第五話 くだらない話
食事が終わった後、彼女を寝室に運んでベッドに横たえる。
まだまだ話し足りないので、ここらで第2ラウンドの開始である。
「ねぇ、君の名前はなんていうのかな?」
とりあえず、一番聞きたかったこと質問してみる。
この様子じゃ、答えてくれそうにないかな。
「…ツバサ」
「ツバサか。いい名前だね」
意外にも、彼女の口は開かれた。
今にも飛び立ちそうな、そんな名前。
「呼び方は何がいいかな。ツバサちゃん?それともツバサきゅん?」
「別に、なんだっていい」
「じゃあツバサてゃゅんで」
「…呼び捨てでいい」
「キャッホイ。で、ツバサには一体何があったのかな?」
「話すことなんて、なにもない」
「そう…。じゃあ、寝るしかないね」
仕方ない。動けるようになったと言っても、彼女はまだ病人だ。無理強いはできない。
だが、それではつまらない。
「話をしてくれないので、私が一方的に話します」
私の渾身の作品を披露する時が来た。
手にするのは暇な時間に一度だけ書き上げた私の絵本である。すぐ飽きちゃったけど。
さぁ、聴き手第一号の栄光を噛みしめるがいい。
『飛べない生き物』
著:私
昔々のあるところに、一匹の生き物がいました。
それは、無謀にも空を飛ぼうとする、飛べない生き物でした。
周りから馬鹿にされ、虐められた生き物は、それでも諦めません。
ある時は高い所から飛ぼうとし、ある時は両手に羽をつけて無様に振り回しました。
それでもまだまだ空は遠いままです。
そんなある日のこと、一匹の親切な生き物がこう言いました。
「君にこれを貸してあげよう。何でもできる魔法の箒だよ」
「空も飛べるの?」
「もちろん」
それを聞いた僕は、跳びはね喜びました。
親切な生き物に感謝し、早速箒にまたがり念じました。
空を飛びたい。
するとどうでしょう。なんと、箒が浮き上がり空を自由自在に駆け巡ったのです。
しかし、喜びも束の間、違和感が心を覆いました。
僕が望んだのはこういうことじゃない。ただ、自分の力で飛びたかったのだと。
落胆とともに落ちた僕は、親切な生き物に箒を突き返しました。
その時の悲しそうな顔は今でも忘れることができません。
そして、ついに僕は一人ぼっちになったのです。
でも、諦めません。
何度もあらゆる方法で挑戦しました。
しかし、夢は叶うことなく、限界を迎えた僕は死にました。
と思いきや、暗闇に包まれる中、奇跡が起きました。
なんと、僕の体が宙を浮き始めたのです。
やった。やっと、夢が叶った。
そうして、僕は心行くまで、空を飛び回りました。
おしまい。
むふふ、何度読んでも最高の出来だ。
ハッピーエンドとバットエンドが重なるこの物語。
「…ふぅ。どう、面白かったでしょ」
きっと数秒後には最高の喝采が聞こえることだろう。
「…最悪」
ありゃりゃ、駄目だこりゃ。でも、評価をもらえただけ悪くはない。
「いい話だと思うんだけどなぁ」
気分を悪くしてしまったのか、こちらに背中を向けて丸まってしまう彼女。
「少しだけ、休ませて」
「…そっか」
残念。ま、こんな状態の時に長々と変な話をされたら私でも怒るがな!
そして、部屋を出た後に考える。
彼女の容態を見るに、どうやら精神的に病んでいる部分も大きいようだ。それもそうだ、よっぽどの非道な目に合わなければこんな状態になるわけがない。
となれば、やっぱり夕飯は元気が出る肉だよね。
そんな一辺倒の考えをもとに、再び外に出かけ家畜の元へ向かう。
さて、どいつにしようか。ここは奮発して丸々太ったあいつにしよう。
喜んでくれたらいいけど。
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