第162話_危うい水を案じる司令室

 帰還後は精密検査のみが行われ、子らは解放された。しかし今後のことを改めて摺り合わせるべく、翌日の正午、レベッカ達のチームは再び司令室へと招集されていた。

「レベッカ、あれから何ともないの?」

 先に司令室に到着していたフラヴィは、レベッカが来ると同時にそう問い掛ける。するとレベッカは何処か楽しそうに笑って頷いた。

「うん、大丈夫だよ~。あ、もしかしてフラヴィ、心配して眠れなかった?」

「いや悪いけど僕はぐっすりだったよ」

 事実かどうかはさておき。心配して損したと言わんばかりの顔でフラヴィは彼女から顔を背ける。レベッカと共に来ていたモカは、苦笑していた。

「揃ったな、じゃあ始めるか」

 全員が揃い、職員らが人数分の飲み物を並べたところで、デイヴィッドが切り出す。

 まずはイルムガルドとウーシンの新型武器に関する報告のまとめと、今後の訓練計画の共有。今回はレベッカの能力テストが優先された為に二人の方のテストはほぼ出来なかったのだが、レベッカの復帰前に既に何度か実戦は行っている。今のところ大きな問題は無いけれど、訓練は引き続き行うことで決定した。

「結局、他の国からの新型兵器は確認されていないんですよね?」

「今のところ報告はありません」

 モカからの問いに、職員が答えた。電撃兵器やバリスタを開発したのは、イルムガルドらが落としたゼッタロニカだ。あの国が降伏したことで、もう危険は去ったと思いたいところだが。既に他国へそれら兵器の情報は渡っている。他の国が開発してこない保証は無かった。一時的であれ此方の軍がその兵器で突破されたり打撃を受けたりしていた情報も回っているのだろうから。

「ただ、例の金属が一部の武器には利用されているようで、西側の駐屯地から報告が入っています」

「西、ということはゼッタロニカに近い国ですね」

 ゼッタロニカはそもそもこの国の西側にある。近隣諸国で、元同盟国であれば、その特殊な金属が加工技術と共に渡っているのは不思議ではない。

「開発を始めたばかりで、試用のものかもしれないな」

 戦場への導入がされていないだけで、時間の問題かもしれない。この辺りの意識は当然、軍の方でも持っていて、敵国の兵器については変化があれば全て中央まで情報が来るようにされているらしい。

「電撃兵器はコアを含め、まだ調査が続いている。ゼッタロニカがこの製造方法だけは知らぬ存ぜぬを通しているようでな。難航しているようだ」

「担当者が死亡したとか、そのような言い分でしょうか?」

「ああ、そうだ。よく分かったな」

 開発していた兵器の製造方法を『知らない』など、子供のような言い訳だが。ゼッタロニカ政府は担当者が全て死亡したと言い、専門家でない者では使用方法とメンテナンスに関して少しの知識があるだけで、製造の詳細は知らないと言う。

 ならばその製造工場を――と聞き出しても、その場所は既に壊滅的な破壊をされており、メモの一枚も見つからなかった。併せてゼッタロニカ中央政府内にあるデータベースを回収して解析中なのだが、今のところ製造に関する有益な情報は引き出せていない。

「おそらくだが、我が国に落とされればそのような措置を取ると、元より準備がされていたのだろう。咄嗟の判断にしては迅速で、完璧すぎるからな。データベースからも、何かが見付かる可能性は非情に低い」

「電子データだと、ボタン一つで関連情報を消す設定が作れちゃうもんなぁ。工場を物理的に消す準備まで出来てた国が、その用意してないわけないよな」

「あとは、消されたデータを復元できるかどうか、ですね」

 フラヴィとモカの言葉にデイヴィッドが頷く。データは全て消されているだろうと見越してはいるけれど、復元が可能かもしれない。その為、長い時間を掛けて今もデータベースを解析し続けている。

「コアをテレシアに見せるって言ってた件はどーなったの?」

「水面下では話が進んでいる。だが軍にもプライドがあるからな、懸命の引き延ばしに、少し応じてやっているところだ」

 悪い顔で笑ったデイヴィッドに、フラヴィが苦笑している。

 軍はコアの搬入でタワーのエレベーターを止めてしまうという不祥事を起こしている。被害を受けなかった部署が無いと言えるほど大きな事件であった為、関係各所への損害補填に今も酷く炎上している状態だ。WILLウィルとしては特に請求しない、責めるつもりはない。と言いながらも「その代わりにコアを見せろ、奇跡の子に解析させろ」と突いている。

 軍は自分達で解析できないものを、他部署に先に解析などされてしまっては堪ったものではないのだろう。「求めに応じる」としながらも、あれこれと理由を並べ立てて先延ばしにしているらしい。そのほんの少し延びた猶予の中で、専門家らが解析してくれればメンツは保てるはずだ、という淡い期待である。

 WILLウィル――いやデイヴィッドとしては別にそのような事態になっても一向に構わない。コアの解析は元より此方の担当ではない。できようができまいが、何の痛手でもないのだ。軍にプレッシャーを与え、困らせることができれば上々。もしコアが先に解析できて、軍のメンツを潰しつつ大恩を売れれば更に良い。そういう思惑だった。フラヴィが小さく「性格……」と言ったが、レベッカに頭を撫でられて続きは飲み込んでいた。

 ここで一旦の区切りとして、次はレベッカの件へと話が移る。

 彼女の能力はまだまだ調査対象となっているので、しばらくはヴェナの管理の下で利用することになる。

「昨日の結果を受けて今後を決めると言っていた。詳細は追って連絡があるが、今のところ、次回以降の遠征および戦闘参加も許可は下りている。ただし、水の斬撃については、使用を制限したい意向だ」

「制限って、どれくらい?」

 やや食い気味にレベッカが尋ねる。表情こそ何でもない様子を保っていたが、極端に使用を止められてしまうのはおそらく気に入らないのだろう。デイヴィッドは柔らか笑みを彼女に向ける。宥めようとしているのが読み取れた。

「まだ分からない。その制限の範囲を、今後、詰めるそうだ」

 ほとんどの決定権が今、ヴェナの方にある。デイヴィッドに訴えたとしてもあまり効果は無いだろう。彼が指示を出しても気に入らなければ通信を叩き切られるのだから。レベッカもそのことに思い至ったのか、軽く肩を竦めて「そっか」と言うだけに留めた。

「……能力」

「ん?」

 不意に、イルムガルドが口を開いた。

 このような会議の場で、自ら話をするのは珍しい。全員が一瞬、誰の声か分からずにきょとんとして、一拍後にイルムガルドを見た。

「なんで止まって、なんで直ったの」

 当然の疑問だ。しかし、モカやフラヴィはそれをレベッカに問えなかった。彼女が自ら話そうとしない違和感が、そうさせていた。

 何てことの無い理由ならば、彼女の方から明るく語り聞かせてくれたことだろう。しかしレベッカは口を閉ざし、司令からの説明も無く、更に昨日、レベッカが水操作を行った時の様子。色んなことが折り重なって、問いを躊躇わせる。

 イルムガルドがそのような二人の戸惑いを知っていたのかは分からないが、事実この問いは此処に居る子ら全員にとって、重要なものだった。

「奇跡の子らにはいずれ、この件は公表される。一部の者は研究協力の為、既に知っている。近い内にお前達にも連絡が行くだろう」

 レベッカ以外にも四名が既にトリガーとなる『感情』を自覚した。『限り』を持つ子から検査が始まっている為、ブーストを見付けたのはレベッカだけで、他の子らはブレーキのみ。ただ、その子らも徐々にブレーキ除去の制御ができるようになっているという。

 まだヴェナの仮説が正しいと証明されたわけではない。しかし一定の『効果』が出ているのは確かだ。他の子らにも周知し、全ての奇跡の子に研究協力してもらうべきだ、という話になっていた。その方が少しでも変化が出た際に共有してもらいやすいし、自らの感情についても記憶してもらいやすい。

 だから今すぐにと急いて知らなくとも、いずれはきちんと知ることができる。

 デイヴィッドはそう告げたものの、回答を先延ばしにはしなかった。職員に指示をして、ヴェナの仮説についての説明をさせた。昨日モカが「早くに知りたい」と焦る様子を見ていたせいでもある。抱える『不安』の解消を先延ばしにさせるというのは、まだまだ若い子供達に対して過分なストレスとなることもある。ただでさえ、戦場では自分が死ぬかもしれない、仲間や友を失くすかもしれない恐怖で、この子達は嫌というほどのストレスを抱えているのだから。

「――以上が仮説の内容です。レベッカはブーストとブレーキをどちらも自覚しており、能力が『出せない』という状況は回避されました。ただしブーストの方は心身の負担が確認されている為、引き続きの観察が必要になっています」

 職員からの説明に、子らは一様に難しい顔で考え込んでいる。自らにそのような感情、それに伴う能力の増減は今までにあっただろうかと記憶を辿っているのだろう。イルムガルドも少し眉を寄せていた。

「また、この仮説と共に、新たなルールが適用される予定になっています。正式な通達は改めてお送りしますが、『トリガーとなる感情は許可なく口にしない』こと。自らのものも、他者のものもです。遠回しであれ尋ねる発言も、一切を禁じられます」

「それは、ええと……プライバシーだから?」

 フラヴィは理由がよく分からず、首を傾ける。問われた職員は、フラヴィに柔らかな笑みを向けて回答した。

「一番の目的は、周囲の者からの働きかけによって、本人の意志に関わらずブレーキやブーストを掛けられてしまう事態を防ぐ為です」

「……感情だから」

 ハッとした様子でモカが呟くと、司令と職員が同意するように頷いた。

 トリガーは『意志』ではなく、『感情』だ。咄嗟に湧き上がってしまったら勝手に能力へ影響する。勿論それを周囲が理解しておくことで逆に、無駄なトリガーの発生を防ぐ措置も取れるかもしれない。しかしそれは諸刃の剣になるだろう。悪意があればどのようにでも横やりが入れられる。奇跡の子らの間ですら、そのような悪意が起こらないとも言い切れない。

 また、内部でそのような悪意が一切無かったとしても、いつかのイルムガルドのように奇跡の子や関係職員が敵国に誘拐されてしまえば、その情報を吸い出されてしまう可能性もある。それを加味すると、知る者は、極力減らさなければならないと考えられていた。

 結果、『トリガーとなる感情』は今、最高レベルの機密情報の扱いだ。

「研究の為、ヴェナや関係職員にはトリガーを奇跡の子に尋ねることを許可している。その分、彼女らには更に強い制約を掛け、秘密保持を徹底させる予定だ」

 特にブレーキについては元々の『解決しなければならない課題』に深く関わる為、レベッカも感情の内容を打ち明けている。任意ではあったが、此方については抵抗なく打ち明けた。

 また、奇跡の子本人がブレーキを自覚できない場合があれば職員らに所感を話し、一緒に探っていく措置も必要となる。そうなると、ヴェナやその研究の関係者はどうしても知ってしまうことになるだろう。これはまた別の形で、ヴェナ達の方に強い制約を掛け、留める方法を考えるしかなかった。

 当初はどちらのトリガーも「言いたくなければ言わなくていい」レベルの話だったのだが。各所で話し合っていく中で「その程度で済ませては、まずいのでは」という話となり、急ぎ、このように制約が掛かる形になった。

 ヴェナは研究の観点では考えていたものの、政治的・軍事的なことまで考えていなかったらしい。その時ばかりは彼女もしおらしく、自らの浅慮を謝罪していた。

「万が一でも力の暴走によって事故が起きようものなら、能力を使用した者が傷付くことになるだろう。自らの感情であり、力だと考えてしまうからな。俺の最大の懸念は此方だ」

 デイヴィッドは低い声でそう言った。実際、事が起こればそうなるだろう。能力が暴走し、誰かを傷付けてしまったら。悪意を持って促した者が他に居たとしても、能力の使用者は間違いなく心に傷を残す。

 ……まだ赤ん坊だった頃に起こした過去の事故を、今も背負って生きているカミラのように。

 部屋に重たい沈黙が落ちた後、デイヴィッドは切り替えるように小さく咳払いをした。

「今回は以上となる。特に質問が無ければ解散だ」

 他の疑問は特に上がらず、終了となった。子らがそれぞれのタイミングでソファから立ち上がったのだが――、イルムガルドだけ、動かなかった。普段であれば失礼なほど早くに立ち上がって去っていくはずなのに。思わず全員が、足を止める。

「どしたの、イル?」

 レベッカが様子を窺うように身を屈めた。イルムガルドはしばしテーブルを見つめてから、ゆっくりとその視線を上げ、レベッカを見つめる。こうして素直に反応を向けてくるのも珍しく、首を傾けながら彼女の反応を待った。

「残って、レベッカ」

「え、アタシ?」

「皆はいい」

 目を真ん丸にしているだけのレベッカを、イルムガルドは一度も目を逸らさないままで言った。他の者には一切、視線を向けない。

「何だよそれ、気になるだろ」

「レベッカと司令にだけ話したいと言うこと?」

 眉を寄せ、立ち去ろうとしない他の者達。口こそ挟んでこないものの、ウーシンも去ろうとしていない。イルムガルドはそんな彼女らにようやく一瞥だけを向け、微かに目を細めた。

「……わたしはどっちでもいい。レベッカがいいなら」

「アタシは、別に、いいよ?」

 首を傾けながらもレベッカが同意した為、全員が結局またソファに座り直す。

 イルムガルドは何かを迷ったのか、視線を落とした状態で短く沈黙をしてから、またレベッカを真っ直ぐに見つめた。僅かに眉を寄せているその表情は、悲しみを帯びているように見えた。

「カミラに、会った方が良い」

 唐突な提案に、レベッカは無防備に目を丸めた。他の者は黙ったまま、二人の表情を見守っている。

「多分カミラが一番、今、レベッカの苦しいことが分かると思う」

 瞬間、レベッカの目が明らかに動揺して揺れた。彼女もそれを自覚し、顔を隠すように俯いて右手で目を覆う。

「……レベッカ?」

 モカの問い掛けに、レベッカが答えない。少ししてから、口元に不器用な笑みを浮かべた。

「あー、そう、かもね。ごめんイル、心配してくれたんだね」

 その言葉にイルムガルドは何も応えず眉を寄せるだけだ。それは否定でも肯定でもなく、ただ、レベッカを心配そうに見つめたように見えた。

「司令、カミラって今、アタシも普通に面会できるんだっけ?」

 急に水を向けられたデイヴィッドは気遣わしげな表情をしながらも、余計な言葉を挟まず頷いた。

「ああ、面会は自由だ。今のところ、カミラが面会を拒んだことは無い。行けば会ってくれるだろう」

「そっか、じゃあもう、このまま行ってくる」

「レベッカ」

「ごめん、また後で」

 そう言うと彼女は誰とも目を合わさず、逃げるように背を向けて部屋を出て行った。モカも慌てて立ち上がり、司令に「すみません」と早口で告げる。レベッカの後を追う為に退室したかったのだろう。しかし。

「追うのはだめ」

 イルムガルドにしては少し急いた様子の、強い声がそれを留めた。

「……何故?」

「モカにはわからないから」

「何が、分からないって」

 思わずと言った様子で言葉を繰り返してから、モカは喉を震わせた。取り繕えないほど、彼女は感情的になっていた。

「分からないから何なの。私が、私達が、どれだけあの子を大切に想っていて、どれだけあの子を分かりたいと思っているか、あなたにっ」

「おい、モカ」

「モカ姉」

 まるで怒鳴り付けるように声を出したモカを、デイヴィッドとフラヴィが制する。モカは言葉を止めるとぐっと息を呑み、静かに、感情を飲み込んでいた。その様子を見つめ、イルムガルドは目を細める。先程レベッカを見つめたのと同じ目だった。

「……分かりたいとか、知ることは、全部が優しいことじゃない」

 いつもの静かな声だから、『優しい声』に聞こえたのだろうか。言葉は拙く、いつものイルムガルドなのに。まるで子供を宥める親のような穏やかさが、部屋に響いた。

「伝えたくない。大好きだから、分からないままで居てほしいことはある」

 部屋の全員が、耳を澄ませるように静かに、イルムガルドの言葉を聞いていた。

 イルムガルドがこうして自ら口を開き、熱心に言葉を聞かせてくれることは少ない。それだけ今彼女の中には伝えたいと強く願う声があるのだ。

「聞いてほしいってレベッカが思うまで、待った方がいい。今のレベッカは、追い詰めたらだめだと思う」

 これだけ丁寧に告げてくれたのは、モカにきちんと納得してもらい、レベッカを追い詰めないでほしいと思ったからだろう。モカはイルムガルドの気遣いを受け止めて、ソファに力無く座る。これ以上、イルムガルドの言葉に異を唱えることは無かった。少なくとも先程のレベッカが、話したいと、聞いてほしいと願っているとはとても思えなかったからだ。モカは先程の態度を反省したのか、囁くように「ごめんなさい」とイルムガルドに詫びた。

 ただ、此処で優しく「いいよ」などと応えてくれるイルムガルドではない。

 話を終えたと思ったのか、徐に立ち上がると、誰に挨拶するでもなく退室しようと背を向けて歩き始める。つい先程までの優しさと丁寧な対応は何処だという戸惑いで、フラヴィは咄嗟に掛ける声を迷った。

「何でお前は、いや……お前には、何が見えてんの?」

 イルムガルドが扉を潜ってしまう前にと、慌てて言葉を紡ぐ。彼女は立ち止まるも、反応するまでに数秒待った。

「どれだけ恵まれてても、ごはんを毎日食べられて、家族や友達が居ても、悲しい気持ちだけで、人は簡単に死ぬ。それを知ってる」

 淡々とした声だったのに、深い悲しみを帯びているように聞こえた。そしてフラヴィが何を言うのも待たずにイルムガルドは部屋を出て行く。その背を見守りながらモカは、いつかアシュリーが言った、「色んな人の顔色を窺って生きてきた」という言葉を思い出していた。


「――久しぶりだな、レベッカ。怪我はもういいのか?」

 レベッカが面会を申し入れるとそれはあっさりと許可された。彼女を迎えるカミラの声は何処か嬉しそうで、優しい。

「うん」

「どうした、早くこっちに来い」

 部屋の扉傍で立ったままのレベッカに首を傾け、カミラが手を招く。それに応じてレベッカが歩み寄ると、上機嫌だったカミラがスッと目を細めて眉を寄せた。

「急に会いに来て、何事かと思ったら……。何て目をしてるんだ、レベッカ。お前にはちっともなんて似合わないぞ」

 一目見るだけでカミラは、レベッカの中に渦巻く感情を読み取った。妹分の彼女をどれだけいつも大切に見守っていたのかの証でもある。レベッカは眉を下げ、口を引き締めた。泣き出しそうな顔をしていた。

「……カミラ」

「ああ、全部吐き出して、全部ここに置いて行け。それはお前が抱えるもんじゃない」

 面会には時間制限があり、本来ならばそれを超えることは許されない。ただ、レベッカの滞在時間はややそれを超えた。収監されているカミラと、面会に来たレベッカが奇跡の子であること、そして司令が先んじて連絡を入れたことで、少し配慮された形となる。

 現役の『国の宝』に関わることだ。多少の無理は通してもらえる。

 そうして長い時間を面会室で過ごしたレベッカは、出る頃には目を真っ赤にしていた。さてこの状態でどうやって居住域に帰ろうか、一度、化粧室にでも立ち寄って時間を潰そうかと悩みながら拘置施設から出れば。イルムガルドが立っていた。驚いて一瞬呆けてしまった後、赤くなった目を隠すように視線を逸らして苦笑いをする。言葉を選んでいると、イルムガルドが無言でゴーグルを差し出した。

「これ……」

「売店でさっき買った安物」

 押し付けるようにして渡せばもう用は済んだらしい。イルムガルドはレベッカと擦れ違う形で拘置施設の方へと歩いて行く。

「い、イルも、カミラに会いに行くの?」

「別件。レベッカとの話を聞くつもりは無い」

 何を気にして問い掛けたのかも、全てお見通しのようだ。離れて行くその背が見えなくなった頃、レベッカは渡されたゴーグルで目を隠し、到着したエレベーターに乗り込んだ。

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