第七話 涙

そんなこんなで数日の時が過ぎた。

ツバサはだいぶ会話をしてくれるようにはなったけど、未だに表面上なことしか話してはくれない。

そろそろ飽きてきたし、ここは一歩、歩みを進めたい。


「というわけで、散歩に行きましょう!」


「無理よ、足がないもの」


おおう、突飛な思い付きになんて思いカウンターを放つんだ。でもめげない。


「私が支えるからいいでしょ。それか、お姫様抱っこで無理やり連れて行くか」


「はぁ。……わかった、あなたに従うわ」


「やったねん!そうと決まれば、まずは着替えないとね」


そう、今まで彼女は私が適当に用意した布を纏っていたのである。

いや、違うんですよ。彼女が余計なことはしなくてはいいって言ったんすよ。


「……そう、好きにすればいい」


その言葉を聞いてすぐに、寝室にあるクローゼットに向かう。

ちょうどいいものが見つかればいいけど。


そして、戸を開くと舞う埃。

普段は触れることのないそこには、どれもこれもくたびれたような衣服ばかりが収納されている。

しかし、その中で目を引くものが一つ。

まさか、まだこんなに立派なものが残っているとは。

って、ああ、これは。


「ツバサちゅん!いいものがあったよ!」


そうして、彼女の目の前に持ってきたものを披露する。


「ワンピース?」


「そ、白のワンピース!ベタベタするくらい、ベタでしょ!」


早速、ツバサを脱がせにかかろう。


「さ、脱いだ脱いだ!よいではないか、よいではないか!」


「そのくらい、自分でできる」


「ノリ悪いなあ、もう」


さて、服を受け取った彼女が着替える姿をジロジロ眺めるのもいいが、私は紳士であるため、離れた場所で窓から空を眺めるのであった。


……そろそろいいかな。

衣擦れの音が止み振り返るとそこには、美少女がいた。


「着替え終わったね。おお。よく似合っているよ」


まあえらく変わるもんだねぇ。


「…ええ、あの、本当に、これを着てもいいの?」


「は?」


「いや、あの。…ありがとう」


おや。おやおやおやおや。これはこれは。

初めて見た、少しだけ上気したツバサの頬。

彼女の、女性としての素直な心の部分が見えた気がした。


「ぬハハ。さぁ、散歩、行こうか」


ツバサの右側で腰に手を回し片足だけでも歩けるように、ほとんど持ち上げる形で支える。

抱きかかえるよりも、せっかくだから一緒に歩きたい、そんな私のワガママ。


「ええ、行きましょう」


……うん、悪くない。

とうに忘れた人の温もりがそこにはあった。



「どう、久しぶりの外は」


私にとっては見慣れた風景だが、引きこもっていた彼女にとっては気持ちいいものだろう。

あ、そういえばツバサは目が悪いのか。


「…いいところね」


「そう」


いかん、せっかく褒めてくれたのに、こんなそっけない返事をしてしまうなんて。

余計なことを考えている場合じゃない。


「ね、ねぇ、せっかくだからいろんなところに連れて行ってもいい?大丈夫、そんなに遠くはないから」


その動揺を隠すように努めて明るく取り繕う。


「いいけど、どこへ?」


「動物がいるところとか、菜園っぽいところとか……」


この近くに何かある場所なんて、その二つしかなかった。


その後、残念なことにツバサを抱えながら歩き周ったが、特にこれといった出来事もなく終わってしまった。

いや、まだ、これからも時間はあるんだ。

こうなったら、今日の夕飯を凝って汚名返上をするしかない!

最近は料理も楽しくなってきたことだし、ここは一つ張り切ろう。



はぁ〜。食べた食べた。

ツバサは病み上がりのせいか食が細いので、作りすぎてしまったぶんは私が処理しなければいけない。

そうして食べ終わった後、目の前のツバサに変化があった。


「あれ、寝ちゃいそう?」


「ええ……」


初めは考えられなかったことだが、これは安心していると考えていいだろうか。


「後で運んであげるから、寝ても大丈夫だよ」


「うん」


……。

その姿を見ていると、一つの欲望が顔を出す。

ちょっとだけ。ちょっとだけでいいから、その肌に素手で触れてみたい。

ざらざらとしたこの手で、彼女の頬に。

彼女と触れ合う際は常に手袋を着けて生活していたが、ちょっとくらい、いいよね。

誰から許しを得られるわけでもなく、そんなことを考える。

そして、手袋を外し、静かにツバサのそばに近寄る。

そして、彼女の頬に手を寄せ、触れた瞬間。

途端に、ツバサの身体が跳ねテーブルにあったナイフを握り、どこにこんな力を秘めていたのだろうか、矢が放たれるような勢いで私に突進する。

私は何か動作をするわけでもなく、それを受け入れた。

倒れる間、私は考える。また、間違ってしまったのだろうかと。

ツバサ、ごめんね。

……。

あれ、生きてる?


「あ〜、びっくりした」


どうやら私の体は頑丈にできていたらしい、

刺された部分を確認しても、傷一つない。

そういえば、今まで私は怪我らしい怪我をしたことがなかったな。


「って、なに刺した本人が泣いているのさ?」


ツバサに視線を向けると、彼女はあろうことか泣いていた。

こんな体験は初めてで、どうすればいいか分からないけど、とりあえず私に覆いかぶさるコイツに抱きついとくか。

ダキッ。


「もう、怒ったと思えば泣くなんて。バカだなぁ」


本当に、バカだ。

だから、彼女を安心させるように優しく呟く。


「私、こう見えてもめちゃめちゃ頑丈だからさ、何があったか知らないけど、そんなもんじゃびくともしないよ」


「ごめんなさい」


そして、一時して。


「ねぇ、私、もう少しだけ生きていても、いい?」


「もちろん」


ちょっとだけ、ツバサに近づいた気がした夜だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る