周りから馬鹿にされ、虐められた生き物は、それでも諦めません。

ある時は高い所から飛ぼうとし、ある時は両手に自作の羽をつけて無様に振り回しました。

それでもまだまだ空は遠いままです。

そんなある日のこと、一匹の親切な生き物がこう言いました。

「君にこれを貸してあげよう。何でもできる魔法の箒だよ」

「空も飛べるの?」

「もちろん」

それを聞いた僕は、跳びはね喜びました。

親切な生き物に感謝し、早速箒にまたがり念じました。

空を飛びたい。

するとどうでしょう。なんと、箒が浮き上がり空を自由自在に駆け巡ったのです。

しかし、喜びも束の間、違和感が心を覆いました。

僕が望んだのはこういうことじゃない。ただ、自分の力で飛びたかったのだと。

落胆とともに落ちた僕は、親切な生き物に箒を突き返しました。

その時の悲しそうな顔は今でも忘れることができません。

そして、ついに僕は一人ぼっちになったのです。

でも、諦めません。

何度もあらゆる方法で挑戦しました。

しかし、夢は叶うことなく、限界を迎えた僕は死にました。

と思いきや、暗闇に包まれる中、奇跡が起きました。

なんと、僕の体が宙を浮き始めたのです。

やった。やっと、夢が叶った。

そうして、僕は心行くまで、空を飛び回りました。

おしまい。


「…ふぅ。どう、面白かったでしょ」


「…最悪」


こんな状態なのに、どうしてそんな後味の悪い話ができるのだろうか。

正直、神経を疑ってしまう。


「いい話だと思うんだけどなぁ」


気分を悪くした私は、さっさと眠りにつこうと努力するが、傍にある気配が遠ざかることはない。

堪えかねて、寝室から出ていくように促す。


「少しだけ、休ませて」


「…そっか」


助けてもらっているのに、この言い方は自分でも卑怯だったと思う。

だけど、今の私には誰かに構えるほどの余裕なんて持ち合わせていなかった。

そして、扉の閉まる音だけが、寂しく響いた。

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