第六話 夕飯
よしよし。材料の準備はできた。
早速取り掛かろう。
有り得ないことだが、彼女が私の料理を口にし微笑む様子を妄想しながら適当に手を動かす。
しかし、はっきり言って料理の知識は全くないので、ほとんど使うことのなかった塩や香草を入れ、念のため味見を行いながら調理する。
彼女と味覚が同じかは分からないが、それほど不味く感じなければ大丈夫だろう、たぶん。
試行錯誤を繰り返すこと数時間。
外はもうすっかりオレンジに染まっている。
さて、ツバサを起こして夕飯にしよう。
コンコン。
寝室の扉をノックする。
まぁ、反応があろうが無かろうが、勝手に入るんだが。
「飯の時間だ!」
あ、なんだ、起きてるじゃん。
うんとかすんとか言ってくれたらいいのに。
気にしてても仕方がないので、彼返答も待たずにツバサを抱きかかえて食卓に運ぶ。
そして、私が丹精を込めたご馳走を披露する。
「どうよ、この豪華さ!ただ肉を焼いただけだけど!」
…反応なし。いつものこと。
「さぁ、もりもり食べてビシバシ元気になろう!」
ここは強引にいこう。
ツバサの皿に料理をよそい、食べさせるために席を隣につけようとしたところ。
朝と同じく勝手に食べ始めてしまう。
それだけ元気があれば、大丈夫だな。
いや、悲しくなんかはないぞ。
「お、ふふん、じゃあ、私もいただきます!」
目の前の肉をディナーナイフで切断し、一切れ口に含む。
う、うまい!味見をしながら料理したため当然だが、自分でもこんなものが作れることにちょっと感動。
やっぱり料理は愛情だよね!
*
食事を終えた後、いまだに険しい顔をしているツバサに向かって話しかける。
「ねぇ〜、いつまで意地を張っているつもり?ここにはもう何もないんだからさ、エンジョイしたって良いでしょ〜」
「この際だからいっておくけど、私はあなたと慣れ合うつもりなんてない。感謝はするけど、それ以上を求めるなら、私はすぐに出て行くから」
おおっと。
掠れた声、棘がある発言だが、こんなにはっきり話してくれたことなんてなかったから、ちょっぴり嬉しい。
よし、私もツンツンしてみよう。
「そしたら全力で阻止するのみ。絶対に離さないからね!」
なんか違う。
それよりも、これはせっかくのチャンスなんだから、ふざけるのもここまでにしよう。
「ねぇ、そんなに意地を張ってないで、もっと素直に会話しようよ。深い話でも、軽い話でも。じゃないと、私もあなたもどうするべきか分からないでしょ?」
「…どうして、あなたはそこまで私に執着するの?道端に転がっているゴミなんて、拾っても良いことなんてないでしょう」
「ツバサ、あんたの目は節穴ね」
「見えないんだから、仕方ないじゃない」
「違う、ガワじゃなくて中身の話。黒くて重いものを抱えている、今のツバサは英雄や勇者よりも価値がある」
身にあまる華やかな人生を送ってきた奴らより、等身大のままで醜く生きているツバサの方が、遥かに。
そして、彼女は死の淵から蘇った。
それがどれだけ尊いことなのか。
「信じられない?でも、これは紛れもない真実よ。私、ツバサの口に付いている食べカスが見えるくらい、眼だけはいいんだから」
「っ!?」
ニョホホ。可愛らしいのう。
「とにかく、私は好きでやっていることだし、ツバサだって身体を治した方が都合がいいでしょ」
私はツバサを利用するし、ツバサも私を利用していい。
「でも、余計な干渉はしなくてもいいでしょ……」
「慈善事業をやっている訳じゃないからそのくらいは勘弁してよ。治療費と思って受け入れてください」
「……そうね」
あら、意外と素直。というよりは諦めてるのか。
「ま、ほどほどにしとくから、これからもよろしくね」
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