ああ、ほとんど眠れなかった。

いつものことだけど、いつまでたっても慣れやしない。

そういえば、ここは。そうか、誰かに助けられたのか。

でも、長居はできない。

生きている人のもとに、死人が留まることなんてできない。

傷つき、衰え、景色を色の塊程度にしか認識できなくなった視力と、僅かな感覚を頼りに立ち上がろうとする。

そして力を込めた瞬間、左前に身体が傾き倒れてしまった。

左足が、短い。

ああ、ここまでやってくれなくてもよかったのに。

これじゃあ、一人で歩くことすらままならない。


「大丈夫!?」


扉が開く激しい音とともに、視界に緑色が飛び込む。

この人が今まで世話をしてくれたのだろうか。

じゃあ、はっきり言ってやらないと。


「助けてくれて、ありがとう。それじゃあ」


聞こえてるかどうかわからないけど、そう言い残して這ってでも出口を目指そうとする。


「おバカ。そんな状態で何処に行こうっていうの」


「放っておいて」


「あんたの都合なんぞ知らん。どうしても行くって言うのなら、私を超えていくがいい」


目の前に緑と肌色が横たわる。

もしかして、横になって邪魔をしているんだろうか。

なんて幼稚で馬鹿なこと。


「名付けて、レタス高原。さぁ、このナイスバディに溺れるがいい。って、誰がレタスやねん」


今の私じゃ、こんなふざけたものでも進めなくなる。

左腕もない私には立ち上がるのも難しい。

悔しさと諦めの念が、私を襲う。


「ほら、とりあえず朝飯にしよう。出ていくなら、お腹を満たした後ででもいいでしょ」


情けなさで意地を圧し折られた私はその場に停止する。

すると、目の前の緑色が動き出し、私をいとも簡単に抱え上げる。


そのまま別室へと運ばれると、何か懐かしい香りがする。遠い彼方の記憶に残る、まともな家庭のにおい。

リビングだろうか、椅子に座らされた私は他人事のように考えている。


「おまたせ」


目の前に置かれたのは、恐らくだがスープのようなものだろう。


「食べさせてあげようか?」


私は手探りで食器を握り、自らで食すと意思表示をする。

それほど、誰かの優しさが鬱陶しい。

生き残るつもりなど毛頭ないが無意識に私の手は動き、スープを掬い口に運んだ。


「どう、おいしい?」


温かい。

感じるのはそれだけ。

だけど、それだけで満たされる。


「泣くほどおいしかった?」


そう言われ、慌てて右手で目の周りを触れ確認する。

確かに、濡れた感触がある。


「ムハハ、カラダの方は正直じゃのう」


こいつの言うことは一々癇に障る。

しかし、もう少しの辛抱だ。この緑色が私を生かそうとするのなら、死に赴くためにここから抜け出す体力が必要だ。

そう意気込み、震える手で皿を持ち上げ、口をつけ一気に流し込む。


「堕ちたな」


何か言っているようだが、気にしない。

もう少しの辛抱。

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