第四話 スープ

次の日の朝。

リビングの固い床の上で目覚めた私は、すぐに寝室に向かった。

昨日今日で変わる事は無いだろうが、なんとなく、様子を見ることが日課になっている。

むほほ。相変わらず可愛らしい顔で眠ってらっしゃる。

柔らかな日差しに照らされた顔は、いつもより血色が良いように見える。

そして彼女の頭を軽くひと撫でして、一日が始まるのである。



孤独と退屈と過ごしていた今までとは違い、少しだけ鮮やかさを増した景色。

外へ出た私は家畜を育てる柵の隣にあるこじんまりとした畑へ向かう。


「う〜む、どれにしようか」


菜園と言えるほど立派で無い場所の前で悩むこと少し。

いつもは適当に食えそうなものを選んでいるが、そうもいかなくなった。

ちゃんと熟れたもので、美味そうなものを厳選しないとね。

あとは、隣で鳥卵も回収しよう。私はあまり好きではないが、彼女にとっては必要な栄養が詰まっているはずだ。

ああ、誰かのために行動するだけでこうも張り合いが出るとは。


そして、家に戻り調理をすること少し。

サラダとスープ、目玉焼きのみと簡素な気もするが、病人にはこのくらいがいいだろう。

決して、料理が下手くそなわけではない。


———バタンッ!


突然、寝室の方から今まで聞くことのなかった音が響く。

それを聞いた途端、私の体は考えるより先に隣の部屋を開け放った。


「大丈夫!?」


そこには、ベットからずり落ち、這いつくばる彼女の姿があった。

慌てて駆け寄り体を持ち上げようとするが、耳元でか細くもはっきりした言葉が放たれる。


「助けてくれて、ありがとう。それじゃあ」


よくわからないが、そんな状態で出て行こうとしているのだろうか。

馬鹿馬鹿しい上に滑稽だけども、その姿はどこかいじらしい。


「おバカ。そんな状態で何処に行こうっていうの」


「放っておいて」


今まで人形のように無機質だったその顔には表情があった。

意地を張っているというよりは、どこか憎悪に満ちたような険しい表情で進もうとする彼女。


「あんたの都合なんぞ知らん。どうしても行くって言うのなら、私を超えていくがいい」


そうして私は抱きかかえた彼女をゆっくりと解放し、扉の前に横たわる。

立つことすらままならない今のお前には、この程度の馬鹿馬鹿しい障害も乗り越えられないぞ、という意思を表明して。


「名付けて、レタス高原。さぁ、このナイスバディに溺れるがいい。って、誰がレタスやねん」


「……」


右腕を使いズリズリと迫ってくる彼女。そして、遂に、私と衝突する。


「いやん。くすぐったい」


そんな私の可愛らしい声も気にせず、そびえる山を乗り越えようとする彼女。

まずい、K点越えになりそうだ。くそぅ、私がもっとナイスバデーならなんてことはなかったのに。


くだらない事を考えていると、とうとう力尽きたのか二人の身体が十字に重なり合った所で停止する彼女。なんとも滑稽な光景だ。


「諦めはついた?」


相変わらず返事はない。


「ほら、とりあえず朝飯にしよう。出ていくなら、お腹を満たした後ででもいいでしょ」


微妙な空気を変えるようにそう告げる。そして、上半身を起こし相変わらず軽い身体を強引に抱え立ち上がりリビングまで運んでいく。全く、本当に意地っ張りなんだから。


彼女を慎重に椅子に座らせた後、ウキウキ気分で食事の準備を行う。

いつもの寂しい食卓に、一味違うアクセント。


「おまたせ」


あまり味に自信がないスープを彼女の前に用意する。

あ、食べさせてあげたほうがいいかな。


「食べさせてあげようか?」


と、言い切る前に慌てた様子で食器を持ち、震える右手でスープを飲む彼女。

そんなに照れなくてもいいのに。


「どう、おいしい?」


暖かい。

誰かが私の作った料理を食べてくれる。

それだけで、ずいぶんと遠くなってしまった嬉しさで心が満たされる。

不意に訪れた感情に浸っていると、彼女の様子がおかしいことに気づく。

あれ、泣いてる?

そんな反応をされたら、困っちゃうちゃう。


「泣くほどおいしかった?」


返事はないが、どうやら彼女自身も驚いているようだ。


「ムハハ、カラダの方は正直じゃのう」


全くもって愛い奴め。

まぁ、向こうの反応を見るに、まだまだ私の愛情は受け入れるには時間がかかりそうだが。

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