第八話 衝突
朝食の準備をしていると、寝室の方から耳慣れない音が聞こえる。
様子を見ようと扉に近づいたところ、意外にもツバサが顔を出した。
「おはよう!」
「おはよう」
これには挨拶のテンションも上がるというものだ。
片足でふらつく彼女を支え、いつものように食卓へ。
「さぁ、今日の朝食はシェフの気まぐれ風気まぐれです。いっぱい召し上がれ」
そして、できあがった料理を彼女の前に並べる。
メニューは気まぐれな食材に気まぐれな味付けで煮込んだもので、味の保証は一応ある。
「いただきます」
素直に手をつけるのかと思いきや、そこで動きが固まってしまうツバサ。変な顔してるなぁ。
「どうしたの、そんな神妙な顔をして」
「いや、あなたって、どんな生き物なのかなって思って」
「どんな生き物って、私は私だけど」
それ以外にどう答えろというのだろう。
「それもそうだけど、もっとこう、種別とかあるじゃない?」
種別、しゅべつ、シュベツ、キャベツ…。レタス、いやいや。
「ないね」
「え?」
「そんなものはない。ツバサだって、そうでしょ?」
「いや、私には人間っていう…」
「ああ、人間ってあの不自由な奴らね。って、ツバサもそうだったの?」
なるほど、通りで。
「そうか、だったらそんなくだらないことを質問するのも頷けるな。でも、私は私。それ以外には何もない、種別なんていらない。人間だって、人間という型にはまった生き物に過ぎない」
「ごめんなさい、よく、理解できない」
「まぁ、そうでしょうね。……ねぇ、こんな話知ってる?」
「……どんな、話?」
「ちょっとした昔話。生き物の根っこの部分、生命はみんな一緒で、進む道によって姿形や生き方を変えるって話」
そういえば、この話を聞いた時もこんな感じだったっけ。二人で向かい合って。
「聞いたこともない……」
「でしょうね。形や生き方を縛る人間にとっては不都合でしょうから」
ああ、ほら、また考え込んじゃった。
「もう、本当に真面目なんだから。こんなに自由に生きていい場所があるんだからさ、あれこれ考えずに好きにしていいの!」
返事はなし。
「ほれ、もういいからお食べ。じゃないと冷めてしまうよ」
「……ええ」
せっかく近づいたと思ったのに、また離れてしまった気がする。
私とツバサには考えのズレがあることは百も承知だ。それでも、わざわざ自分を偽って上辺をなぞるなんてつまらないことはしたくない。
例え離れたとしても、それはそれでいい。
ただ、もっと本心でぶつかり合いたいのだ。
焦っても仕方ないのだろうが。
*
……ツバサの様子が若干おかしい。
昼頃から気にはなっていたが、いつもの冷静さもなくそわそわしている。
最近はこの生活にも慣れてきたと思っていたが、昨日のアレが原因か。
まぁ、そもそも彼女はここに住むつもりなんてなかったのだろう。
「ここから、出て行くつもり?」
その言葉を発した途端、ツバサがこちらに勢いよく視線をよこす。
おっとぉ、いい驚きっぷりだねぇ。
しかし、勝手に出て行くことは許さないのだよ。
「あのさぁ、そんな思いつめた顔をして外をチラチラみてたらさすがに私でも気づくよ。朝食の後からでしょ、考えていたのは。別に出て行くなとは言わないけどさ、理由も話さないなんて、ちょっと失礼なんじゃないかな」
「話せば、いいの?」
「まぁ、内容次第だけど。でも、それ以上にただ知りたいって気持ちの方が強いけどね」
———そうして伝えられた話の率直な感想は。
「う〜ん、よくわからない」
そうして始まった話は、まぁ悲惨といえば悲惨だけどそこらへんに転がっているような話でもあった。
「そんなの、よくある話じゃん」
「ええ、よくある話よ。でも、まさか自分達がそんな目に合うとも思っていなかった。」
「まぁ、それは仕方ないとしても、その後はツバサがやりたいようにやったんでしょ?」
別に死んだわけでも閉じ込められたわけでもないし、現に、ツバサは自分の足でここまで来たじゃないか。
「ええ、そう。だから、化け物どもを殺し廻った。クソみたいな人生を送るために。他に、選べる道なんてないから」
「それはおかしいよ。最初から道なんてないし、こうやって生きるべきなんてものもないのに。別に、ツバサの歩んできたことは、決められたことでもないでしょ?」
「だったら……。そうだったとして、どうすればよかったの!?今の私には、憎しみしかない!ただ過ぎ去った幸せのために化け物を殺すしかない!今の私には、それしか見えない!」
初めて、ツバサの怒りを見た。しかし、ここで彼女に心地のいいことを言ったとしても、何にもならないだろう。
ここはやっぱり、自分のそのままを伝えないと。
「……もしも死んでいった奴らのため、自分が自分であるためっていうのなら、とんでもない思い上がりだよ。死んでいった奴ら、いや、生きている奴らだって自分の思いだって関係ない。ただ、何もない世界にツバサの心と身体があるだけだから」
「……」
何をやったっていいはずだ。誰にも文句を言われる筋合いだってないはずだ。
だからさ。
「確かにさ、心も身体もひび割れているけども、スープを少し、受け止めるくらいはできるでしょ?空っぽのほうがいいって言うのなら仕方ないけどさ」
「……私はもう、壊れているの。何もしなくても、粉々に砕けてしまうくらいに」
例えそうだとしても、今まで私と過ごしてきた時間に嘘はなかったはずだ。
何より、あの時のツバサの涙は、本物だった。
「別にそれでもいいよ。私はずっと注ぎ続けるって決めているから。傷だらけでも、受け止めきれなくても、少しは暖かくなるでしょ」
「私は、そんな簡単に割り切れない!あなたに、一体何が分かるっていうの!」
空気に亀裂が入り、時が止まる。
そして、静寂の中、彼女は不格好に跳ねながら家を飛び出して行く。
怒らせちゃった?
自分の思いを伝えるほどに、ツバサが遠くに行ってしまう。
とても、窮屈に感じてしまう。
やはり、あの頃から変わらず人間は人間が作ったものの中で生きているんだ。
悲しいとか、辛いとかそういう固定概念のフィルターを通している。
でも、彼女はまだ生きる意思だけはなくしていないんだ。
重たいものに押し潰されて動けなくなって、諦めているだけ。
まだ間に合う。
誰も助けてくれないのなら、私が助けになろう。
ツバサが幸せにならないと、私のためにならないからね。
そう思い立った私は、出て行ったツバサを尻目に倉庫に向かう。
確か、木材があったはずだ。それを利用して杖を作ろう。
彼女のことは多少心配だが、この暗闇の中、あの身体と眼ではそう遠くには行けないだろう。
いなくなったらそれはそれで仕方がないけど。
それに、お互いに頭を冷やす時間だって必要だ。
ツバサ自身が前に進むためにも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます